眠る石門
遺跡は、街の南東に二時間ほど歩いた場所にあった。
ザハラの白い街並みが途切れると、砂と岩の荒野が広がった。地面は硬く乾いて、靴底に砂利の感触が伝わる。日差しは容赦ない。頭上の空が、王都では見たことがないほど青い。雲が一つもない。マリアが持たせてくれた水筒の水を、歩きながら飲んだ。水は既にぬるくなっていた。
ナディアが先導している。彼女の足取りは、荒野でも変わらず正確だ。岩の間に刻まれた細い道を、迷いなく進む。この道を何百回と歩いているのだろう。ルーカスは最後尾を歩いている。時折振り返って、後方を確認している。砂漠では遮蔽物が少ないから、追跡者がいれば見える。逆に言えば、こちらも見えるということだ。
「第三石門は、遺跡群の最も奥にあります。手前に第一、第二と通過しますが、これらは既に解放されています」
第一石門は半壊していた。門の形はかろうじて残っているが、上部が崩れて、砂が積もっている。紋章は読めない。第二石門はもう少し状態が良く、門柱の表面に幾何学的な模様が残っていた。しかしブランシュ家の紋章ではない。ロストリア独自の意匠だ。
そして、第三石門。
門は岩壁に埋め込まれるように立っていた。高さは人の三倍ほど。両側の門柱は黒い石で、表面が滑らかに磨かれている。時間が経っても風化していない。何かの力で保護されているのか、あるいは石自体が特殊なのか。
門柱の表面に、紋章が刻まれていた。
渦巻き。中心から放射状に伸びる六本の線。
ペンダントを外して、門柱に並べた。紋章の大きさは違う。門柱のものは手のひらほど、ペンダントのものは親指の爪ほど。しかし構造は同じだ。線の角度、渦巻きの回転方向、放射線の間隔。一致している。
「セレンの報告通りだ」
ルーカスが後ろで呟いた。彼も見比べている。
ナディアが数歩下がって、腕を組んだ。観察している。私がこの紋章にどう反応するかを。
指先を門柱の紋章に触れさせた。石は冷たかった。日差しの下にあるのに、門柱だけが冷たい。指先が紋章の溝をなぞる。渦巻きの中心に指が触れた瞬間——
かすかな振動が、指先から手首を通って、腕を駆け上がった。
魔力の共鳴。
私の中に残っている半分の魔力が、門柱の中の何かに反応している。応答している。呼ばれているのではない。こちらから応えている。門柱の中に、魔力を受け取る構造がある。鍵穴のようなものだ。そして私のペンダント——あるいは私の魔力自体が、その鍵に形が近い。
振動は数秒で止まった。指を離すと、門柱は再び静かな石に戻った。
「今、何か感じましたか」
ナディアの声が鋭くなっていた。敬語の中に、研究者の切迫が混じっている。
「微かに。共鳴のようなものです。門柱の中に、魔力を受ける構造があります」
ナディアは息を吸い込んだ。鼻から長く吐く。何かを確認したのだ。彼女は前から、門柱に魔力構造があることを知っていたか、少なくとも推測していたのだろう。私の反応で、推測が確認に変わった。
「セレンさんの報告には、紋章の一致だけが書かれていました。魔力の反応については触れていなかったはずです」
「セレンには魔力がないから、触れても何も感じなかったのでしょう。あの子は正直です。感じなかったことは書きません」
ナディアが少し笑った。初めて見る表情だった。研究者として、データが増えたことへの素直な反応。
ルーカスが門柱に近づいて、石の表面を手で確かめた。彼に魔力はない。何も感じなかったはずだ。でも手を当てて、温度を確かめている。護衛としてではなく、私が触れたものを自分でも確かめたかったのかもしれない。
「冷たいな、この石」
「ええ。中に何かがあるからだと思います」
「触ったとき、腕が震えたな。見えたぞ」
私の反応を見ていたのだ。魔力は見えなくても、身体の反応は見える。この人は、私の身体の変化を、門柱の変化より先に捉えている。
それ以上は、今日は分からなかった。門は閉じている。半分の力では、反応を引き出せても、開けるには足りない。でも、ここに来た意味はあった。紋章は一致している。そして私の魔力は、この門に応えた。呼ばれたのではなく、応えた。その違いは大きい。
帰り道、ペンダントを握りしめた。金属は砂漠の日差しで熱くなっていた。けれどその奥に、門柱から伝わった冷たさの記憶が残っている。二つの温度が、手のひらの中で重なっていた。
ナディアが振り返らずに歩いている。彼女の背中は、行きより少し硬くなっていた。何かを考えている。何かを決めようとしている。




