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「……フリをするだけだったのに、自分が思っている以上に首が絞まってしまった?」
呆然と呟く私に、蘇芳がため息をつきながら頷く。
「それこそ子供だからね。首を吊るためになにを使用したか知らないけれど、その強度や自分の体重なんかを考慮に入れて計算して、絶対に死なない――安全を確保したうえでの偽装なんてできるわけがない。そうだろう?」
「っ……それは……」
「ほとんどの記憶を一時的に失ってしまっているから、彼の中でつじつまを合わせた結果、母親がノーヒントで自分を見つけ出せたらということにすり替わってしまっていたけれど、望む結果を得られていない以上、今も続行中なんだよ。『愛情の証明』は」
ヒヤリと背筋が冷える。
もっと自分を見てほしい。誰よりも一番に構ってほしい。可愛い嫉妬で済むはずだった。笑って許せる我儘のはずだった。
子供ならではの身勝手で、少々残酷で、純粋すぎるがゆえに妄信的な愛――。それが、勢いあまって自分を傷つけてしまった。そして、家族をも。
今、現世で、魂が抜けてしまった彼の身体を目の当たりにしている人々のことを思うと、震えが止まらない。
ああ、それはなんて恐ろしい『不幸』だろう。
「お母さんや『アイツ』と呼ばれた人の気持ちを考えたら、彼にはなにがなんでも還ってもらわないといけませんね。そして……」
私は固く拳を握り締めて、蘇芳を見上げた。
「私たちは彼を傷つけるわけにはいきませんから、ご家族の手でがっつりとお仕置きしてもらいましょうよ。二度とこんな愚かな真似をしないように」
「……そうだね」
ようやく、蘇芳が表情を緩める。
その――いつもの綺麗な笑顔に、ほっとする。
激昂するのも無理はないと思うし、その怒りも悲しみもやるせなさも理解できるけれど、それでも蘇芳には誰かを傷つけるような真似をしてほしくない。
ノルマが増えるからだとかそういう理由ではなくて、蘇芳は優しい人だと思うから。
九尾の狐は蘇芳のことを史上稀に見る悪だと言っていたけれど、私はそうは思わない。
百歩譲って、退治される前の蘇芳は――酒呑童子はそうだったのかもしれない。
でも、今の蘇芳は違う。誰かを傷つけた分だけ、自分も傷ついてしまう人だと思うから。
そうじゃなきゃ、いくら愛する人にもう一度出逢うためとはいえ、千年以上もの永い間、迷える魂を救い続けることなんてできるはずもない。
誰かのために必死になれる蘇芳だからこそ――笑っていてほしい。
「じゃあ、気を取り直して――どうしようかな? どんなカレーを作ろうか。お母さんのカレーと言われても、彼の姿からも話からもヒントはほとんど得られてないし……」
「あー……実は、お母さんのカレーはどんなものなのかそれとなく訊いてみたんですけど、見事に『甘い』『美味しい』『トロトロ』しか出てこなくって……」
肩をすくめた私に、蘇芳が料理器具を用意しながら苦笑する。
「だろうね。しかも、今ははっきりとした記憶がない状態だしね。いや、あったとしても、死が理解できてるかも怪しい年齢っぽいし、材料を正確に知ってるとは思えないかな」
……いやいや、ほぼノーヒントで彼のお母さんの味を再現しなくちゃいけないなんて、難易度高すぎない?
「給食のカレーのような懐かしい感じのカレーを作るとして……」
ため息をつく私の前であれやこれやと思考を巡らせながら冷蔵庫のドアに手をかけて、蘇芳はふとなにかに気づいたように私を見た。
「君の家では、カレーのお肉といえばなんだった? 牛? 豚? 鶏? 羊? それともお肉じゃなくてシーフード?」
「え? ええと、たしか……豚だったと思います」
「角切りだった? それとも薄切り?」
「えっと……角切りだった覚えは……ないかな。たぶん、薄切り……? ……すみません。まだ自身についてははっきり思い出せていることのほうが少ないので、なんとなくそんな気がするって程度なんですけど……」
「いや、それで大丈夫。わかってて訊いてるから」
蘇芳が『大丈夫だよ』とばかりににこりと笑って、再び考え込む。
「関西は牛の家庭のほうが多いって話だよね。カレーも、肉じゃがも、肉まんも、牛」
「え? そうなんですか?」
「関西で肉と言えば、牛なんだって」
「へぇ……」
「西日本で考えても、その傾向が強いって聞いたことがある」
そこで言葉を切って、蘇芳は天井を見上げた。
「あの子、言葉に訛りはなかったよね?」
「え? あ、たしかに」
「表に出てないだけかもしれないけど……一応、東日本に住んでいると仮定してみようか。じゃあ、肉は豚で。ルーを使わない本格カレーを子供に食べさせていたとは思えないから、市販の甘口カレーのルーを数種混ぜ合わせてみようか。隠し味も、それほど奇抜なものはつかってないだろうから……」
蘇芳が腕を組んで、ブツブツと呟きながら頭の中で味を組み立てはじめる。
私はふとあることに気がついて、蘇芳を見つめたまま首を傾げた。
「蘇芳? もしかして、彼のお母さんのカレーを完全に再現しようとしてます?」
「え……?」
蘇芳が、一瞬ポカンとした表情を浮かべる。まるで、どうしてそんな『当然のこと』を尋ねるのかわからないというような。
「そりゃ、そうじゃないと記憶を呼び覚ませないから……」
「本当に? 『これこれ! これだ!』ってならないと、絶対に駄目なんですか?」
でも、一番の目的って、迷える『思い出の味を食べさせること』じゃないよね?
「魂が『思い出の味を食す』ことで肉体に還るって言うなら、まったく同じ味を再現する必要があるかもしれないけど、違うでしょ? 必要なのは、魂が『記憶を取り戻す』こと。あくまでも、『思い出の味』はそれを誘発するためのきっかけ、でしょう?」
「そう……だけど」
「だったら、『近いけど違う』も、ある意味で記憶の刺激にはなるんじゃないかなって。違う。お母さんの味はもっとこうだった。そう思わせることができれば……」
蘇芳がハッと息を呑む。
もちろん、あまりにも違い過ぎては刺激にならない。近くなくてはいけない。だけど、『同じ』である必要はないと思う。その『近い味』を指針にして、彼が『お母さんの味はもっとこうだった』って感想を抱けば、そこからさらに紐解いていくことはできる。
「その一度で無理でも、『お母さんの味はもっとこうだった』って言葉さえ引き出せれば、それをもとに何度だって作り直せる、そしてそのたびにブラッシュアップして彼の求める味に近づけていくのもアリなんじゃないですか? 最初から完璧である必要はないと思う。彼の言葉はしっかり守ったうえで、お母さんの味を思い出せるような『あたたかい味』であればいいと思うんです」




