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「どうして? そんなもの考えるまでもなかろうよ。あれを野放しにしていいはずがない。転生体とはいえ、酒呑童子だぞ? 再び悪逆に手を染めたなら、今度こそ世がどうなるかわかったものではない。平安を生きた者に尋ねたなら、十人が十人、百人が百人、千人が千人、その転生に異を唱えることだろうよ。今は見る影もないが、あれはそれほどの男だ。悪だ。少なくとも、人間にとってはな」
「で、でも、輪廻に戻るころには、その罪に対する禊は終えているんですよ? さっきは、地獄で禊を終えているのに来世の生にも罰を与えるのはおかしいって言ってたのに!」
それなのに、蘇芳は魂の一部を封じられてしまうの? どうして!
そう叫ぶと、九尾の狐が私を見つめたままなんだか興味深げに目を細める。
「そのとおりだ。そもそも、再び酒呑童子であったころのような悪逆に手を染めぬよう、人間の身でありながら鬼に――悪妖に堕ちぬよう、魂の一部を封印するのは罰ではない。それぞ、救いだ」
「救いですか? それが?」
「もちろんだとも。再度悪妖に堕ちれば、今度こそ魂ごと消滅させられてしまうだろう。同じ過ちを起こさないようにしてやる。それは間違いなく救いだろうよ」
「……!」
その言葉に、思わず口を噤む。
たしかに、そう考えれば救いと言えなくもないのかもしれない。
でも――なんだろう? なんだか引っかかる。納得がいかない。
彼の言い方のせいだろうか? 純粋な『救い』だとは、どうしても思えない。
押し黙ったまま考え込んでいると、九尾の狐がさらに面白そうに口角を上げた。
「自身の前世を覚えているものは、わりといる。他人の前世を見ることができるものもな。なにかの拍子に酒呑童子であった記憶が甦ってしまったら? 普通の人間ならばまともではいられまい。正気を保てるかどうかも怪しい」
「っ……正気を……?」
過去の自分の行いを思い出しただけで? う、そ……。黒歴史を思い出しちゃって悶絶することなんて誰しもあると思うけれど、蘇芳のそれは正気を失うレベルってことなの? あの蘇芳が? 信じられない。
絶句する私に、九尾の狐が「当然だ」と言って、さらに笑みを深める。
「言ったであろう? あれはそれほどの悪なのだ」
私は奥歯を噛み締め、激しく首を横に振った。
「でも! それでも、蘇芳だって人間です! 蘇芳は……!」
そこまで言って、息を呑む。
蘇芳は――?
私は思わず手で口もとを覆った。
あ、れ……? 今、私、何を言おうとした?
ここで狐に反論できるほど、蘇芳のことを知らないのに。
「えっ……と……?」
自分の行動に戸惑って視線を泳がせていると、九尾の狐が我慢できないといった様子で笑い出した。
「あっはっは! 貴様、なかなかおもしろいな! うんうん、いいぞいいぞ! 我好みにとっちらかっていて、実にいいぞ!」
「っ……? と、とっちらかって……?」
「そうとも。なぜ今、酒呑童子の心配をしている? あれはたしかに将来的にその措置を受ける可能性が高い。だが、我は最初に言ったはずだぞ?」
九尾の狐がずいっと身を乗り出す。
獣の瞳孔を持つ輝く金色の双眸が、まっすぐに私を覗き込んだ。
「その封印が、貴様にはすでに(ヽヽヽ)施されている(ヽヽヽヽヽヽ)とな」
その言葉に、ないはずの心臓がドクンと嫌な音を立てる。
「なぜ、考えない? 貴様も酒呑童子と同じくひどく悪辣な存在だったのかもしれぬと。惑うべきは、怯えるべきは、そちらではないのか?」
「そ、それは……」
「なぜ、未だに禊の資格すら得られていない酒呑童子のことなど心配している?」
「…………」
たしかにそうだ。
でも――あらためて考えてみても、自分に対する恐怖感や嫌悪感はない。戸惑いだけはあるけれど、それは未だ戻るべき場所を思い出せないことについてだけだ。それだって、一応の原因がわかったから、気持ち的には少しラクになったぐらいだ。
九尾の狐の言うことは理解できるし、普通はそういう反応をするものだとも思うから、自分でも少し不思議に思うけれど、でも気にならないものは仕方がない。
「……無理して、深刻に考えることはないと思うんです」
何度考えても、やっぱり自分の前世についての印象は変わらない。
ため息をつきながらそう言うと、九尾の狐がぶふっと噴き出した。
「あっはっは! よいよい、そのほうがおもしろいからな!」
扇でパンパン膝を叩きながら実に楽しそうに言う。私は小さく肩をすくめた。
「封印のせいで、このまま永遠に還る場所が思い出せないってわけじゃないですよね?」
「それはなかろう。そもそもはお前の生を邪魔しないように施された封印なのだからな。今は、そうさな……一時的に誤作動を起こしてしまったというところだろう」
「誤作動……」
「そうだ。魂の奥底に眠る感情を震わされてしまったのが原因だろうて」
なにに? とは訊けなかった。
どうしてだろう? 尋ねてはいけない気がした。
そのまま口を噤んだ私に、九尾の狐がさらにけたたましく笑う。
「ははははははは! 愉快だ! こんないい玩具を提供してもらっておいていなりずしを受け取ってしまっては、等価交換にならんではないか! ということで、貴様にはとくに念入りに術をかけてやろう」
そして、金色の獣の目で私の顔を覗き込むと、満足げに口角を上げた。
「玩具が壊れてしまっては、我が楽しめぬからな」
◆
「えっ!? なんで!?」
ガラガラとお店の戸を開けると――カウンターの奥で作業をしていた蘇芳が、ぎょっと身を弾かせた。
「一人で帰ってきたの!? どうして! 危ないって言っただろう!」




