2-3
「あと、今の『寄って行かない?』はそのままの意味じゃないから。まだ茶屋が開く時間じゃないしね。僕は本当にめったに外に出ないから、それを揶揄してっていうか……まぁ、からかわれたんだよ」
「え? そ、そうなんですか?」
そんなふうには見えなかったけど。
「……めったにお店から出ないの?」
「店を空けている間に、迷える魂が来たら困るだろう?」
「えっ!? そ、そのために!?」
「そりゃ、そうだよ。迷える魂がタイミングを選ぶと思うかい? いつ来てもいいようにしているよ」
当然とばかりに、蘇芳が頷く。
「よ、夜はどうしてるの? だって、眠らないわけにはいかないでしょう?」
「二階で仮眠はするよ。呪術が発動すれば起きるからね。だけど、寝ぼけた頭では思考もまとまらないから、そもそもあまり深く眠らないようにしてるかな」
「お、お休みは?」
「あるわけがない。ほしいとも思わないしね。ずっと店でなにかしらをしているかな」
それを、千年以上もの間ずっと続けているの――!?
嘘。そんなことって。
「それは……つらくないの?」
震える声で尋ねると、蘇芳はきっぱりと首を横に振った。
「まったく。こんなのはどうってことないよ。忘れちゃいけない。これは仕事じゃない、贖罪なんだ。そもそも地獄での罪の禊にだって、休日なんてないんだから」
「そ、それはそうだけど……。でも……」
「――輪廻に還るためだ。僕は、戻りたい」
蘇芳が足を止め、私に向き直る。そして私の顔をまっすぐに見つめた。
「会いたい人がいるんだ。そのためなら、なんだってしてみせる」
「会いたい、人……?」
そうはいっても、蘇芳の――酒呑童子の知り合いとなれば平安時代の人。当然ながら、もう生きてはいない。どれだけ会いたくても、それは物理的に無理な話で……。
そこまで考えて、ハッとする。
そうか! だからこそ、輪廻に戻りたいんだ。
生まれ変わって、再び出逢うために。
息を呑んだ私に、蘇芳が頷く。
「そう、僕は、どうしてももう一度彼女に会いたいんだ。今度は――人間として」
心臓がドクンと大きな音を立てた。
◆
「……あやかしって、どうしてこんなにも顔がいいんですか?」
店だと言われても信じられないほど〝店感〟がない、 美しい総二階の京町家。看板は掛かっておらず、提灯も暖簾すらもない――本当になんの変哲もない千本格子の引き戸を開けてスタスタと入ってゆく蘇芳を追って中戸を抜け、カミダイドコを上がり、中の間を抜けて奥の間へ。
息を呑むほど美しい水墨画の屏風の前に、そのあやかしはいた。
平安時代の姫君のような、華やかな小袿姿。背を覆う艶やかな髪は漆黒。頭の上には、大きな狐耳が。その背後には、九本のモフモフな尻尾まで見える。
抜けるように白く、なめらかな肌。漆黒の睫毛は長く、瞳に繊細な影を落としている。そしてその双眸は、太陽のように眩しい金色。
まっすぐ通った鼻筋に、引き締まった精悍な頬。どう見てもしっかり男性なんだけど、整い過ぎているせいか男臭さはなく、ただただ綺麗だと思う。
その――性別なんて次元をはるかに超えた美しさに呆然としていると、蘇芳が私を見てむぅと眉を寄せた。
「……君、ああいうのが好み?」
「え?」
「我の顔が気に入ったのか。よし、娘。近こう寄れ。存分に愛でることを許してやろう」
その美しい狐のあやかしが、来い来いと手招きする。
「――駄目だ」
私が答えるよりも早く、蘇芳がぴしゃりと言って私の手を握る。
「うちの客だ。お前の玩具になんかさせないからな。九尾の」
「人聞きの悪いことを言うな。酒呑童子よ。我を存分に愛でることを許そうというだけだ。我がソレになにかをしようというわけではない」
「どうだか。性悪狐が」
「我の世話になっておきながら、その態度はなんだ。少しは信用せよ」
ツンとそっぽを向いた蘇芳をジロリとにらみつけ、九尾の狐が息をつく。
「しかし、迷える魂を連れ回すなど感心せんな。なぜ、すぐさま送り返さぬ?」
「やれるものならやってるよ。でも、ここまで姿が戻っても自分の名前すら思い出せないみたいで……」
「なんと!」
瞬間、九尾の狐が耳をピンと立てて、目を丸くする。やはり、相当珍しいことらしい。
「そんなことがあり得るのか!? 姿はほぼ完璧ではないか!」
「僕もそう思ったけど、これがあり得ちゃったんだから仕方がない」
「娘! 本当に思い出せないのか!?」
九尾の狐が脇息に手をついて、身を乗り出す。
「は、はい……。努力はしてみたんですけど……」
「ははぁ、わかったぞ。娘! さてはお前、阿呆なのだな?」
「へっ!?」
「おい! 九尾の!」
鋭くいさめる蘇芳の隣で、私は思っても見なかった言葉に目をぱちくりさせた。
えっ!? あ、頭の良さが関係あるの!?
「あ、頭が悪かったかどうかは、記憶がないので……その……ちょっとわからないです。一応、中学までは普通でしたが……」
「いや、いいよ。真面目に答えなくて。学力は関係ないから」
「え? そうなんですか?」
「もちろんだよ。そんな心配はしなくていいよ」
「こんなくだらん冗談を真に受けるあたり、やはり阿呆なのではないのか? その娘」




