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2-2

「ああ、そうか……」


「その時代その時代の勉強を、ちゃんとしているよ。じゃないと、料理だって作れない。魂が求めた料理が、『冷製雲丹のエスプーマ仕立て』とかだったらどうするの」


 え……? そんな超高級料理を求める魂がいるの?


「作れるんですか?」


「作るよ? もちろん。『わかりません』『できません』はあり得ない」


 蘇芳がきっぱりと言って頷く。


『わかりません』『できません』はあり得ない――か。

 こともなげに言ってるけど、それってどうなの?

 もちろん、理屈としてはわかる。魂が求める料理を作れなかったら、記憶を呼び覚ますことが難しくなる。そうしたら、その魂も私のように迷ったままになってしまうのだから。

 でも、求められたものをなんでも作るって、言うほど簡単なことじゃないはずだ。いや、簡単じゃないどころか! はたして現世に、そんなことができる料理人が存在するの?


「物理的に無理っていうのも、ないんですか?」


「物理的に無理なことなんてないからね」


 蘇芳があっさりと言って、私の髪を一つにまとめて、ねじって、瑠璃に白い小花が咲くトンボ玉が可愛い玉かんざしを刺して、そのまま手早く器用に結い上げる。


「はい、完成」


 にっこり笑って、手鏡を使って合わせ鏡で見せてくれる。


「ありがとうございます……。かんざしって手品みたいですね……」


 ヘアピンもヘアゴムも使わずに、どうしてこんなに綺麗にまとまるんだろう?


 感嘆のため息をつきながら鏡に見入って――いやいや、違う。そうじゃない。私は首を横に振って、蘇芳を振り返った。


「疑うわけじゃないんですけど、物理的に無理なことなんてないって……本当ですか? だって、迷える魂がいつ来るかも、何を注文されるかもわからないのに」


 それじゃ、必要な食材を事前に用意することすら難しいはずだ。


「それこそ、『冷製雲丹のエスプーマ仕立て』を頼まれたときに、新鮮な雲丹が冷蔵庫にあるとは限らないでしょう?」


「食材にかんしては、この場所ならではのからくりがあるから」


「からくり……? あ!」


 そっか。そういえば、この店にはいくつかの呪術が施されているって言ってたっけ。

 蘇芳の姿が、その人にとっての『好ましい者』に見えるのも、その一つだって。


「もしかして、それも呪術の一つだったり?」


「当たり。詳細は、まだ内緒」


 蘇芳が唇に人差し指を当てて、悪戯っぽく笑う。

 その笑顔があまりにも綺麗で、ドキッと心臓が跳ねた。


「お、教えてもらえないんですか? めちゃくちゃ気になるんですけど……」


「うん、今はね。まだ内緒。――さぁ、行こうか」


 蘇芳が私の目の前に手を差し出して、笑みを深める。

 私はおずおずとそれに自分の手を重ねて、立ち上がった。


「注意点が一つ」


 そのまま箱階段を降りて、店の戸口へと向かいながら、蘇芳が言う。


「店を出たら、絶対に僕から離れないこと。いいね? 独りで勝手な行動をしたが最後、無事に戻れるとは思わないほうがいい」


「っ……はい」


 ぐっとお腹に力を込めて、力強く頷く。ここで終わってたまるものか。

 そんな私に、蘇芳は「そう、その意気」と目を細めて、店の戸を開けた。


「わっ……!」


 昨日は楽しむ余裕なんてなかったけれど、京都の祇園のような町並みはやっぱり美しい。

 どんよりとした曇天は相変わらずだ。しかしだからこそ、紅い提灯の灯りが実に映える。


 昨日と違うのは、通りが多くの人で溢れていたこと。


 いや――人じゃない。大半は異形の姿。蘇芳のように額に角を持つ者も多い。


「こ、これは……」


「極卒(ごくそつ)やあやかしたちだよ」


 呆然としていると、蘇芳が小さな声で答えをくれる。


「ご、極卒って、地獄で死者を責め立てる……あの?」


「そう。罪に応じた罰も与えるけれど、つまり魂の禊を取り締まる役人だね。わかった?極卒が無垢な魂に手を出すことはないけれど、あやかしは違う。僕から離れないこと」


「は、はい。で、でも、昨日はどこにも……」


「昨日は、町に捕らえられた感じがしなかったかい?」


「……! し、しました! 三途の川から数メートルも走らないうちに、突然、それまで見えてもいなかった町に入ってて……」


「それも呪術の一つなんだ。迷える無垢な魂は、僕の店に引き寄せられるようになってる。彼らにとって不穏にしか感じないこの場所で、僕の店だけが好ましく見える」


「そして、中に入ったら――好ましく見える者がいる?」


「そう。町に捕まえられた時点で、術中にハマっているから認識できなかっただけだよ。これを見てしまったら、食事なんてできないだろう?」


「そうですね……」


 私は頷いた。たしかに、鬼やあやかしがそこらをウロウロしてるってだけでパニックだ。そんな中で、食事? あり得ない。あり得ない。


「これが、この街の本来の姿だ。――さぁ、行くよ」


 そう言って、蘇芳が歩き出す。慌てて私は、そのあとに続いた。


 どこからかトンカラシャンと三味線の音が聞こえる。コロコロとした女性の笑い声に、活気のある呼び込みのかけ声。

 京町家の二階から、華やかな着物姿の女性が「あら、蘇芳~!」と顔を覗かせる、


「お店から出てくるなんて珍しいじゃないの~。寄って行かない?」


「すみません、立派に仕事中です。また今度」


 蘇芳は足を止めようともせず、にっこり笑顔で手を振る。


「そんなこと言って~。今度なんてないくせに~」


 女性がぷく~っと頬を膨らませて、ふと私を見る。

 私は慌てて頭を下げて、蘇芳のあとを追った。


「ええと……蘇芳? もしかして、ここは花街なんですか?」


「……色街という意味で訊いているなら、NOだよ。舞妓・芸妓文化はあるから、茶屋や料亭はあるけれどね。さっきの女性も芸妓さんだ。ほかには飲食店に甘味処、雑貨屋とか。現在の祇園と変わらないよ。ただ、店を営んでいるのも客も、鬼やあやかしってだけで」


「へぇ……」


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