3. 十二指腸のシャワー
胃からポンっと追い出されると、『食道』とはまた違う雰囲気の管の中に出た。
一面、細長い毛のようなものでびっしり覆われて、まるでピンク色の草原みたいだ。腸壁が動くたび、草原全体が揺れる。魔法のアメ玉と一緒に、底まで滑り落ちた。
「胃に比べて、ここはちょっと狭いね」
私は周りを見渡しながら言った。
「この部屋は『十二指腸』。『胃』でドロドロにできなかったものを、さらに消化する場所だ」
先ほど出てきた胃の出口、『幽門』を見上げた。随分落ちてきてしまったみたいだ。今いるのは『十二指腸』の一番底。さっき来た道を戻るのは難しそうだ。
「もう口から外に出るのは難しいだろうな。このまま、小腸の『蠕動運動』に乗って、下から出た方が早い」
「だとすると、ひなた兄ちゃん。あっちの山を越えていかないといけないの?」
山と魔法のアメ玉を交互に見る。この山なら、運動会の大玉転がしの要領で押していけば越えられないこともないか。
「そうそう。あの先を行けば、『小腸』から『大腸』を通って『肛門』から外に出る」
「食べ物って、そんなにたくさん冒険してうんちになるんだね」
ひなた兄ちゃんは、いきなり笑った。
「冒険? ははは。面白い発想だな。でも消化管は1本道だから、迷うことはないぞ」
「そうなんだ!」
つるつるだったり、べたべただったり、うねうねだったりするのに、1本道なんだ。だから、食べ物は迷わず、うんちになっておしりから出てくるんだ。
その時、頭の上からシャワーのように水が降ってきた。
「うわぁ、なんか緑色の水がかかった」
あめめが嫌そうに、ピンクの髪についた緑の液をぬぐう。ひなた兄ちゃんのパーカーも緑色の液でびちょびちょだ。魔法のアメ玉にも緑色の液がべっとりついている。
「これは多分『胆汁』だ!」
ひなた兄ちゃんが、何かを探しているように、上を見上げた。
「えっと……、あれだ。あの穴から、色々な消化液が出てくるんだ」
ひなた兄ちゃんが指さした方を見上げると、ちょっとした出っ張りがある。そこからまた、ぴゅっと、緑色の水が飛び出した。
「ねえ、ひなた兄ちゃん。胆汁って何?」
「胆汁は油を細かくして、吸収しやすくする液だよ。『肝臓』で作られて『胆のう』という袋に蓄えられるんだ」
「肝臓?」
「『肝臓』はレバニラのレバーだね。栄養を蓄えたり、体の中で使ったりする役割を持った臓器だよ。ほらおじさんも、『肝臓』の値が心配って、会社の健康診断の後に嘆いていただろう?」
「お酒の飲み過ぎが『肝臓』に良くないって、ママも言っていた」
「お酒の毒を無くすのも『肝臓』の大事な仕事だ」
「色々なことができて『肝臓』ってすごい」
「そうそう。しかも『肝臓』はがまんづよくて、『沈黙の臓器』とも言われている。本当に悪くならないと病気が分からないことが多いんだ」
「じゃあ、パパにビールを控えるように言わなきゃね」
「確かに、おじさんはちょっとビール飲み過ぎかもね」
――ビシャッ、ビシャッ
また頭の上に液体が降ってきた。今度は透明?
「今度のは……『膵液』かな? 消化酵素がたくさん含まれている液だよ。油を消化する『リパーゼ』や、うどんに含まれるでんぷんを消化する『アミラーゼ』が有名だね」
「ねえねえ、魔法のアメ玉を消化する酵素も出ている?」
あめめが不思議そうに聞いた。
「お砂糖を吸収しやすくする消化酵素は、十二指腸を含む小腸の表面にある。魔法のアメ玉が溶けないうちに、早くここから運び出した方がいいかも」
「そっか、じゃあ急ごう!」
「そうだね、あめめ。じゃあ、ひなた兄ちゃん、あめめ、行くよ!」
「おー!!!」
みんなで力を合わせて、魔法のアメ玉を押す。絨毛の足元は安定しないし、初めは上り坂だからかなりきつい。
「うどんより重いかも」
「あともうちょっとだ。頑張れ、いろは、ひなた」
やっとのことで、十二指腸の丘を越えた。
「これでやっと『空腸』だ。小腸の中間部分だよ」
「小腸って、全部でどのくらいあるの?」
「えっと、大人だと6メートルくらいって大学で習った。はるとは2歳だからもっと短い」
「今の大きさで考えると『大腸』まで300メートルくらいかな」
「多分そのくらい」
その時、魔法のアメ玉から嫌な音がした。
――ピキッ
魔法のアメ玉に少しずつ亀裂が入っていく。
「まずい」
あめめが目をぱちくりさせて、冷や汗をかいている。
「もしかして、今ヒビが入った?」
ひなた兄ちゃんが心配そうにのぞき込んだ。確かにアメ玉の表面に無数の亀裂が入っている。
「うん。完全に割れたら、魔法が漏れ出ちゃう」
「他の食べ物と一緒にのんびり消化管を旅していたら、アメ玉が完全に溶けてしまう」
「ひなた兄ちゃん、急ごう」
「よし、気合いを入れるぞ。えいえいおー!」
ゆらゆら動くピンクの草原の上で、私たちは円陣を組んだ。




