当たり前のようにイレギュラー
貴族に関しては問題ない、と言い切った魔王の様子から、うわぁ本当に洗脳してきちゃったんだぁ……とやらかした気持ちと、いやでも仕方のない事だったんだという気持ちでそれはそれはアンニュイになった翌日。
戻ってきたミオをお疲れ様するお茶会をした後何故か彼女も若干落ち込んでいたようだが、犯罪の片棒を担がされたようなものだし無理もない、とユーリや一部の女性陣の中では少しそっとしておこうという結論を出したものの。
ミオはともかくユーリに関してはそっとしておかれる事もなく、アリスに慌ただしく叩き起こされた。
「はいはい何ですか、今何時か知ってる? まだ早朝っていうか日の出前なんだけど」
ふぁあ、と欠伸をかみ殺すこともなく、まだ眠いと全身で訴える。
「そうみたいだな。だが悪い、緊急事態だ」
あまりにも真剣な様子のアリスに、眠い、と呟いていたユーリもごねている場合ではないと思い、再び出そうになった欠伸を何とか堪える。
「とにかく来てくれ」
「お? え、どこに?」
腕を掴まれ、それと同時に走り出したアリスに半ば引きずられるようについて行く。
玄関ホールから各地の館と繋がる扉がある通路へ。そしてそこからアリスは迷うことなくメソン島へ繋がる扉を開けた。ダンジョンに行くのであればポータルストーンがあるのでここを通る必要はない。
となるとメソン島の方で何かが起きている……?
まだ眠さのせいではっきりと働かない頭でとりあえず今通った扉はどこの館と繋がっているのかを確認しようとしたが、その暇さえも与えられないとばかりにアリスの走る速度が上がる。
下手によそ見をしていたら足をもつれさせて転びそうになったので、周囲の確認は諦めてアリスの速度に合わせるように足を動かした。
「――すまないユーリ。朝早くに」
「いや、いいんだけど、何どういう状況?」
やって来たのはメルクリウスにあるウォルスの隠れ家。やはり深刻そうな顔をしたウォルスが既にそこにいた。
「ポータルストーンがこっちに戻る事もできたから急遽こっちになったせいで、ユーリに手間をかけたとは思うが……流石に彼女をあの館に運び込んでいいものか悩んでな」
そう長くない廊下を突き進み、部屋のドアを開ける。部屋の中は以前と変わりはない。
ただ、血の匂いと女の呻き声がする事を除けば。
かつてミリィ達が三人で眠っていたウォルスのベッドは今別の人間が使っている。
「流石にポーションでどうにかできそうな気がしなくてな。治癒魔術でどうにかならないかと」
嫌な予感しかしないが、かなりの重傷を負っているであろう人物が寝かされているベッドへそっと近づく。
「えぇ……酷すぎない……? よく生きてるね?」
転生する前の自分であればきっと声にならない悲鳴を上げるか、言葉を失ってへたり込んでいるかはしただろう。前世であれば確実に病院に搬送され緊急手術が開始されているレベルの大怪我である。
「やれるだけやってみるけど」
「頼む」
ユーリとしては戸惑いしかない。正直どうしてこうなっているのか、というのを聞きたいのは確かだが、それは後回しにするべきだというのも理解してしまったのでとにかく速やかに術の構成を作り上げる。
「精霊たちの加護のもと、女神の加護のもと、光よ、彼の者に癒しを与え給え」
光が彼女を包み込む。けれどそれも今はまだ気休め程度でしかない。光が消える直前で、治まった痛みが復活したのか叫び声のようなものがあがる。
再び同じように治癒魔術を発動させる。一度目、二度目はあまり効果がなかったようだが三度目あたりから徐々に効果を発揮するようになってきた。
恐らく自分にかけられている術は悪い物ではない、と彼女自身が無意識に張り詰めていた警戒を解いたからだろうか。
止まっていなかった出血がようやく止まり始める。身体中のそこかしこについていた小さな傷はいくつかは消えた。けれども失われた血が戻ったわけではない。死人のような青白い顔をしたままの彼女は、このまま死んでしまってもおかしくはなかった。
「癒しの光よ」
流石に何度も同じ術を発動させていれば、構成を作る事も慣れてくる。詠唱を短縮させて更に何度か重ね掛けしていくと、痛みが引いてきたのか呻き声はあまり出なくなってきた。
「……正直な話、私一人じゃきついからカリンも呼んできてくれるかな?」
多分寝てるとは思うけれど、ユーリが一人で頑張ろうにも限度というものはある。
「わかった、連れてくる」
後ろで見ていたアリスが即座に動いたらしく、玄関から出て行く音がした。
