2. 胃の壁は動く
「じゃあ、はがしていくぞ」
私たちは、魔法のアメ玉に絡みついたうどんを1本ずつ引っ張った。
「このうどん重い!」
「……ここを出たら、はるとに食べ物はよく噛んで食べるように言わないとな」
そういえばママも、はるとがよく噛んで食べない時があるって言っていたっけ。
「そうだね。うわぁ!」
足元のヒダは時々縮んだり伸びたりして、体勢を保つのが難しい。急にぐらっとして、私は尻餅をついた。
「いたっ!」
「いろは、大丈夫か?」
「うん、床が柔らかいから平気。でも足元がぐらぐらだし、べたべただし、作業がしづらいね」
「この伸びたり縮んだりする動きは『蠕動運動』だね。食べ物を消化して、少しずつ移動させようとしているんだ」
「なるほど。胃の壁が動くから、このアメ玉も、いつのまにか、うどんまみれになっちゃったのか」
「そうだな、多分」
「きゃあ! また動いた!」
今度はあめめが転んだ。杖についた粘液を気持ち悪そうに見ている。
「いろは~、魔法の杖にもべたべたがついちゃった」
「いろはも、あめめも、いくら柔らかいとはいえ、打ちどころが悪いとけがをするぞ。気を付けろ――わあっ!」
ひなた兄ちゃんが、私たちに注意したそばからずっこけた。
「――ひなた兄ちゃんこそ、気を付けてね」
「分かっている。いたっ」
起き上がろうとしたひなた兄ちゃんがまたずっこけた。実はひなた兄ちゃんは頭はいいけど、運動神経が悪くて、体力もない。
高校のマラソン大会を途中で棄権したし、医大ではおじさんに勧められて、渋々卓球部に入ったけど、やっぱり運動が好きじゃなくて、練習をさぼってばかり。その後もなんだかんだで、ひなた兄ちゃんが一番転んだ。
みんなべたべたになりながら、なんとか最後のうどんを取り去って、無事アメ玉は救出された。
「わぁ、きれい!」
魔法のアメ玉は表面がキラキラして、とてもきれい。虹色に優しく光っている。
「そういえば、あめめの精霊試験ってどういう試験なんだ?」
試験が得意なひなた兄ちゃんが、あめめに聞いた。
「このアメ玉には、人を惹き付けるお菓子が作れる魔法がつまっているの。だから、愛情たっぷり、まごころを込めて、お菓子を作っているパティシエを人間界で見つけたら、その人のところにこっそり置いてきてあげなさいってお菓子の精霊王に言われたの」
「へえ、そうなんだ」
「これで精霊王に怒られなくて済む! やったー!」
あめめが弾けるように笑って、キラキラ光るアメ玉に抱きついた。ふと、私は気づいた。まだなにも解決していない気がする。
「あめめ、それでどうやってこれをはるとの体の外に運び出すの?」
「えっ?」
あめめの目がまん丸になった。
「だって、アメ玉がここにあったら何の解決にもならないでしょ」
「――どうしたらいいかな? いろは、ひなた」
「私たちはあめめが『はるとが危ない』っていうから、あめめを手伝っているんじゃない」
なんかむかつく。あめめの不注意で、はるとは魔法のアメ玉を飲み込んだ。はるとの胃袋から早くアメ玉を運び出さないと、なにも解決しないのに。つい口調がきつくなった。
「あめめの魔法で、この魔法のアメ玉も小さくすればいいんじゃないか? そうしたらポケットに入るだろう」
ひなた兄ちゃんが顎を触りながら言った。何かを考えている時の癖だ。
「そんでもって、アメ玉が小さくなったら、あめめの魔法の綿あめの雲に乗って、元来た道をたどって外に出ればいい。ほらあめめ、綿あめの雲で積み木を浮かせて、はるとをからかっていたろう? あれで俺たちも飛ばせるか?」
あめめがブンブンと首を横に振った。
「ひなたたちを、綿あめの雲に乗せることはできると思う。でも魔法のアメ玉には、あめめの魔力より強い魔法が込められているから、あめめの魔法ではどうにもならないの」
「え? あめめの魔法が効かないってことは、小さくできないってこと?」
あめめがうなずく。
「この大きさのままだと、綿あめの雲に乗せるには、ちょっと大き過ぎるかな?」
私たちは顔を見合わせた。
「どうしよっか?」
私たちは『噴門』を見上げながら言った。ひなた兄ちゃんが顎をさする。あめめも困ったという表情だ。
悩んでいる時間はあまりないんだけど、3人で首をひねった。
「なんとか3人で協力して『噴門』まで持っていけないかな?」
「いや、無理だろう。それに食道にも『蠕動運動』があるから『噴門』を越えても、口まで運んでいくのが一苦労だ」
「そんな……」
その時、胃が大きく動いて『噴門』とは逆側の門が開いた。あめめはそちら側の門を指さして言った。
「ねえねえ。ひなた、いろは。あっちにも門があるよね? あっちから出すんじゃダメなの?」
「あめめ。あれは『幽門』だよ。『十二指腸』や『小腸』につながっている門だ。あっちは『食道』と比べるとかなり遠回りになる」
「――そっか」
そして再び胃が動き出す。
「うわぁ、なんか船酔いしそう」
うねりに合わせ、細かくドロドロになった食べ物が続々と『胃』の下の方に流れていく。『幽門』がぱくぱくとその口を開き、食べ物が胃の外へと出ていく。形が残っていたうどんの束も、うねりとともに『十二指腸』に流れていった。私たちも魔法のアメ玉と一緒に、幽門の方へ運ばれていった。
「つかまれ!」
「え、つかまるところなんてない!」
「うわわ」
バランスを崩して、混乱しているうちに、ぱくっと幽門が開く。
「きゃあああ!」
私たちはなすすべなく、胃の外に出てしまった。




