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「ああ、そうか……」
「その時代その時代の勉強を、ちゃんとしているよ。じゃないと、料理だって作れない。魂が求めた料理が、『冷製雲丹のエスプーマ仕立て』とかだったらどうするの」
え……? そんな超高級料理を求める魂がいるの?
「作れるんですか?」
「作るよ? もちろん。『わかりません』『できません』はあり得ない」
蘇芳がきっぱりと言って頷く。
『わかりません』『できません』はあり得ない――か。
こともなげに言ってるけど、それってどうなの?
もちろん、理屈としてはわかる。魂が求める料理を作れなかったら、記憶を呼び覚ますことが難しくなる。そうしたら、その魂も私のように迷ったままになってしまうのだから。
でも、求められたものをなんでも作るって、言うほど簡単なことじゃないはずだ。いや、簡単じゃないどころか! はたして現世に、そんなことができる料理人が存在するの?
「物理的に無理っていうのも、ないんですか?」
「物理的に無理なことなんてないからね」
蘇芳があっさりと言って、私の髪を一つにまとめて、ねじって、瑠璃に白い小花が咲くトンボ玉が可愛い玉かんざしを刺して、そのまま手早く器用に結い上げる。
「はい、完成」
にっこり笑って、手鏡を使って合わせ鏡で見せてくれる。
「ありがとうございます……。かんざしって手品みたいですね……」
ヘアピンもヘアゴムも使わずに、どうしてこんなに綺麗にまとまるんだろう?
感嘆のため息をつきながら鏡に見入って――いやいや、違う。そうじゃない。私は首を横に振って、蘇芳を振り返った。
「疑うわけじゃないんですけど、物理的に無理なことなんてないって……本当ですか? だって、迷える魂がいつ来るかも、何を注文されるかもわからないのに」
それじゃ、必要な食材を事前に用意することすら難しいはずだ。
「それこそ、『冷製雲丹のエスプーマ仕立て』を頼まれたときに、新鮮な雲丹が冷蔵庫にあるとは限らないでしょう?」
「食材にかんしては、この場所ならではのからくりがあるから」
「からくり……? あ!」
そっか。そういえば、この店にはいくつかの呪術が施されているって言ってたっけ。
蘇芳の姿が、その人にとっての『好ましい者』に見えるのも、その一つだって。
「もしかして、それも呪術の一つだったり?」
「当たり。詳細は、まだ内緒」
蘇芳が唇に人差し指を当てて、悪戯っぽく笑う。
その笑顔があまりにも綺麗で、ドキッと心臓が跳ねた。
「お、教えてもらえないんですか? めちゃくちゃ気になるんですけど……」
「うん、今はね。まだ内緒。――さぁ、行こうか」
蘇芳が私の目の前に手を差し出して、笑みを深める。
私はおずおずとそれに自分の手を重ねて、立ち上がった。
「注意点が一つ」
そのまま箱階段を降りて、店の戸口へと向かいながら、蘇芳が言う。
「店を出たら、絶対に僕から離れないこと。いいね? 独りで勝手な行動をしたが最後、無事に戻れるとは思わないほうがいい」
「っ……はい」
ぐっとお腹に力を込めて、力強く頷く。ここで終わってたまるものか。
そんな私に、蘇芳は「そう、その意気」と目を細めて、店の戸を開けた。
「わっ……!」
昨日は楽しむ余裕なんてなかったけれど、京都の祇園のような町並みはやっぱり美しい。
どんよりとした曇天は相変わらずだ。しかしだからこそ、紅い提灯の灯りが実に映える。
昨日と違うのは、通りが多くの人で溢れていたこと。
いや――人じゃない。大半は異形の姿。蘇芳のように額に角を持つ者も多い。
「こ、これは……」
「極卒やあやかしたちだよ」
呆然としていると、蘇芳が小さな声で答えをくれる。
「ご、極卒って、地獄で死者を責め立てる……あの?」
「そう。罪に応じた罰も与えるけれど、つまり魂の禊を取り締まる役人だね。わかった?極卒が無垢な魂に手を出すことはないけれど、あやかしは違う。僕から離れないこと」
「は、はい。で、でも、昨日はどこにも……」
「昨日は、町に捕らえられた感じがしなかったかい?」
「……! し、しました! 三途の川から数メートルも走らないうちに、突然、それまで見えてもいなかった町に入ってて……」
「それも呪術の一つなんだ。迷える無垢な魂は、僕の店に引き寄せられるようになってる。彼らにとって不穏にしか感じないこの場所で、僕の店だけが好ましく見える」
「そして、中に入ったら――好ましく見える者がいる?」
「そう。町に捕まえられた時点で、術中にハマっているから認識できなかっただけだよ。これを見てしまったら、食事なんてできないだろう?」
「そうですね……」
私は頷いた。たしかに、鬼やあやかしがそこらをウロウロしてるってだけでパニックだ。そんな中で、食事? あり得ない。あり得ない。
「これが、この街の本来の姿だ。――さぁ、行くよ」
そう言って、蘇芳が歩き出す。慌てて私は、そのあとに続いた。
どこからかトンカラシャンと三味線の音が聞こえる。コロコロとした女性の笑い声に、活気のある呼び込みのかけ声。
京町家の二階から、華やかな着物姿の女性が「あら、蘇芳~!」と顔を覗かせる、
「お店から出てくるなんて珍しいじゃないの~。寄って行かない?」
「すみません、立派に仕事中です。また今度」
蘇芳は足を止めようともせず、にっこり笑顔で手を振る。
「そんなこと言って~。今度なんてないくせに~」
女性がぷく~っと頬を膨らませて、ふと私を見る。
私は慌てて頭を下げて、蘇芳のあとを追った。
「ええと……蘇芳? もしかして、ここは花街なんですか?」
「……色街という意味で訊いているなら、NOだよ。舞妓・芸妓文化はあるから、茶屋や料亭はあるけれどね。さっきの女性も芸妓さんだ。ほかには飲食店に甘味処、雑貨屋とか。現在の祇園と変わらないよ。ただ、店を営んでいるのも客も、鬼やあやかしってだけで」
「へぇ……」




