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「今は、お父上のことは……」
「今はとにかく懐かしさしかありません。会えるものなら会いたいです」
ゆっくりと話ができたら嬉しい。話したいこともいっぱいある。幼かったあのときには話せなかったことが。
私はナポリタンを食べ終えると、蘇芳を見上げて微笑んだ。
「ありがとうございました。本当に美味しかったです。記憶の中の味にびっくりするほど近くて……。おかげでいろいろ思い出せました」
その言葉に、蘇芳もまた嬉しそうに笑う。
「それはよかった。鉄板ナポリタンは名古屋市のとある喫茶店が発祥で、愛知県岐阜県の喫茶店でよく見られるメニューですが、ご出身はそちらですか?」
「はい、離婚後に引っ越しましたが、それまでは愛知県の犬山市に住んでいました」
「お引越しを?」
「ええ、京都に。母の実家がそちらなんです。京都には鉄板ナポリタンがほとんどなくて、驚きました。あれこそナポリタンだと思っていたので」
鉄板ナポリタンが食べたくて、食べたくて――こっそり愛知県まで食べに行ったこともあった。それが母にバレて、父に会いに行ったのだろうと勘ぐられて泣かれたことも――今となってはいい思い出だ。
次々と呼び覚まされてゆく記憶を一つ一つ噛み締めていると、蘇芳がそんな私を見て、ひどく安堵したように微笑む。
「ご自身のこと、いろいろ思い出せたようですね。姿がはっきりしました」
「はい、ナポリタンを食べるまではなにも思い出せなかったのに、不思議ですね」
私は頷いて――それからふと首を傾げた。
「……って、え? あの、姿がはっきりしたってどういうことですか?」
「パニックを起こされる方も少なくないのであえて説明しませんでしたが、自身のことを忘れてしまっている魂はおかしな姿かたちをしているものなんです」
「おかしな……姿、ですか?」
「ええ。自分がどのような姿をしていたかすら、忘れてしまっているからです。たとえば煙のようだったり、のっぺらぼうのようだったり、頭が動物や花や無機物になっていたり、手や足に人間ではないものが混じっていたり、その配置がおかしかったりと……」
「ええっ!?」
反射的に、手でペタペタと触って顔の形を確かめる。
「い、今はもう、普通の姿になったってことですか? だ、大丈夫ですか? まだどこかおかしかったりしませんか?」
「ええ、すっかり。記憶が戻られた証拠です」
蘇芳が戸棚から鏡を取り出して、私の前に置く。
「……!」
鏡の中の――少し気の強そうなブラウンの双眸が私を見つめ返す。
引き結ばれた薄い唇に小さな鼻、少しふっくらとした頬。その割に細くてシャープな顎。まったくクセのない、セミロングの髪。
そこに映っていたのは、濃紺のスーツを身に纏った――ごくごく普通の女性だった。
これが、私……?
「…………」
無言で鏡を見つめていると、蘇芳がパンと手を打った。
「さぁ、そこまで完璧に姿が戻られたのなら、もうわかるはずです。自身の身にいったい何が起きたのか。どうしてここに来てしまったのか。そして、戻るべき場所も」
「……!」
ハッとして顔を上げると、蘇芳が私を見つめて、なんだか切なげに顔を歪める。
しかし、それも一瞬のこと。彼はにっこり綺麗な笑顔を浮かべると、片手を胸に当てて軽く頭を下げた。
「ご来店ありがとうございました。またのお越しはご遠慮願います。どうぞ、まっすぐにお還りくださいませ」
「えっ!? あ、あの……!」
そんな! 待って! 私っ……!
私は慌てて立ち上がると、カウンターに手をついて大きく身を乗り出した。
「わ、私は、誰ですか!?」
名前も、還る場所も、全然わからないんですけど!
瞬間、蘇芳が目を丸くする。
そして、あっけにとられた様子で、まじまじと私の顔を覗き込んだ。
「――はい?」




