1. 食道はウォータースライダー
はるとの口の中で、まず大きな舌に出迎えられた。舌の上にはたくさんのいぼいぼがある。歯につぶされないようにまずは舌に乗った。そして、唾液と舌に勢いよく押し流されて、のどちんこのさらに奥へ押し込まれた。
ごっくん。
大きなうねりとともに、目の前の扉が開いて、さっきまで開いていた道とは別の道に流されていく。
そういえば、空気の通る道と食べ物の通る道が分かれているって、昔ひなた兄ちゃんが言っていたっけ。通された道は、つるつるで、うにょううにょ動く。ウォータースライダーみたいだった。
「うわぁ~! 楽しい!」
気持ちよく滑っていくと、出口がすぼまっていた。よく見ると肉の色も少し違う。えっと、この先私はどうなっちゃうんだろう?
――ポン!
すぼまったところに差しかかると、勢いよく門を通り抜けた。私はヒダヒダの肉の壁の上に投げ出された。
目の前にはうす黄色のプールがあった。酸っぱいにおいが部屋の中に充満している。さっき、はるとが食べたお昼ご飯だろうか。ドロドロになった食べ物が、あちこちに山積みになっている。
「うわぁ、ねばねばだ」
ヒダヒダは、ねっとりしている。体についたねばねばを落としながら、柔らかな肉の壁の上に立った。
「いろはー! 大丈夫か」
ひなた兄ちゃんとあめめが、近づいてくる。
「なんとか、大丈夫。けがはしてないよ。ひなた兄ちゃんとあめめも無事でよかった」
みんな生きている。本当によかった。
私は、ほっと胸をなでおろした。周りを見渡してみると、ここはさっき通ってきた道よりもだいぶ広い。ヒダヒダが、伸びたり縮んだりしている。
「ねえ、ひなた兄ちゃん、ここはどこなの?」
「はるとの『胃』の中だろうな」
「食べ物が入る袋だよね? ママがよくストレスがあると痛くなるって言っている」
「そうそう、食べ物を消化するための臓器。ここで時間をかけて、食べ物をドロドロにして吸収しやすくするんだ。授業だと病気の胃ばかり見るから、はるとの胃の中はピンク色でとても健康そうだ」
確かに、ヒダはたくさんあるけど、傷とか変なイボは無さそう。
「そういえば、さっき通ってきた道と微妙に色が違うような」
「さっき通ってきた道は『食道』で、『胃』とは別の臓器だからね。あの門のところで、微妙に色が変わっただろう? 『胃』の入り口『噴門』だ。あそこで酸に強い壁に変わったんだ」
ひなた兄ちゃんが指さしながら、説明してくれた。
「『食道』では消化しないの? 食べ物のただの通り道?」
「そうそう。口から胃までの通り道。さっきの分かれ道があったろう? 上に行く道が『気道』といって、空気が通る道。食べ物が通る道は下」
さすがひなた兄ちゃん! 医者を志しているだけあって、よく体のことを知っている。
「はるとが『ごっくん』すると、道が変わるんだね」
あめめも、興味津々といった様子で話に入ってきた。
「よく気づいたね、あめめ。あの『ごっくん』は『嚥下』っていうんだ。ごっくんすると、胃に向かう道が開く」
「へえ、そうなんだ」
「だからきっと、あめめの魔法のアメ玉も、この胃の中にあるはずだよ。見つけたら、あの噴門から帰ろう。小腸や大腸を通って外に出るのは遠いから」
「分かった。もしかして、あの食べ物の山を探すの?」
あめめが遠い目をして言った。
「アメ玉を丸飲みしたなら、まあまあ大きいはずだし、すぐに見つかるんじゃないかなあ」
私が食べ物の山に近づこうとすると、ひなた兄ちゃんが止めた。
「気を付けて。あの黄色い液体は『胃液』なんだ」
「いえき?」
あめめと私は、顔を見合わせた。
「胃液は酸性で、『ペプシン』という酵素を含んでいる。『ペプシン』が食べ物を消化し、吸収しやすい形に小さく分けるんだよ」
「あめめも、あんなふうにドロドロになっちゃう?」
「長時間触れていると危ないね」
「じゃあどうして、胃はドロドロにならないの?」
あめめが、不思議そうに聞いた。
「胃の表面にはバリアがあるんだ」
「バリア……そっかバリアか! あめめも、みんなにバリアをかけるね」
「あめめ、そんな魔法使えるの?」
いつも変な魔法ばかり、私たちにかけているのに、そんなこともできるんだ!
「――私たちを守って!」
あめめが杖を振ると、ピンクの光があふれ出す。あめめの魔法に包まれて、体がほわっと温かくなった。
「これで大丈夫。バリアが、みんなのことを守ってくれるよ」
「あめめ、すごい! ありがとう」
「えっへん!」
あめめは、ほめられるとすぐに調子に乗る。誇らしげだ。
それから、ドロドロになった食べ物を、みんなでかき分けて、あめめのアメ玉を探した。
はるとの胃の中には、白くて大きい謎の縄状のものがたくさんあった。
「今日のお昼は何だったんだろう?」
私が不思議そうにつぶやくと、ひなた兄ちゃんが言った。
「――うどんだ」
「あー、うどんか!!」
言われてみれば、確かにうどんだ。1本1本、太くて大きくて、コシがある。どかすのがとっても大変だ。
「こりゃ、きりがないな」
「ねえ、ひなた。もう無理。あの黄色い液でうどんがドロドロになってからやろう」
あめめは見るからに、バテている。一体誰のせいでこんなことになっていると思っているんだ。
「いや難しい。あの黄色い液は『たんぱく質』、えっと肉とか魚を『消化』する。本当は口の中で、細かく噛み砕かれて、『唾液』と混ざって、うどんはドロドロになるはずなんだけど、はるとが丸飲みしたから、元の形が残っているんだろうね」
「え、まさかあのうどんはずっとこのままなの? はるとのおしりから、うどんがそのまま出てくるの?」
ひなた兄ちゃんが笑った。
「ははは。うどんは、次の部屋で胃液の『ペプシン』とは別の酵素が消化してくれるから、多分大丈夫だよ。でもよく噛んで食べないと、消化が進みにくいというのは確かだね」
「そっか、知らなかった。これからは私もたくさん噛んで食べる」
「それがいい。じゃあ、いろは、あめめ。こっちのうどんを動かすぞ」
「はーい」
3人で協力してうどんを運んでいく。途中、野菜やお肉の破片もあった。
「あ!」
あめめが叫んだ。指さした方向に、うどんに埋もれた虹色の光が見えた。
「もしかして、あれが――」
「うん! 魔法のアメ玉!」




