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婚約破棄されたので、もう王太子に魔力は渡しません  作者: 凪乃
2章 半分の力で

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共鳴の指先

翌朝、もう一度石門に行った。


今度はナディアが「今日は同行しません。お一人で確かめてください」と言った。情報の出し方を変えてきた。昨日までは案内と観察。今日は放任と信頼。私がどこまで自力で気づくかを見ている。あるいは、私が門に触れている時の反応を、第三者に見せたくないのかもしれない。


ルーカスは近くの岩陰にいる。マリアは宿舎に残った。朝の茶を淹れる準備があると言っていたが、本当は私と門の二人きりの時間を作ったのだろう。マリアは空気を読むのではなく、空気を作る人だ。


石門の前に立つ。朝の日差しは昨日より柔らかい。薄い雲が空を流れていて、光が時折陰る。門柱の黒い石が、雲の切れ間ごとに光ったり沈んだりしている。風が砂を運んできて、門柱の表面を微かに撫でる。砂粒が紋章の溝に入り込んで、渦巻きの輪郭を一瞬だけ際立たせた。


昨日と同じように、指先を紋章に触れさせた。冷たい石。渦巻きの溝を指がなぞる。中心に近づくにつれて、溝が深くなる。彫った人間の力加減が変わっている。中心ほど深く、強く。指先が中心に触れた——


今度は、昨日より強い振動が来た。


指先だけでなく、手のひら全体に広がった。脈拍に似たリズム。一秒に一度。二度。三度。門柱の中で何かが目を覚まし始めている。私の魔力に応答して、門柱の構造が起動しかけている。


手のひらから腕を通って、魔力の流れが身体を巡った。かつて全力だった頃の感覚に似ているが、規模が違う。今の私が出せる魔力は、以前の半分。その半分が、門柱の中の構造と共鳴している。鍵穴に鍵を差し込んだ感覚。だが鍵が小さい。回しきれない。全力だった頃なら、この鍵は完全に回ったのだろう。今の私では、四分の一回転で止まる。


門柱の表面に、かすかな光が走った。紋章の溝に沿って、青白い光の線が短く明滅した。一秒。二秒。光が渦巻きの外周を走り、放射線を辿り——そして消えた。消える瞬間に、光の色がほんのわずかに緑がかった。何かの信号だろうか。


呼ばれているのではない、と確信した。私が応えて、門が応え返した。双方向の応答。門は「入れ」と言っているのではなく、「あなたの信号を受信した」と言っている。言語ではないが、身体がそう翻訳している。


指を離した。振動が止まる。門柱は再び静かな石に戻った。手のひらを見た。指先が少し白くなっている。血の気が引いたのではなく、魔力の流れで末端の温度が変わったのだ。以前なら気にならない程度の消耗。今の半分の身体には、はっきりと残る。


「大丈夫か」


ルーカスが岩陰から出てきた。走ってはいない。しかし歩幅が広い。急いでいるのを、走らないことで制御している。近づいてきて、私の手を見た。掴みはしない。見ただけ。過保護にしない。でも見ている。


「大丈夫です。少し消耗しただけ」


「手、白いぞ」


「魔力を使ったからです。すぐ戻ります」


「光ってたな。門が」


「見えましたか」


「ああ。青い線が走った。一瞬だけだったが」


ルーカスは水筒を差し出した。受け取って飲む。砂漠の水は硬いが、喉が渇いていたから味は気にならなかった。


石門の前に座り込んだ。足元の砂が温かい。日差しが地面を焼いている。門柱だけが冷たい。この温度差が、門の内部に何かがあることを示している。誰かが意図してこの紋章を刻んだ。そしてブランシュ家にも同じ紋章を残した。二つの紋章は対になっている。片方は門で、もう片方は鍵。


だとすれば、母のペンダントは最初から鍵として作られたことになる。母はそれを知っていたのか。知っていたとしたら、なぜ私に教えなかったのか。知らなかったとしたら、誰がペンダントを母に渡したのか。ペンダントを手のひらに置いた。砂漠の日差しで熱された金属。けれどさっき門に触れた手のひらには、まだ石の冷たさが残っていて、二つの温度が交差する。


エルヴィラがいたら、この共鳴現象を数値化しようとするだろう。魔力の波長、応答の周期、門柱の内部構造。彼女のノートには、きっと三ページ分の仮説が並ぶ。いないことが惜しい。でも、この感覚は数値では伝わらない。身体で受け取るしかない種類の情報だ。


ルーカスが隣に座った。何も言わない。ただ、同じ方向を見ている。門の向こうの、まだ開かない空間を。砂漠の風が二人の間を通り抜けた。乾いた風の中に、門柱から漏れた冷気が微かに混じっていた。

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