表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぐだぐだ異世界転生  作者: 猫宮蒼
三章 フラグがなくとも事態は進む

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/219

ゆがんだ世界にて



「おやまぁ、いなくなっちまったねぇ」

 がり、と頭を掻きながら男は呟く。まさかあの魔王がこちらに来るとは思っていなかったし、流石にそこらを散歩ていどに散策するだけならともかく進んでほしくない方向に行こうとしていたものだから、つい拘束してそこらに放り込んでおいたのだが。

 穴が向こう側に吐き出したというのは可能性としては低いだろう。

 何せ彼の魔王は意図的にこちらに引きずり込まれたのだから。


「う~ん、でもまぁ、あのお嬢ちゃんの所へ連れていかれたわけじゃないだろうし、向こうに戻ったのならしばらくは問題ない、か~」

「問題大有りに決まっているだろう、馬鹿か貴様は」

「あいでっ!? ちょっ、いきなり何すんのよフィーネたおぶぅっ!?」

 唐突に現れた青年は男の後頭部を容赦なく叩くと、何だかふざけた呼ばれ方をされかけたのでついでに腹に蹴りを叩き込んでおいた。手加減はしたがそれでもかなりの威力を発揮したせいか、男の口からは唾液と少量の胃液も吐き出される。


「げほっ、がっは、おいおいおい、いきなりご挨拶すぎんだろーがよ。あ゛ぁ゛!? こっちは病人だぞ少しは労われや」

「頭の病気か? 悪いが労わる必要性など何一つ感じられない」

「くっそこいつマジぶっ殺してぇ……」

 後頭部を叩かれた時に振り返ってちょっと気安い挨拶をしようとしただけで何で腹に回し蹴り叩き込まれなきゃなんねぇんだ!? 男の怒りはまぁもっともな気がする。


「そうだな。俺としてもお前にはさっさと退場してもらいたいくらいなんだが。病状は進行しているんだろう? 何でまだ生きてるんだ」


 言外どころか割と直球に早く死ねと言われて男のこめかみが引きつる。

「うるせぇこんな所でそう簡単にくたばってたまるかよぉ。いいかぁ? 俺ぁな、まだやらなきゃならん事が残ってるんだ。それ放ってぽっくり逝ったら、誰が後の尻拭いすると思ってんだ。どいつもこいつも好き勝手やらかしやがってよぉ、おちおち死んでもいられねーや」

「そうか、まぁあまり無理はするなよ」

「唐突にデレんのやめてくんない? マジで。おじさんどう反応していいか困るでしょ? ん?」

「デレ? よくわからんが、貴様の後始末をしたくないだけだ。精々やり残した事がないようやり切ってから死んでくれ」

「この野郎ふざけんな」


 思わず全力で拳を振りかぶってしまったが、あっさりと青年に躱される。避けたついでに足払いを仕掛けた青年は、盛大に転んだ男をただ静かに見下ろした。


「そもそも何で外を出歩いているんだ。こんな所を散歩したところで気分転換にもならないだろう。素直に神殿に戻れ」

 言うが早いか転んだ男の両足を掴んでそのまま引きずり移動する。

「ちょぉ、まてまてまて! お前これいだだだだだだだ!!」

 ずざざざざざーと音をたてながら引きずられ、男の叫びが響き渡る。

「あまり騒がれると魔物が集まるから望ましくないんだが。その口縫い付けていいか?」

「いいわけあるか……っ!」

「そうか。じゃあ黙ってくれ」

「無茶言うな!」


 何とか掴まれた足を振りほどこうとしてみるが、びくともしない。この馬鹿力め! 内心で青年を罵るも、青年にその思いが伝わる事はきっと未来永劫来る気がしない。


 男が自らを病人だと言っているのは事実だ。年の頃なら四十代から五十代に見えない事もない。若かりし頃は鍛え上げられていたであろう身体は今ではすっかり痩せ細り、思うように力が出せない。

 全盛期であったならこの若造にもうちょっと礼儀というやつを身体に叩き込んでやったものを……! と内心で歯噛みするが、弱り切ってしまった今ではあくまでも内心で思うだけで実行するのは到底無理であった。


「あ~、年はとりたくねぇもんだなぁ」

「何だ懐古か。どうせ死ぬ時に走馬燈とやらを見るんだから今それをする必要あるか?」

「あのな、走馬燈ってのは必ず見るもんじゃねぇんだっつの。つーかよぉ、フィーネ。お前さん何しに来たの? あのお嬢さんの様子隠れて見に行ってたんじゃないの?」


 男は自分を引きずっている青年を見上げる。こちらからは顔は見えない。

 けれども青年の機嫌を損ねたのだろうか。足を掴んでいる手の力が強くなった。


「何をしに来た、か。俺は別にあの女の動向などどうでもいい。あの女はどうせあいつらの道具に成り下がる事を選んだ。本人に自覚がなくともな。その女がこれまた自覚なく動いたようだが失敗したらしくて喚き散らしているのを見ていても時間の無駄でしかないだろう? それならまだ暇を潰せる方に来たほうがマシかと思って」

「この野郎俺で暇を潰そうってか。いやそうじゃなくて、ホントそろそろ手ぇ離せや。尻から後頭部にかけて摩擦熱でかなり痛いんだけど~?」

「摩擦熱でついでに血行が良くなるといいなと思っている」

「なるわけあるか馬鹿野郎。おっ?」

 両足を掴まれていたが、右足だけが解放される。自由に動ける部分が増えるのは嬉しいけれど、何故片足だけなのか。

「お前が騒ぐから魔物が寄ってきたな」

「いや俺のせい!? 叫んだのは事実だけど原因お前だからね?」


 青年が見据えている先にいるのは、果たして何と呼ばれる魔物だったか。四つ足の動物のようではあるが、犬や猫のフォルムとは違い、どちらかというと形状は蜘蛛に近い気がしている。蜘蛛の足を半分もいで、動物の頭を乗せたような――こどもが動物の絵を描いた時のようなデッサンの歪み具合とでも言うべきか。

 その魔物が青年の前方から二匹、かさかさと地面を這うように近づいてきている。


「ところでヴィダ、知っているか? 武器という物は装備しないと意味がないんだそうだ。持っているだけでは意味がない、というのだが……この場合俺はあんたを装備していると言えると思うか?」

「はぁ? お前何わけわかんない事言ってんだ。俺は武器じゃねーぞ。っておいちょっと待ちやがれ!?」


 果たして男は今日だけで一体何度この青年に待てと言ったのだろうか。限りなくどうでもいい疑問を思い浮かべたが、それどころではない。青年がやろうとしている事を理解してしまったからだ。

「ひ、ひぎゃあああああああ!?」

 左足を掴まれた状態のまま振り回される。狙いは勿論今しがた出てきた魔物だ。

 病気のせいで痩せ衰えたとはいえ、男の身体はそれでもかなり大きい方だ。体重が落ちて軽くなったとはいえ、それでもまだ人間の重さとしてはそれなりにあるはずなのだ。

 しかし青年はお構いなしに男の左足を掴んで振り回し――魔物目掛けて振り下ろした。


 ばじゅっ。


 熟しきった果実を潰した時のような音がする。咄嗟に頭を抱えるように両腕でガードしたが、魔物の胴体部分は思った以上に脆かったらしい。不快な臭いが鼻につく。頭と腕に生温い液体がまとわりついた。

 叫びたかったが口を開けばその中に魔物の体液が入り込みそうだったので、歯を食いしばって耐える。

 地面に叩きつけられる直前で横に無理矢理ぶん回されて、地面にあった小石に耳が掠った気がする。そのまま遠心力任せに大きく振り回されて、もう一体の魔物の胴体を横薙いで――


「いっだぁ!?」


 そこで手を離された。勢いのままに放り投げられて地面にぶつかる。

「何なのお前、俺何かしたっけ? こんな仕打ち受けるような事なんかしたっけ!?」

 身体を起こすのが辛いが、そうも言っていられない。ここで寝転んだままではまたうっかり掴まれて引きずられかねないからだ。

「……武器としては三流だな。素直にそこらの小石拾ってぶつけた方がマシかもしれん」

「言うに事欠いてそれかよぉ……お前ホントいい加減にしないとおじさんマジでブチ切れるぞ?」

 魔物の体液のせいで、地面にぶつかった時に砂利がべたべたとくっついている。

 上半身がべたべたするしじゃりじゃりする。本当に、どうしてこんな目に遭わなければならないというのか。


 男はやや泣きたい衝動を堪えつつも青年を見た。

 黒い髪に金色の目。服装もほぼ黒で統一されているが、見た目としては旅人であると言われれば納得できる服装である。何度も見なくても、普段通りであると言えた。逆にその平然としている様がいらつく。

 くそっ、と内心で毒づいて青年に近づく。流石に全部は無理でも顔を拭きたい。嫌がらせにこいつのマントで拭いてやろう。そう思ったのだ。

 正直青年が身につけているマントは使い古された感がよく出ているので、お世辞にもあまり綺麗だとは言い難いが。


「ところで思ったのだが。あの女が自分から動いた結果の獲物が逃げたのであれば、しばらくはあれに執着するのでは? 何故逃がした」

「ん? え、ちょっと待って? おじさん確かに捕まえたけど、逃がしたのはおじさんじゃないよ? 身動き取れないようにして置いといたけど、気付いたらいなくなってたんだってば。

 えっ、嘘もしかしてそれ疑われてたの!? それが故のあの仕打ちなの!?」

「あんたがやったわけじゃない……? そうか。面倒なことにならなきゃいいんだが」

「ちょ、おぉい、疑いが晴れたのに謝罪もなしかよ!? 俺お前のそういうとこどうかと思う!」

 踏んだり蹴ったりとはまさにこの事ではないだろうか。ぎゃんぎゃんと抗議してはみるものの、青年は完全に聞き流している。


「そうか、それはすまなかったな」

「ぶぼっ!?」


 青年の声と同時に頭上から水が降ってきた。バケツを引っくり返したかのような勢いではあるが、水の温度は適度に温い。こいつのマントで拭いてやろうと思っていた魔物の体液と砂利が洗い流されていく。

「俺はしばらく潜入してくる。あんたは精々神殿で療養でもなんでもしていればいい」

 上から下に流れ切ったと思ったら、今度は下から上に温風が吹きあがる。

 上半身だけが汚れていたはずが気付けば全身濡れ鼠――になるかと思ったが、一応それは回避されたようだ。


「じゃあな、精々養生しろ」

「あっ、ちょっと!?」


 そしてその言葉が終わると同時に青年の姿は消えていた。



「あ゛~、あいつのフリーダムさ、ホントどうにかなんねーかな」

 言った所で無理な事を、それでも口に出さずにはいられなかった。


「……まぁ、あの若造の言う事素直に聞くのは癪だが、今日の所は戻って休むとするかぁ」


 正直現状、やるべき事はない。

 しなければならない事はいくつかあるが、今はまだできない状態だ。どっちにしても時を待つ必要があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