出血がほぼ止まったところで、ユーリは大きく息を吐いた。
何度も治癒魔術をかける事に関しては、今までにもあった事だ。だがしかし、それでも精々他人に対してだって三度か四度くらいで終わっていた。
しかし今回は、その回数を軽く超えて、二桁に突入している。
「すまない。無理をさせたな」
「そうだね。謙遜も否定もできないわ。頑張った、私」
すっかり血で染まった寝具で眠っている女は、それでもまだ時々痛みに苛まれるのか顔を歪めている。しかしこれは、身体の痛みだけではなく、恐らくその状況に陥った時の精神的なショックもあるはずだ。
「聞いていいかな? 何があったの。この人、トルテだよね」
以前見たトルテとは随分様子が違っているが、トルテだと思う。メソン島でルーチェをほぼ再起不能にしたあの女ゴリラ……もといトルテは、もっとこう、強者の風格というか、余裕のようなものがあった。政府の中でも暗殺部隊を率いていた、いわば隊長クラスの人間だ。人の上に立ち従える人間だった。
けれども今のトルテからはそんな雰囲気が何一つとして存在していない。
常人であるならとっくに死んでいそうな大怪我をして、痛みに耐える事もできず呻き、叫ぶ。時々心細そうに助けを求める声もした。まるで親を失った幼子のようだ。
あの時ダンジョンに繋がっているであろう穴に落ちて、今までずっとダンジョンの中にいたのだろうか。いくらダンジョンの中の時間の進み具合がゆっくりだからといっても、季節が一つ変わる程いたのであれば、流石に精神に変調をきたしていたとしてもおかしくはない。そもそも食事はどうしていたのだろうか。
ダンジョンの中の魔物は倒したら必ずしも肉になるわけじゃない。まさか倒す前の魔物に生きたまま齧り付くわけにもいかないだろう。
「トルテを見つけたのは、七十階層でのことだ」
「こないだ五十階層って言ってたのにもうそこまで行ったの?」
ダンジョンの中の時間の進み具合がゆっくりだからほぼ一日こもれば確かにそれくらい行くのかもしれないが、それにしたってハイスピード進軍である。
「っていうか、トルテそんな所にいたの!?」
明らかにゲームと違い過ぎた展開にやや遅れて驚きの声をあげる。
藍緑エクエルドでは確か、トルテはもっと手前の、それこそ五十階層よりも前の階層で戦う事になる敵だ。そもそも五十階層でケインと戦い決着をつけ、ストーリーはそこで一先ず終わるのだ。五十階層より先は蛇足に近い感じの話となっている。アリスの一族に関する話も、ある程度そこに行く頃にはプレイヤーでも大体把握できるし、それ以降に出てくる情報はその想像を補完するようなものだ。
確かにこちらでは中盤あたりで入手できるポータルストーンが最初の段階で入手できたり、挙句複数ゲットしていたりするけれど、流石にトルテが七十階層にいるという事実はそれと同じようにそうなんだー、でスルーできるものでもない。
むしろあの時落下してその階層に放り出されていたならば、トルテにとってはとんでもなくハードモードだったのでは?
五十階層まではゲームだと割とごり押しで進めたけれど、そこから先はある程度敵の弱点とかちゃんと突いていかないと厳しかった記憶がうっすらとだがある。
トルテのように物理攻撃特化なタイプが魔術で攻撃しないといけない魔物と遭遇した場合、打つ手なしのような気もするのだが……
「あぁ、確かに七十階層だ。そこは、ラルカたちの巣窟でもあった」
「いやまって、ホントまって」
またしてもゲームと違う部分が出てきて本格的に戸惑いしかない。
ゲームだとぶっちゃけラルカに関しては四十階層がそうだったはずなのだが。何で更に奥地に潜んでるんですか。
なんだか違う点が多すぎて、そういえば……と思い出したことももしかしたら違うのではないかという気がする。
「一応聞くけど、メイとは会った?」
以前五十階層まで行った、という話の時にも聞いた気がしたが、あの時はトルテにもまだ出会っていなかったという話になったはずだ。あの時一緒に落ちていったメイも、トルテと同じ階層にいてもおかしくはない。
「いいや。倒したラルカがトドメを刺す前に言っていたが、メイはもう存在していないらしい」
「いやあのホント、どういう事です……?」
またもやゲームとは違う展開になっているらしい。いやもうここまで違ってる中でメイの部分だけゲームと同じ展開になっててもおかしな事になりそうだなと思うけれど。
困惑しかできないでいるうちに、アリスがカリンを連れて戻ってきた。




