4. 小腸大玉転がし
私たちは、小腸のピンク色の草原の上を、魔法のアメ玉を勢いよく転がしながら、走り始めた。
「うおぉ、カーブだ!」
「左に曲がるよ!」
運動神経の悪いひなた兄ちゃんの代わりに、私がアメ玉の舵をとる。
「後ろから『蠕動運動』が来るぞ。転ばないように気を付けろ。わぁ!」
言ったそばから、ひなた兄ちゃんがまた転んだ。
「ひ、ひなた兄ちゃん、大丈夫?」
転んだ拍子にひなた兄ちゃんはアメ玉を勢いよく前に押し出した。そしてさらなるうねりが魔法のアメ玉を加速させた。どんどん流され、アメ玉だけ先を走る。
「魔法のアメ玉が先に行っちゃった。あめめ、追いかけなきゃ! ひなた兄ちゃん、私たちは先行くね」
「そうしてくれ。俺もすぐ追いつく」
私は、ひなた兄ちゃんと違って、かけっこは速い方だ。あめめと一緒に、アメ玉を追いかける。さっきひなた兄ちゃんが、消化管は1本道だと言っていた。でも今アメ玉を見失ったら、また胃の中みたいに食べ物まみれになって、きっと探すのが大変だ。
走って、走って、アメ玉を追いかける。あめめも羽をバタバタさせて、一生懸命にアメ玉を追いかける。
やがて魔法のアメ玉がぬかるみに落ちて、そこで止まった。だいぶ水っぽいけど、あれは食べ物の塊かな。色々な消化液と混ざったせいか、茶色くなっている。変なにおいもする。
「くちゃい」
あめめが鼻をつまんだ。
「この水まさか――」
「うんちかな?」
「さっきヒビも入ったし、このまま置いとくと溶けちゃうから、あめめ、とにかくアメ玉を外に出そう」
「……うん」
あめめはちょっと嫌そう。私もうんちまみれは嫌だ。恐る恐る2人で、アメ玉を引きずり出そうとしたけど、私たちの力だけでは無理だった。
「いろは、あめめ、大丈夫か?――魔法のアメ玉はこの中か?」
「うん」
私がうなずくと、また腸が動いて、アメ玉が茶色いぬかるみの中で一回転した。
「ねえねえ、ひなた兄ちゃん。あの茶色いの、もしかしてうんち?」
「ここは『小腸』だ。あれはまだうんちじゃない。食べ物が消化液でドロドロになって、『小腸』の壁から栄養が吸収されようとしている」
「確かに、うんちのにおいとは少し違うかも」
「うんちのにおいは、主に『大腸』にいる菌によって作られたものだからな」
「ふーん。そっか」
「ねえねえ、ひなた、アメ玉をぬかるみから出すのを手伝って。さっきいろはと持ち上げようとしたけど、無理だった」
あめめが、魔法のアメ玉を指さしながら言った。
「そうだな……。俺といろはでこちら側から押すから、あめめがキャッチするっていうのはどうだ?」
「いい作戦。分かった!」
あめめが羽をばたつかせながら、ぬかるみの向こう側に行った。
「いろはもいいか?」
「うん」
「じゃあ、押すぞ」
ひなた兄ちゃんと私は、片足を茶色のぬかるみにつっこみながら、ぬかるみにはまったアメ玉を押し出す。
「いち、に、いち、に」
「いろは、あと一息だ」
「うん、ひなた兄ちゃん! あめめも準備できている?」
「こっちは準備万端!」
「いっせいのせい、パワー!」
ひなた兄ちゃんの謎のかけ声とともに、魔法のアメ玉はぬかるみから飛び出し、それをあめめがキャッチした。
「あめめ、ナイスキャッチ!」
アメ玉が無事、ぬかるみから押し出された後、ひなた兄ちゃんと私も、ぬかるみを避けつつ、魔法のアメ玉の方に移動した。
「あめめ、お待たせ!」
「ひなた、もう転ばないように、気を付けてよね」
あめめがぷっくりほっぺたをふくらませた。
「悪い。悪い。でも俺は小さい頃から、徒競走はクラスでビリ、水泳は最後まで水に顔を付けられなかった。生まれつきそういう人間なんだ」
ひなた兄ちゃんは悪びれない。むしろ運動神経が悪いことを誇るかのように胸を張った。
「ねえ、あめめ。ひなた兄ちゃんの運動神経がよくなる魔法はないの?」
「そんな都合のいい魔法ない!」
「そっかー、残念」
「よし、また運ぶぞ。ん? 魔法のアメ玉のヒビ割れ、さっきより大きくなっているな。腸壁を勢いよく転がったから、少しずつ消化されているのかも」
ひなた兄ちゃんに言われて、ぬかるみで茶色くなったアメ玉をよく見ると、さっきの亀裂がより深く大きくなっている。そしてキラキラした粒子が漏れ出していた。
「あめめー! ヒビ割れから、なんかキラキラしたものが出てる」
「え!? いろは、ひなた、キラキラってどこ?」
「ほらここ!」
あめめが飛んできて、ヒビ割れをのぞき込んだ。そして青ざめた。
「わあ、これ魔法の欠片だ。少しずつだけど、魔法がアメ玉の外に漏れ出している!」
キラキラとした粉が、私の手を伝って、足元のピンクの絨毛に落ちた。
絨毛の奥をのぞくと、赤い川が流れている。さっきのキラキラした魔法の粉が、小腸の壁をすり抜け、川に吸い込まれていくのが見えた。光の粉はそのまま赤い川に流されていった。
「あの赤いのは『血管』だ。消化されて小さくなった砂糖は、小腸から血液に取り込まれて、『肝臓』や体中に運ばれるんだ。こうやって食べ物は、俺たちの体の一部になる」
ひなた兄ちゃんが解説してくれた。
「もしかして、魔法も小腸から吸収されちゃったってこと?」
ひなた兄ちゃんが一拍置いて答えた。
「――魔法を込めたと言っても砂糖だからな。それは吸収されるんじゃないか」
確かにひなた兄ちゃんの言う通りかも知れない。
「――ねえねえ、あめめ。はるとは人間だから、体の中で魔法があふれ出すと危ないんだよね」
「う、うん」
「さっき、吸収されちゃったけど」
あめめがますます青ざめる。
「とにかく急いで、ここから出そう」
「そうだね」
私たちは作戦を立て直して、大玉転がしを再開した。
まず、あめめに先に行ってもらい、食べ物のぬかるみを魔法でどかしてもらう。相変わらず、ひなた兄ちゃんはとろくて、何度も何度も転んだけど、アメ玉だけ先に行ってしまった時は、前を飛ぶあめめがアメ玉を止めてくれた。役割分担のおかげで、すいすいとアメ玉を運ぶことができた。
そして、ついにさっきの『幽門』みたいな出口が見えた。
「あれが小腸と大腸の境目、『回盲部』だ! もう少しで、大腸だ!」
ひなた兄ちゃんが叫んだ。
「よし、みんなで持ち上げて、あの穴から出すぞ」
「いっせいのせい!」
アメ玉を『回盲部』に押し当てて、ついに大腸に押し出した。それから1人ずつ、『回盲部』トンネルを通って、大腸に降り立った。




