魔女お手製の洗脳薬をどうぞ
「一体何事ですか敵襲ですかぁ!?」
あわわわわわ……! とそれはもう大変慌てた状態でやってきたのはミオだった。ここに来る前にどこにいたのかわからないが、よく見るとそこかしこに埃がくっついていたり煤がついていたりで、白かった服も汚れてしまっている。その後ろからあぁまたか、みたいな顔をしてついてきているのはグラナダだった。
ミオが一体どこで何をしていたのかも気になるが、今はまず爆発音が聞こえた工房へ足を踏み入れる事にする。結構な爆音だったが、隣の部屋だったサフィールが利用している調合部屋の方には何の被害もきていないので、恐らく大惨事まではいっていないと思うものの、いかんせん星見の館の内部なので油断はできない。
「今の音何!?」
言いつつ扉を開け放った。室内には僅かに煙が漂っていたが、扉を開けた事でそれもすぐに薄まる。
「やったー、大成功なんだぞ!」
パパラパッパパー。そんなファンファーレがどこからともなく聞こえてくる。
「ふふ、当然なのだわ。だって作ってるの我だからね」
敵襲かと涙目になりつつやってきたミオと、室内でドヤ顔してるパトリシアとの温度差が激しい。
「おぉ、ユーリ、そなたも来たのか」
「メル? 一体これどういう状況?」
ユーリが自室に戻ろうとするよりも少し前に戻っていたはずのメルが、とても疲れ果てた様子で室内にいた。先程のサフィールの言葉だとここはパトリシアが使用している工房らしいが、確かに中はいかにもな感じだ。錬金工房、と言っていたけれど、確かに内装はそれっぽい。そういうゲームでよく見る内装と言うべきか。
大釜の中身をぐるぐると巨大な棒でかき混ぜているパトリシアの横にはポチとフォンセがいた。
ポチはまだいい。だがしかし、魔女と魔王が揃って錬金工房で何かやってるというその絵面はいかがなものかと思う。偏見だが。
大釜の中でぐつぐつと煮えた液体を柄杓で掬う。紫色の液体はどう見ても毒々しい。
「どう、と言われてもな……見ての通りとしか」
「どう見ても毒薬製造してる光景にしか見えないんですけど!?」
「毒薬とは違うぞ」
パトリシアが柄杓から瓶へ液体を注意深く注いでいくのを見ていたフォンセが顔を上げる。
「これは洗脳薬だ」
「毒より性質悪いわ!」
大真面目な顔して言ってるのがもっと性質悪い。
何だ洗脳薬って。これからどこかの国乗っ取ろうとかそういう算段でもたててしまったのか。
「止めてくれるなユーリ。これは必要な事なのだ」
普段の口調と若干違う気がするが、フォンセ自身意図的にやっているのだろう。謎の威厳を醸し出すのをやめろと言いたいが、何となく気圧されてしまい何かを言おうとしても言葉が出てこない。
「えっ、えっ、あの、どういう事なんでしょう……? 敵襲ではない、んですよね?」
事態にさっぱりついていけてないミオに、敵襲ではないとフォンセが答え、パトシリアが頷く。
「えぇ、むしろこちらが先んじて襲いに行くのよ!」
「ちょっと待ってホントどういう事なの……」
メルを見る。救いを求めるかのように。しかしメルは、無言のまま首を横に振っただけだった。
これが例えばフォンセが魔王だし人間種族に対して戦争吹っ掛けよう、みたいなノリになってしまったのであれば話は単純だったのだが。フォンセ曰く別にそういうのはないそうだ。
「むしろ魔族と天使は基本的に人間に対してとても友好的だぞ。人間が思う友好的とずれている可能性は否定しないが」
あまりにもキッパリと断言されてしまい、逆に戸惑う。魔族に関してそう詳しくないであろうグラナダやサフィールなんかは、嘘ホントに? とばかりの疑惑の眼差しを向けているくらいだ。
「人間の方で魔族というものがどう伝わっているかは知らん。けれど、かつて世界が出来た当初から魔族も天使も人間に対しては、人間が犬や猫を可愛がるノリと似たような感じで好意的だ」
「魔族からしたら人間は畜生と同じレベルって事ですか……」
ぽそりと呟くグラナダに、何か問題でも? とばかりの表情をフォンセが浮かべている。
「まぁ、思うところがあるにしても、友好的であるという部分に目を向けよう。それで? その洗脳薬の使い道は?」
洗脳薬を作るに至った原因は、パトリシア曰くフォンセからの依頼だったそうなのでこうして魔王を取り囲んでの尋問になったのだが。その気になれば多分一瞬でこの包囲網から脱出できるであろうフォンセは平然としている。確かに取り囲んでいて数の上では有利とはいえ、実力的なものを考えると先程のフォンセの言葉から自分の周囲に犬猫が集まってきたレベルでしかないのだろう。フォンセとしては動じる理由がない。
「とある貴族の人間に使う予定だ」
「どう聞いてもアウトな案件んんんんん!!」
とある貴族の人間に洗脳薬を使うという時点で完全にアウトの気配しかしない。そいつ洗脳してどうするの!? むしろ何を企んでいるの!? 胸倉のあたりを引っ掴んで揺さぶって問い詰めたいが、ユーリの力では難しい気がするのでそこは諦めた。
「これも遺跡を守るためなんだ。わかってくれユーリ」
「何ちょっと私の事を聞き分けの無い子みたいな目で見てくるんですかね!? っていうか、え、遺跡を守る?
ちょっとどういう事か順を追ってちゃんと説明しよ? 思うにちょっと言わなくても理解してくれるみたいな認識は大抵すれ違って悲劇を生むだけだからちゃんとおはなししよ?」
魔王の部下は優秀だから言わなくても勝手に魔王の意思を汲んでくれるのかもしれないけど、ここにいるのは大体察しの悪い人の子ばかりです。ユーリとしてはそれも言いたかったが、察しが悪いのはお前だけだとか言われると心が死ぬのでそこは言えなかった。
「まぁまぁ、こちらも悪意たっぷりで貴族を洗脳してあれやこれやしてやろうと思ったりはしていませんのよ? ただ、その貴族が土地の開墾をするつもりだという話を聞いてしまいまして」
フォンセを庇うわけではないのかもしれないが、パトリシアが口を挟む。しかしその手には、瓶に詰められた毒々しい洗脳薬とやらがあるので素直に言葉が頭に入ってこない。
「土地の開墾? それは何か問題が?」
ミオが首を傾げるのも無理はない。アナトレー大陸は未開の土地が多いのでむしろ開墾する事に関してはまだまだするべき場所が大量にあるような状態だ。数少ない自然をなくすようであれば話は違ってくるが、大自然一杯のアナトレー大陸であれば何の問題もないように思える。
「ですがその場所が、よりにもよって我ら魔女にとっても見過ごしておけない場所なのです」
「あぁ、聞けばそこには大昔魔女が残した遺跡があるという。それすらも跡形もなくされては俺が困る。開拓結構開墾大いに結構、だが別の場所にしてほしい。そのための洗脳薬だ」
「そうなんだぞ、このままだとその貴族や雇われた冒険者や土地を開墾する人間なんかと魔女が戦う事にもなりかねないんだぞ。なるべく穏便に済ませるための洗脳薬なんだぞ」
「そういう事なら……?」
ポチの言葉に確かにそういうことなら、と思ってしまう。魔女と人間が争う事は滅多にないが、全くないわけではない。そこに更に遺跡を守るという魔王が参加しようものなら、ちょっとした小競り合いで済む事もないだろう。お手軽レベルで戦争フラグが立ちかけている事を考えると、確かにその貴族とやらを洗脳して穏便に済ませるのが一番に思えてきた。
「ちなみにその場所はどこなんです?」
「グリシナ大森林ですわ」
「よしわかった、洗脳薬使って穏便に別の場所開墾するように誘導しよう」
穏便に済ませるつもりであっても流石に洗脳は、とほんの一瞬前まで思っていたユーリだったが即座に手の平を返す。
あの森切り拓いて中の魔物が森の外を出回るようになったらこの辺一帯一気に危険地帯になってしまうではないか。その貴族は一体何を考えているのだろう。
そもそも旧王都があるあたりは結晶樹がある。下手に開墾してうっかり結晶樹の実とか出まわったら大変なことになってしまうのではないだろうか。
流石にグラナダもその危険性を理解したのか、速やかに洗脳してくるです、と全力でフォンセの背中を押している。
さぁ行けすぐ行けとばかりに背中をぐいぐいと押されているがフォンセはびくともしていない。
「ははは、頑張っている所申し訳ないが、洗脳薬を持っていないのに行けと言われてもな」
「パトリシア、さっさとこの魔王に洗脳薬を渡すです」
「えぇ、それはいいのだけど……まだちょっと完全に冷めてないからもうちょっとしてからでもいいのではなくて? 温いうちに飲むと美味しくないのだけれど」
「そういう所で温情は必要ないです。いいから早く行ってくるです」
「それ以前に味にまでこだわって作ってるとかわけがわからないよ……」
味にこだわるならついでに見た目にもこだわってほしかった。完全に毒々しい紫色の液体とかいくら味が良くても飲もうとは到底思えない、というのが大半の意見だと思うのだが。
「俺だけで行ってもな……そこの娘、ともに来い」
「え、わ、ワタシですか!?」
「お前が適任な気がする」
「いやあの、ちょっと!?」
背中を押されていたフォンセが進路をそっと変えた事によりグラナダがバランスを崩して、前のめりになりわたわたしているほんの一瞬で、フォンセはミオの腕を引いて行ってしまう。
ミオの制止の声も聞かず突き進んでいくフォンセの姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「ところでミオって何であんなに埃まみれだったの……?」
「何か迷子になってたみたいです。まぁここ広いですから仕方ねーといえば仕方ねーんですけど」
星見の館は基本的に汚れていないのだが、一体彼女はどこを迷子になって彷徨っていたのだろう。姿は勿論、声も既に聞こえない所まで連れていかれてしまった以上、本人から聞く事もできやしない。
魔王が一緒にいる以上、武力的な意味では安全だと思っているが……
「とりあえず、戻ってきたらお疲れ様って労うくらいはしようか」
「ですね、来て早々やらされる事が薬を盛るっていう犯罪も同然な事とか、流石にかわいそーな気がしてきたです」
何と言うべきか。
この場にいる全員の同情票が集まっている事実を、当然ミオは知らない。今まさに魔王に引きずられて館の外に出たばかりのミオが、このタイミングで未来視が発動した結果、同年代の女子に囲まれお茶会をしている光景が視えたもののそれがミオの望む方向のお茶会などではなく、どちらかというと全力で慰められるという微妙に残念な結果になるという詳細な部分までは知る由もなく。
視えた未来に僅かな期待を抱いて張り切って一仕事終えて戻ってきた結果、とてもしょっぱい思いをしてしまう事は、ミオだけではなくこの場の誰一人として知るわけがなかったのである。




