奪われる光
その日から、ミオは宿舎から出られない日が増えていった。
当然、働けない者に配給は与えられない。レンは自分の分の薄いスープと硬いパンを、半分以上残して彼女の部屋へと運んだ。
「ほら、ミオ。少しでも食べて」
「レンが食べなきゃダメだよ……。レンまで倒れちゃったら、私……」
「俺は男だから体力がある。いいから、口を開けて」
ミオは申し訳なさそうに、小さくパンをかじった。だが、喉を通すだけでも酷く体力を消耗するらしく、すぐに激しい咳の発作に襲われてしまう。
レンは街の「治療所」と呼ばれる場所へ何度も足を運んだ。奴隷を管理する兵士たちに、頭が地面にめり込むほど擦りつけて、薬を求めた。
「頼みます! ほんの少しでいいんです、咳を止める薬をください! 何でもします、明日の労働時間を倍にされても構いません!」
しかし、帰ってくるのは冷たい嘲笑と、無慈悲な蹴りだけだった。
「奴隷風情が医薬品を求めるなど、百年早い。死ねばそれまでの消耗品に、高価な薬を回す余裕があるとでも思うのか?」
床に転がされたレンは、握りしめた拳から血を流しながら、自らの無力さを呪った。
高い壁は、外の世界を遮るだけでなく、人間の尊厳や慈悲といったものまで、すべてをこの街から締め出しているようだった。
夜、レンはいつものように壁に耳を当てた。
トントン。
頼りない、今にも消えそうな音が返ってくる。
「レン……?」
「ああ、ここにいるよ、ミオ」
「今日ね……ずっと夢を見てたの」
ミオの声は、掠れて、かすかな吐息のようだった。それでも、彼女の話す言葉には、不思議な色彩が宿っていた。
「海の夢。私、青い水の中に足をつけてるの。冷たくて、すごく気持ちよくて……。レンも隣にいて、二人で波が立つのを見てるの。太陽が沈むとき、本当に世界が金色になったよ……」
「……そうか。綺麗だったろうな」
「うん、とっても。ねえ、レン。私たちは、いつあそこに行けるのかな」
レンは溢れ出てきそうになる涙を必死にこらえ、声を震わせないようにしながら、自分の胸に言い聞かせるように答えた。
「もうすぐだ。もうすぐ、ここを出る準備をする。だから、それまで頑張ろう。な、ミオ」
「うん……約束、だもんね……」
その言葉を最後に、壁の向こうからの気配は静かになった。聞こえてくるのは、浅く、苦しげな、小さな呼吸の音だけだった。
レンは暗闇の中で、自分の両手を見つめた。
煤で汚れ、傷だらけの手。この手では、ミオを救う薬一つ手に入れられない。
壁の上を見上げる。窓から見える僅かな夜空には、星すら見えなかった。ただ、冷酷な黒い壁が、二人を押し潰そうとしていた。




