転生者としての能力がパッとしない
「いやあの違うんです。別に皆さんからの注目を集めようと思って叫んだわけではなくてですね。
ただちょっといくら魔王とはいえ身動き取れないままずっと放置もどうなんだろうって思っただけなんです。
いきなり暴れだすタイプの乱暴者なら放置一択ですけど、そうじゃなさそうだし流石にいつまでもこのままっていうわけにもいかないかなって。これからどうするにしたって、ここから出るならどのみち鎖は解いた方がいいかなって思ったんです。魔王はここに置いていくっていうなら私のした事って余計な事だとは思いますけど、多分一先ずは皆でここから出るんですよね? じゃあどのみち鎖解いた方がいいかなって。このメンバーで魔王を引きずってとか抱えてとかって無理ありそうだし。ポチの背中に乗っけて運ぶとかもどうなのかなって。鎖を解いたら自分の足で歩けるんだから、それが一番かなって。そう思っただけなんです」
思わずあげてしまった大声に、他の全員の意識が一斉にこちらに向けられたのは当然だった。ユーリだってメルと会話している途中で誰かが大声をあげたならそちらに意識を向けるし何なら視線も向ける。
けれどユーリにとってはそれどころではなかった。咄嗟になんでこんな事に? と聞かれた場合を先読みして早口で弁明を試みているが、正直それが成功しているかと聞かれると微妙である。
一同、ユーリがとりあえず親切で魔王の鎖を解いてあげようと思った、というのは何となく理解した。
確かに魔王をこのまま放置しておくわけにもいかないし、最終的にここから出る時に鎖は外しておこうとパトリシアだって思っていたことだろう。アリスあたりは引きずってけばいいんじゃね? とか言いそうではあるが、自分で引きずるのが面倒であればクロフォードかシュウあたりにさせたかもしれない。
シュウはまだギリギリ怪我人判定なのと、見た目からして非力っぽいのでやるならクロフォードだろうと思うが。
それ以前に魔王とわかっているものを引きずるという行為をするかというととても微妙なのだが。レシェあたりが顔を真っ青にして止めろと言ってくるのが目に浮かぶ。
「はぁ、ユーリ、何があってそんな必死なのさ?」
結局のところ鎖を解こうとしたけど何かがあって叫んだ、という事しか理解できなかったテロスが溜息混じりに近づいてきた。
「いやあの、これ、ちょっとどうなってるのか私も聞きたい」
これ、とユーリが指したのはフォンセの足を封じていた鎖だった。ぐるぐる巻きにされていて、解いていくのも面倒そうな鎖の端が溶けている。
「鎖を解こうとしたんだっけ?」
「そう。で、端っこを持ったらね、じゅって音とともに溶けたんだよね」
「そうじゃユーリ、手は!?」
溶けた瞬間、白い煙も一瞬だが上がったのだ。メルが慌ててユーリの手を確認する。
「あ、手はなんとも。皮膚が溶けたとか焼けたとかないし、見た目に変化が出ないけど痛いとかそういうのもないよ」
だからこそ余計に驚いたとも言えるのだが。
「鎖が溶けた、ねぇ……ボクが触っても特になんともないみたいだけど」
特に躊躇う事もなくテロスが鎖の端を摘み上げる。これで溶けたらどうするんだとユーリは焦ったが、そもそも人が触れてどうにかなる鎖であるなら魔王に巻き付いてる時点でもうダメなのでは? という考えに至り、メルも恐る恐るではあったが鎖に触れる。特になんともない。
「えー、やだ何、気のせい? 一瞬だけそういう仕掛けが発動しちゃうとかいうやつかな?」
誰かが鎖に触れると一回だけ煙と共に端っこが溶ける、となれば次からは触れる事に対して慎重にもなろう。魔王が長く拘束されるための、ただの時間稼ぎだったのかもしれない。
なんだそっかー、くらいの気持ちで再びユーリは鎖に手をかけた。
じゅわあああああああ。
「ぎにゃー!? 溶けてる! 溶けてるよテロス!」
「えっ、何これどういう事。ユーリ何したの」
「何もしてないよ鎖解こうとしただけだよ。何これ魔王はもう一生このまま一人縛りプレイを堪能しろって事なの!? 新たな性癖展開するまで帰れませんとかいうやつなの!?」
盛大に白い煙を上げて溶ける鎖に、流石に他の面々も近づいてきた。ユーリが手を離すと煙も消えるし鎖もそれ以上溶けたりはしない。パトリシアやレシェ、クロフォードにシュウが不思議そうに鎖に触れてみるが特に何の変化もない。
アリスが鎖の端を摘み上げ、ポチが警戒しつつも鼻を近づける。
「別におかしな匂いはしないんだぞ。ただの鎖なんだぞ」
「ポチ、何か魔力の残滓とかはないのかしら?」
「……よくわからないんだぞ。鎖そのものを作る時に使われた材料には魔力が含まれていたかもしれないけど、後から何かの術式を仕組んだ形跡は特になさそうなんだぞ」
ふすん、と息を吐いてポチが言う。
ユーリだけが触れると溶けていく鎖。メルとユーリはお互いにそっと目を合わせるが、流石にここでは話せない。
きっと、恐らくではあるが魔王が出会った男というのは邪神なのではなかろうか。他の世界神の力が流出したものが、この世界での邪神となってしまった。
というのは最近メルから聞いて把握した情報ではあったものの。
ゲームでは魔王や勇者の身体を狙っていたけれど、他に誰か最適な身体があったのであればそちらを乗っ取っていたとしてもおかしくはない。何より、ゲームでは本当に最終局面にならない限り邪神の存在はほぼ出てこないので、どこで何をしているかなんてわかりはしなかったが。
こちらでは、穴の向こうに歪んだ世界があるというのが確定している。そこに邪神が潜んでいるのであれば、いくら探したってわかるわけがなかったのだ。
その邪神が絡んだものであるのならば。メルや他の誰かが触ったとしても何も起こらないのは当然だった。
ユーリだけが触ってこうなったというのはつまり、転生者として与えられていた神殺しの力が該当したのではないだろうか。可能性としては高い気がする。
メルもその可能性に気付いたのだろう。
けれどそうなると疑問も残る。邪神が魔王に対してまだここには来て欲しくなかった、というような事を言っていたのであれば、魔王が引きずり込まれた時の黒い炎のような手のようなよくわからないものは、一体誰がやらかしたのか。
黒い炎、という部分でユーリの故郷を一瞬で消し去った出来事を思い出す。一瞬で村を消し炭にしておきながら、あの時村の近くの森にいたユーリたちにはそこまでの熱は感じられなかった。
村がほとんど消し炭になったのであの一瞬でとんでもない高温になっていたはずなのに、炎が消えたと同時に熱も消えたようになっていた――だからこそその直後に村の中を確認できたわけだが。
確かに熱は多少残っていたが、何もかもが燃え尽きた直後にしては……といった感じであった。
もしかして邪神とはまた別の何かなのだろうか? それとも邪神だと思った男が邪神ではない?
情報が足りな過ぎる。考えてもいくつかの推測はできるが答えには至らない。
「もしかして……そうか」
テロスが何かに気付いたかのようにユーリに視線を向けた。
シュウやパトリシアがポチの言葉にあれこれと憶測をしていたためか、テロスのその呟きはユーリとメル以外に聞こえていなかったらしい。
「女神の加護じゃないの?」
テロス自身も大声で言うつもりはなかったらしく、こちらにだけ聞こえる声で言ってくる。
そっちか。
ユーリが思ったのはこれだった。いや、テロスに正しい情報は出していないのだから、彼が考えられる中でユーリだけが他の皆と違う点を出すならばこれなのだ。だがそれは違うと既に実証されてしまっている。
女神の力を与えられた事が本当に原因であるのなら、女神そのものが鎖を触った時にも鎖は溶けていないとおかしい。けれども邪神はさておき、転生者がどうこうなどとこの場で言えるわけもなく。そもそもユーリはそれを言うつもりもない。
「そう、かもしれないね」
と曖昧に濁して、端から解いていこうと思っていた鎖を豪快に真ん中あたりから触る事にした。
鉄板焼きでもやるんですかと言いたくなるほどに盛大にじゅわあああと音がする。高温で溶かされていくかのように溶けていく鎖だが、溶けた部分は床に落ちるでもなくそのまま消滅していく。真ん中あたりから溶けた鎖はあっさりと外れ、溶けていない部分の鎖がじゃらりと音をたてて落ちる。
足が外れたので次は後ろに回って腕の鎖に手をかけた。やはりこちらも盛大な音と白い煙を上げて溶けていく。ぐるぐる巻きにされていたので丁寧に端からほどこうとすればもっと時間がかかったはずのそれは、思っていたよりは簡単に終わらせる事ができた。
「ところで魔女よ、あの場所にもし他にも生きている人間がいるかもしれない、というのであればここから引き上げるべきか?」
「どうかしら。依頼主や魔王あたりは向こうに行ってもそう時間がかかっていなかったからこちらから辿る事ができたようなものよ。あまりに時間が経過してしまうと、こちらから痕跡を辿るのも難しくなるわ。現に我、魔王の痕跡も依頼主の痕跡も辿るだけでかなり疲れたもの。
カリンという女性が既に戻ってきているから良かったけれど、そうじゃなければ探すだけでももっとかかっていたかもしれないわ」
言いつつ部屋の中央にあった丸い球に手を乗せる。
「探すだけでも結構魔力消耗しましたからねぇ。引っ張り上げるのはそうでもないけど、探すのが本当に大変なの。だからね、どこの誰かもわからない誰かを漠然と探そうとするのはお勧めしないわ。我だってカリンのつもりで探した結果が貴方たちですもの」
「そうか、わかった。ならばあとは自力で戻ってくる事を願うとするか。生きているのであれば……という事になってしまうが」
「情がない、と言われてしまえばそれまでですけど、本当にそこにいるのかどうなのかもわからない相手を探すとなると流石に難しいですもんね。あ、先輩そろそろそのボタン返して下さい。回収しておきます」
「なっ!? まて、クロ。まだ持っていてもいいのでは!?」
「いや、黙ってると先輩そのまま着服しそうなんで。制限時間を設けておきますね」
「貴様に血や涙は存在せんのか!? もう少し態度を軟化させても罰は当たらんと思うぞ!?」
「やだなぁ先輩。僕とっても先輩に対して優しいと思うんですけど。じゃなかったらわざわざアリエルに直談判してまで私物借り受けてきませんって」
「む……それは、確かに……」
「というわけで回収でーす」
周囲に花が飛び交いそうな笑みを浮かべてクロフォードはシュウの手からカリンのボタンをもぎ取った。
シュウ・クリムゾン。何というか不憫な男である。
「また魔物がいるかもしれないから、ちょっと先に行って露払いしてくるんだぞ! がおー」
流石にこれ以上ここにいてもやるべき事はもうない、というわけで外に出る事になった。その際ポチが率先して出ていってしまったが、ここに来てからそれなりに時間が経過したし、他の場所に潜んでいた魔物がこちらの進行方向に移動してこないとも限らない。
率先して魔物退治に勤しんでくれるというのであれば任せよう。
どれくらい時間が経過していたのかはわからないが、かなりの時間をここにいたような気がする。足を踏み入れた時はもう少し明るかったような気がするが、今は部屋も通路も全体的に暗くなったように思う。
遠くの方でポチが魔物を倒しているであろう音がしているが、こちらは誰一人口を開かず黙々と歩いていた。
「やった! ポチの大勝利なんだぞ! がおー」
時々そんな声が聞こえてくるので、誰一人何も言わなくとも別に静かだとかそういうのはなかった。ただ、後からそのポチが戦っていたであろう場所を通ると大体お部屋が大惨事である。魔物の死体は見当たらないが、ポチは一体どういう方法で倒しているのか。
直接見せてもらうか、そうじゃなかったらパトリシアに聞いてみよう。そう心に決めたユーリなのであった。




