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慌てて、河原に集う人たちに視線を戻す。あ、あの人たちが着ているの、白装束なの!? この距離だと白い服を着ているなってことぐらいしかわからないんだけど。
じゃあ、あれは死者がたどり着くっていう、あの三途の川ってこと!?
「あ、あの三つの行列は……」
「これから彼岸――あの世へと渡る人たちの列です。彼岸に渡る方法には三種類あって、だから行列も三つできているんですよ」
「三種類……? 三途の川って、六文銭を渡して船で渡るんじゃないんですか?」
「それは、平安時代の末期に出てきた考え方ですね。一応、一列はそれです」
「じゃあ、あとの二列は……?」
「もともと『三途の川』は、『三つの途がある川』という意味の名です。その名のとおり渡河方法は三つあります。善人は金銀七宝で作られた橋を、軽い罪人は山水瀬と呼ばれる浅瀬を、重い罪人は江深淵と呼ばれる深くて渦巻く難所を渡る。橋が船に変わりましたが、あとは昔から変わっていません。なので、列が三つあるんです」
「そう……なんですね……?」
すぐには信じがたい話になんと答えていいやらわからず、私はあやふやな相槌を打って再び窓の外へと視線を向けた。
これは夢なのだろうか? だけど夢なら、私が知らない知識が出てくるのはおかしい。
だったら、現実なのだろうか? だけど、はたして――こんな現実があり得るの?
「もしかして、子供たちがいるのが……有名な『賽の河原』……ですか?」
「そのとおりです」
「……じゃあ」
心臓が嫌な音を立てて縮み上がる。私は胸の前で両手を握り合わせた。
「私は……死んでしまったんですか……?」
つまりは、そういうことなのだろう。
私は死んでしまった。だから、ここに来た。
一度はわけがわからず逃げ出してしまったけれど、これから私もあの河原で並ぶのだ。自分の番が来るのを待たなくてはいけないのだ。
あの世へ行くために――。
「っ……!」
嘘。こんなことって――!
ぶるぶると全身が震える。
とてもじゃないが立っていられなくて、私はへなへなとその場に座り込んだ。
「わ、私……死……死んで……」
「――いいえ」
しかし予想に反して、男性は首を横に振る。私は目を丸くして、男性を振り仰いだ。
「えっ!?」
「あなたはまだ死んでいません。だからこそ、迷ってしまったんです」
「し、死んでいない……? だからこそ……? ど、どういうことですか……? あれは三途の川なんでしょう……?」
私は、それを渡るためにここに来たのでしょう?
私の言葉に、男性は再度きっぱりと首を振った。
「いいえ、違います。あなたは死んではいない。少なくとも、今はまだ」
「今は、まだ……?」
「ええ、そうです。――下へゆきましょうか。一からすべて説明させていただきますよ。どうやら、あなたは話したほうがいいタイプの方のようですし」
男性がにっこり笑って、私に手を差し出す。
その笑顔はひどく優しくて、穏やかで――なんだかホッとする。
なぜだろう? なんの根拠もないのに、この人がそう言うなら大丈夫だと思えてしまう。
私はおずおずとその手に自分のそれを重ねて、立ち上がった。
身体の震えは止まっていた。
「お、お願いします……」
「では、階下へ。箱階段は急なので、下りはとくにお気をつけて」
男性がさらに笑みを深めて、さきほど上がってきた階段を手で示す。
私は頷いたものの――歩き出すことなく男性をじっと見つめた。
どうしても、男性の額にあるものが気になってしまう。怖いわけじゃない。不思議と、彼に対して負の感情は湧かなかった。
でも、あの川が三途の川だというなら、彼は――。
「どうかしましたか?」
私の視線に、男性がにこにこしたまま首を傾げる。
「なにか気になることでも?」
「はい。あの、どうしても気になるので、これだけ先に教えてもらってもいいですか?」
「はい? なんでしょう?」
「あなたは――鬼なんですか?」
意外な言葉だったのか、男性が虚を突かれたように目を見開き、口を噤む。
そして、私の視線をたどるように額に手をやって、ハッとした様子で身を震わせると、なんだかひどく嬉しそうに口もとを綻ばせた。
「ええ、元・鬼です」
「もと……?」
え? 鬼って辞めることができるものだっけ? 私が人間を辞めて『元・人間』なんて立場になれないのと同じで、鬼も鬼を辞めることなんてできないんじゃないの?
「ええ。鬼のなれの果てとでも申しましょうか……。未だにこんなモノがついていますが、今はなんの力もない、中途半端な存在です」
大きな漆黒の角をちょんちょんと手で触りながら、さらに笑みを深める。
自嘲するような言葉なのに、その笑顔はなぜかとても晴れやかな喜びに満ちていた。
「そうですか……。あなたの目には、私の姿が正しく映っているのですね。それなのに、逃げ出さないでいてくれたなんて……」
「え……?」
正しく?
「どういうことですか?」
「それもすべて、説明させていただきます。どうぞ階下へ」
男性に誘われるまま、今度こそ私はお店へ。最初に座った席に再び腰を下ろした。
男性はカウンターの中へと入ると、テキパキとお茶の準備をはじめた。
「現世では宗教によって――同じ宗教でも宗派によって考え方がいろいろあるようですが、こちらの事実としてお話させていただきますと、肉体が滅ぶと魂はまっすぐ三途の川へとやってきます。強い未練などがあり、稀に現世に留まってしまうこともあるようですが、そういう希少な例外はあれど、基本的には『全員が』と言ってもいいと思います」




