砂漠の食卓
三日目の夜、ロストリア側が歓待の席を設けた。
場所は宿舎ではなく、王家の別邸だった。白い壁と、青いタイルの床。天井が高く、蝋燭の光が遠くまで届いている。窓は開け放たれていて、夜の砂漠の風が入ってくる。乾いて、冷たくて、星の匂いがする。
テーブルは長い。十人以上座れる大きさだ。私とルーカスとマリアの三人に対して、過分な規模だ。形式的な歓迎ではなく、力関係を示す配置。小さな客を大きなテーブルに座らせる。それだけで、どちらが主でどちらが客かが明らかになる。
席について、料理が運ばれてきた。
最初の皿は、薄い生地に包まれた挽き肉。香辛料が強い。口に入れた瞬間、舌の上で複数の味が同時に弾けた。クミン、コリアンダー、そして知らない辛味。マリアが市場で買った香辛料のどれかだろう。二皿目は、豆の煮込みにヨーグルトをかけたもの。酸味と甘味が交互に来る。三皿目は、焼いた羊の肉に乾燥果実のソース。甘くて重い。
料理はどれも丁寧に作られていた。しかし、何かが引っかかった。器の並び方。皿の順番。味の構成。
考えながら四皿目を口に運んだ。蒸した穀物に、花の香油をかけたもの。一口含んで、手が止まった。この味の組み合わせ。穀物の甘さと花の香油の重さ。
母の料理に似ている。
母のレシピ帳にあった「祝いの粥」に。穀物を蒸して、花の蜜と香油で味をつける。特別な日にだけ作る料理だと、母は言っていた。子供の頃、誕生日に一度だけ食べた記憶がある。
偶然の一致だろうか。それとも、ロストリア側は私の母のレシピを知っているのか。
「お口に合いますか」
声がした。テーブルの向こう側から。
若い男が座っていた。いつの間に来たのか。褐色の肌に、整った顔立ち。黒い髪を短く刈り込んでいる。笑っている。笑みが自然すぎて、作り物だと分かるまでに一瞬かかった。
「ハーリド・ロストリアです。第二王子として、歓迎の席を設けました」
立ち上がって、丁寧に頭を下げた。礼儀正しい。しかし目は笑みの奥で計算している。ナディアの時と同じ種類の視線だが、こちらの方が温度が高い。利害の計算だけでなく、楽しんでいる。駒を動かすことを楽しむ人間の目だ。
「光栄です、ハーリド殿。遠方からの客人を、このように歓迎していただけるとは」
「ブランシュ家のお嬢様がいらっしゃると聞けば、当然のことです。——あなたのお母様のことは、こちらでも記録が残っています」
母のこと。記録。心臓が一拍強く打った。顔には出さない。
「母がロストリアと関わりがあったとは、存じませんでした」
「ええ。詳しいことは、追って。今夜はまず、食事を楽しんでいただければ」
情報を小出しにする。ナディアと同じ手法だが、ハーリドの方が露骨だ。餌を見せて、手を引っ込める。笑みを絶やさずに。外交の駒を動かすことに慣れた手つきだ。第二王子という立場は、権力の中心ではないが、中心に近い場所で利害を捌く位置にある。
「ブランシュ家の紋章については、ご存じですか」
「紋章——ああ、遺跡の。ナディアから報告は受けています」
ハーリドの笑みが一瞬深くなった。紋章の話題を私から切り出したことが、想定通りだったのだろう。あるいは想定より早かったか。
「詳しいことは明日以降に。今夜は、食事を」
同じ返しを二度。意図的だ。今夜のハーリドの役割は「歓迎」であり、「交渉」は明日以降だと線を引いている。役割を切り分けられる人間は、切り分けた先の計算もしている。
ルーカスが隣で黙々と食べていた。表情は変わらない。しかし、ハーリドが「お母様」と言った時、フォークの動きが一瞬止まった。聞いている。全部聞いている。ハーリドの笑みの奥にあるものも、ナディアの沈黙の意味も。
マリアは四皿目の料理を一口食べて、私と同じことに気づいたようだった。目が少しだけ大きくなった。しかし何も言わなかった。席を立つ時に目配せをしてきた。後で話す、という合図。
食事が終わった後、宿舎に戻る道で、夜の砂漠の風が顔に当たった。冷たい。星が多い。
「あの料理、母のレシピに似ていました」
マリアに言った。マリアは頷いた。
「私も気づきました。四皿目。あれは偶然ではないと思います」
偶然ではない。ロストリア側は、私の母を知っている。そしてそのことを、料理の味で伝えてきた。言葉ではなく、舌で。
ハーリドの笑顔が頭に残っている。あれは歓迎の笑顔ではない。交渉の入口だ。




