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2-4

 九尾の狐がニヤリと笑って、再び脇息に身を預けた。


「まぁ、冗談はここまでにして……。つまり、その娘がまだ還り道を見つけられぬから、我の力を借りたいということだな?」


「そうだ。無垢なままじゃ危ない。――言い値でいい」


「……ふむ?」 


 蘇芳の言葉に、九尾の狐が傍らに置いていた扇を手に取り、何やら考える。

 そして、再び唇の端を持ち上げると、扇でパシンと膝を叩いて蘇芳を指し示した。


「よし、では引き受けてやろう。お前は今すぐ店に戻って、おいなりさんを作ってまいれ。お重で、そうさな……三十個だ。もちろん、関西の五目いなりだぞ? そして形は三角だ。それで手を打とう」


「はっ!?」


 予想だにしていなかった言葉だったのか、蘇芳が目を剥く。

 そして私の手を離すと、九尾の狐の前に膝をついて身を乗り出した。


「待て。いつもの報酬じゃないのか!?」


「今回はいなりずしだ。それ以外では引き受けぬ」


「っ……どうして! 彼女のそばを離れるわけにはいかない!」


「どうして、だと?」


 蘇芳の勢いに、九尾の狐がなんだか意外そうにピクンと耳を動かす。


「無垢な魂に直接呪術を施すのは、いつものそれとは勝手が違う。特別な報酬が必要だ。それがそんなにおかしなことか?」


「っ……それは……」


「それに、何を心配することがある? ここには我がおるのだぞ? 悪鬼あやかしどもにいったい何ができようか」


「お前自身が、なにかするかもしれないじゃないか!」


 九尾の狐の言葉を遮って、蘇芳が噛みつくように叫ぶ。

 そんな蘇芳を見るのははじめてで、私は思わず息を呑んだ。

 驚いたのは私だけではなかったらしい。九尾の狐もパチパチと目を瞬く。


「そんなことはせんよ」


「どうだか! わかったもんじゃない!」


「……どうした? 酒呑童子よ。ずいぶんと余裕がないではないか。貴様らしくない」


 びっくり眼の九尾の狐に言われて、ようやく蘇芳がハッとした様子で身を震わせる。

 そして、ぐっと奥歯を噛み締めると、九尾の狐から視線をそらした。


「……こんなことは、はじめてだから……」


「それだけか?」


「っ……もちろんだ」


 蘇芳が顔を背けたまま、小さな声で言う。

 九尾の狐は、そんな彼を見つめたまま少し考えると、扇でトントンと胸を叩いた。


「ならば、名に誓ってやろう」


 その言葉に、蘇芳が目を見開いて九尾の狐を見る。


「え……?」


「それならば、安心できよう?」


「そりゃ、そうだけど……でも……」


 九尾の狐はニヤリと口角を上げると、胸の合わせから細い筆と白紙の札のようなものを取り出した。


「――我が名において誓(うけ)う。この無垢な魂を傷つける真似は決してしない」


 そう言うと、長い爪で手の甲を傷つけ、溢れ出た血に筆を浸し、札に何やら書きつけた。


「我は、この魂を全力で守ろう」


 それを宙に放り投げて、パンと手を打つ。

 すると、札は溶けてビー玉ぐらいの大きさの紅玉となり、ストンと蘇芳の前に落ちた。


「そら、これでよかろう?」


「……」


 蘇芳がその美しい紅玉を拾い上げ、握り締める。


「――わかった」


「うむ、よい。これで交渉成立だ」


 九尾の狐は満足げに頷くと、「そら、娘よ。こっちに来い」と私を手招きする。

 蘇芳を見ると――彼は今度は止めず、それどころか脇に退いて場所を空けてくれる。

 私はおずおずと近づき、九尾の狐の前に座った。


 ええと……? 今のは……なんだったんだろう?


 わけがわからず内心首を傾げていると、九尾の狐は立ち上がった蘇芳にシッシッと手を振った。


「お前はもう行け。あまり長く待たせるでないぞ。我は腹が減っている」


「……わかった。じゃあ……」


 蘇芳が頷いて――それから私を見る。

 きっと私が不安そうにしていたからだろう。蘇芳は綺麗な笑みを浮かべて、ポンポンと優しく私の頭を叩いた。


「性悪狐への報酬を用意してくるよ。すぐに戻るから、待ってて」


「は、い……」


 安心してとばかりに頷いて、蘇芳が素早く身を翻す。

 そして、そのまま足早に部屋を出て行った。


「では――娘よ」


 玄関扉が閉まる音が室内に響くと同時に、九尾の狐がまっすぐ私を見つめる。


 これから何がはじまるのだろう? 正直、怖い。なにもわからないから。

 でも、蘇芳は私のためを思って、ここに連れて来てくれたのだ。そして、独り残しても危険がないと判断したから、報酬を用意するために店に戻った。


 それだけは、なんの憂いもなく信じられる。


 私は深呼吸を一つすると、お腹に力を込めて気を引き締めた。


「は、はい。なんでしょうか?」


 返事をした瞬間、九尾の狐がサッと素早く手を伸ばして、扇で私の額をペシンと叩く。


「っ!?」


 い、痛ぁ!

 ええっ!? ちょっと待って! 今、私を傷つける真似はしないって誓ってなかった!? その舌の根も乾かないうちに、この狐!


 額を両手で押さえて悶絶していると、性悪狐が悪びれる様子もなく「痛いか?」などと訊いてくる。私は涙目でキッとにらみつけた。


「そりゃ、痛いですよ! 何するんですか!」


「なぜ痛い?」


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