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「退治された……。酒呑童子ってたしか……」
「ええ。源頼光に首を刎ねられました」
衝撃的な言葉に反射的に身を竦めると、酒呑童子が慌てた様子で取り繕うように笑った。
「ああ、ごめんなさい。嫌な話を聞かせてしまいましたね。忘れてください。とにかく、彼岸には私を裁く法はなく、私の裁判には十三年を要しました」
私はお茶を飲んで気を取り直すと、あらためて酒呑童子を見つめた。
「普通は長くても三回忌で終わるのに、ですか?」
「ええ。そんな手間をかけず、裁く法も救済する術もないほど堕落したうえ悪逆の限りを尽くしたのだから、魂を消滅させるのが妥当だと主張する王もいました」
「……! そんな……!」
「そんなモノのために時間を使っていられない。それは善良に生きた人間にこそ使うべき。その王の仰ることも、とても正しいと思います」
酒呑童子が自嘲するように言う。
「で、でも……それはあまりにも……」
もちろん、酒呑童子がどのような悪事を働いたのか、私は詳しく知らない。だからこそ、そんなふうに思うのかもしれない。彼の所業を知る者は、それが当然の罰だと言うのかも。
それでも、釈然としないものを感じてしまう。
「知らないからこそ言えるのかもしれませんが……あまりにも酷では……」
この先、何度転生するかもわからない。それら別人としての生も、酒呑童子の生き方と同じく悪逆とは限らない。それこそ――人として模範的な、清く正しく穏やかなものかもしれないのに。それをすべて奪ってしまうなんて。
「……ありがとうございます」
私の言葉に、酒呑童子がひどく嬉しそうに頬を染める。
「多くの王は、ありがたくも私にも罪を禊ぐ機会を与えるべきと主張してくださいました。そして通常の四倍以上もの時間をかけて、私の処遇を話し合ってくださいました『同じく人々を苦しめていながら、元が人間だったかそうでないかだけで差が生まれてしまうのはよくない』と……」
「同じく人々を? あ、そっか。玉藻前や大嶽丸は魂消滅なんて罰を受けてはいないってことですね? 玉藻前は元が動物だから。合ってます?」
「合ってますよ。玉藻前は狐が長く生き続けて変化したモノ。大嶽丸は生まれたときから鬼神です」
「じゃあ、仰るとおりだと思います。人間というだけで処罰に差が生まれるのは変です。そんな不公平、あってはいけませんよ」
次の生を迎えるための大事な裁判だ。そこはやっぱり公平であってくれないと。
「今、ここでこうしていらっしゃるということは、魂の消滅は免れたんですよね?」
「はい、ありがたいことに。十王全員が揃って、長きに渡って議論してくださいました。そして――申し渡されたのは、『此岸より迷い込んだ生ける魂を救い、正しく導くこと。千の魂を救った時点で、人間として裁きを受けることを許す』というものでした」
思いがけない言葉に、思わず息を呑む。
生ける魂を救い、正しく導くことが、彼の償い――?
「そ、それで、この料理屋を?」
「いえ、最初は馬鹿正直に毎日河原を駆け回って、見つけた生ける魂を追いかけ回しては捕まえていました」
「えっ!?」
そのとんでもない言葉に、私はポカンと口を開けた。
あ、あれっ!? 魂ってものすごく脆くて弱いって話じゃなかった!?
「そ、そんなことして大丈夫だったんですか?」
「いえ、思いっきり失敗しました」
ですよね。
「身体に戻すべき魂を壊してしまう行為は、もちろん罪になります。魂を一つ壊すごとに救うべき魂が百増える。すぐにノルマは三倍になりましたよね」
「……結構壊しましたね……。三倍って……」
「何をどうすればいいか、ノウハウがなにもなかったものですから」
酒呑童子が「こればかりは仕方がありません」と言って、両手を広げて肩をすくめた。
「それまでは、迷い込んでしまった生ける魂を保護して導くものはなかったんですか?」
「ええ、ありませんでした。でも、平安時代にはわりとそういう事故が多くて、どうにかしなくてはと思っていたところだったそうです」
それでは、自力で試行錯誤するしかない。
「た、大変だったんですね……」
酒呑童子も、そのタイミングで迷い込んできてしまった生ける魂も。
私の言葉に、酒呑童子が「ええ、ものすごく」と頷いて、感慨深げに息をついた。
「百年ぐらい失敗を繰り返して、魂をどう扱わなくてはいけないか、身体に戻すためには何が必要か、自分が担うべき役割はなにかをおぼろげながら知り、次の百年で一番効率的で事故の少ない手段を構築したという感じですかね。さらに次の百年では、構築したそれをどんどんブラッシュアップして精度を高めていった――という感じです」
「その集大成が、この料理屋なんですか?」
「そのとおりです」
「なぜ、料理屋なんですか?」
「五感と結びついている記憶は、より強く残っているものです。だからですよ」
「五感……? あ!」
一瞬首を捻ったものの、すぐに納得する。
「そうか! 料理って……」
「そのとおりです。料理は、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚――五感すべてで楽しむもの。そのため、料理にかんする記憶は強く残っている可能性が高い。それをきっかけにして、身体に戻るために必要な記憶を呼び覚ますのです」
「なるほど……」
二百年の試行錯誤と百年のブラッシュアップの成果はしっかりあるようだ。
うんうんと納得していると、酒呑童子がホッとした様子て手を合わせた。
「さて、これで苦手な説明が終わりました。さっそく本題に移りましょうか。その前に、なにか質問などございますか?」
「説明が苦手なんですか? 平安時代から千年以上も続けていることなのに?」
「……まさかそんな質問を一発目にされるとは」
酒呑童子が意外すぎるといった表情で、私をまじまじと見る。
いや、うん……そうだよね……。私も、一発目にする質問ではないって思うよ。
「ちょっと気になってしまって……」
「普段は、説明はしないままのほうが多いんです」




