二人の約束
作業が終わり、粗末な木造の共同宿舎に戻る頃には、夜の帳がすっかり降りていた。
宿舎の狭いベッドに横たわりながらも、レンは昼間のミオの言葉を反芻していた。
トントン、と壁を叩く音がする。
レンのベッドの頭側は、隣の女子部屋との薄い木壁に接していた。それは二人の秘密の合図だった。レンは壁に耳をぴったりと押し当てる。
「レン、起きてる?」
壁越しに、ミオの掠れた声が聞こえた。昼間は元気に振る舞っていても、やはり一日の重労働は彼女の小さな体に確実に疲労を蓄積させているようだった。
「ああ、起きてるよ。今日もきつかったな」
「うん……。でもね、目をつぶると、さっき話した海の景色が浮かぶの。私、全然平気」
ミオの声は少し震えているように思えた。レンは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。彼女は強いわけではない。ただ、希望という名の細い糸を、必死に手放さないようにしているだけなのだ。
「レンは、外に行けたら何がしたい?」
「俺……?」
レンは天井の木目をじっと見つめた。考えたこともなかった。彼にとって生きるとは、今日を生き延び、明日もまた泥をすする準備をすることと同義だったからだ。
「俺は……。ミオがその、海ってやつを見て、笑ってるところが見たい」
一瞬、壁の向こうが静まり返った。
沈黙に耐えかねて、レンが「変なことを言って悪かった」と続けようとした瞬間、壁の向こうからクスクスと嬉しそうな笑い声が漏れてきた。
「何それ、自分の夢じゃないじゃない。でも……ありがと。じゃあ、約束ね」
「約束?」
「うん。いつか一緒にここを出て、一緒に海を見に行く。二人で、外の世界の夢を叶えるの」
「ああ、約束だ。いつか必ず」
レンは壁にそっと手を当てた。木肌を通じて、ミオの体温が伝わってくるような気がした。
過酷な現実の中で、ミオの存在だけが、レンが人間として息をしていられる唯一の救いだった。
しかし、この時のレンはまだ知らなかった。
彼らが抱いたささやかな夢が、この冷酷な街において、どれほど脆く、許されないものであるかを。そして、過酷な運命の歯車が、すでに二人を巻き込んで回り始めていることを。




