魔女と魔王と悪の参謀と一般市民、ところでこれは何の集まりなんです?
「元々大事な手帳だけど、私この手帳もっと大事にする。家宝にする……!」
パトリシア・メッザノッテと名が記された手帳をぎゅっと胸に抱え込み、どこか恍惚とした笑みを浮かべるユーリにかろうじてメルだけが「良かったの」と言えた。
恐らく大丈夫だとは思うけど、と前置いてから万一魔物が来る事を想定して一度全員がパトリシアのいる部屋へと入り扉を閉めた。
ユーリの行動でとりあえず敵ではなさそう、と思われたらしく今の所は警戒されていない。ただちょっと、ユーリを変な人を見る目で見ている人物がいたりはするが。
室内は思っていたよりは広かった。中央に何だか丸い球が浮いていて、その横には謎のパネルが存在している。あるのがこれだけなので広く感じるのだろう。実際は人口密度的にそこまで広いわけではない。
この部屋の中にいる一部は顔を知っていたり名前を知っていたりするわけだが、全員が全員の事を知っているわけではない。だからこそまずはそれぞれが名を名乗る事となった。
ユーリにメル、テロスにアリス。レシェ。
クロフォードは先輩であるシュウの事もついでに紹介していた。当人は正直今の時点でかなり体力を消耗しているためか、口を開くのも億劫であるといった感じなのでその件に関しては誰も何も言わなかった。
名乗るのが面倒だから丸投げしたというのであれば誰かしら眉を顰めたかもしれないが、流石に怪我人に無理を強いるつもりはない。
パトリシアに至っては改めて名乗る必要があるだろうかと首を傾げていたが、是非、とユーリに言われ戸惑いつつ名乗りを上げていた。ついでにこっちはポチ、とやはり白い獅子を差して言われる。
ゲームにいなかったポチは、パトリシアの森での友人なのだそうだ。色々あって行動を共にしているのだと言う。
「ポチなんだぞ! よろしくなんだぞ!」
「喋った!?」
「そりゃ喋るくらいわけないんだぞ。これでもポチはおとなだからな、えっへん!」
どこか誇らしげに胸を張っているポチに、いやそりゃ黙ってたら威厳たっぷりだけども、と思ったが口には出さない。怒らせて敵対するつもりはないし、何というかどう言葉を選んでもポチにとっては良い言葉になりそうになかったので早々に諦めたともいう。
そうしてユーリたちは最後に残っていた男に目を向けた。ユーリが暴走する以前から今に至るまで一言も口を開いていない男性。彼もまたユーリはゲームで何度か見ていた。
銀色の髪に紅い目。一見すると学者に見える風貌ではあるが、そうでない事をユーリは知っている。
設定資料集でフルネームが書かれていたのは覚えているが、正直全部は覚えていない。けれど、ゲームで呼ばれていた名前と家名程度ならばわかる。ミドルネームがめっちゃ長かったけど、ゲームでは一切出てこなかったので別に覚えてなくとも問題はないだろう。
フォンセ・フィンスターニス。
ボレアース大陸にある遺跡でたまに遭遇する事ができるが、彼とは確実に出会える場所がある。
ゲームでは必ず行く事になる場所で、行かないという選択肢のない場所だ。
――魔王城。
とてもそうは見えないが、彼は蒼碧のパラミシアに登場する魔王である。魔王城で会う前にボレアース大陸の遺跡系ダンジョンのどこかで遭遇していれば、確実に遺跡について研究しているだけの変わり者にしか見えないけれどそれでも正真正銘の魔王なのである。
その魔王が、何故か動きを拘束された状態でここにいた。両手を後ろで、両足を揃えて、やたら頑丈に縄どころか鎖で拘束されている。猿轡を噛まされているわけではないので喋る事は可能なのだが、彼は一言も発せずじっと一同を見ていた。
動きを封じられてはいるが、見た所服装から特に何かをされているわけではなさそうだ。彼もまたリングウェポンを所持しており、右手にしている指輪が確かそれだったはずだ。その気になればその武器で拘束を解くくらい余裕でできそうだと思うのだが……彼はひたすらに沈黙を保っていた。
それ以前に、魔女に魔王にカリン曰く地獄のような場所だった所へ行ったかもしれないシュウ。この三人が同じ部屋にいるという事態が既に意味がわからなすぎる。
単体でいるならそうでもないのに集まると違和感が凄い。
お互いそんなつもりはないだろうけれど、これから悪事を働きますよという集まりにも見えてくる。本人たちにその気は一切なくとも。
というのもシュウが悪の参謀みたいな見た目をしているから余計にそう見えてくるのもある。
それよりも、だ。
まずはやるべき事を済ませてしまおう。ユーリは誰が最初に口火を切るのかと一同をさらっと見回してみたが、魔王がまだ名乗りを上げていないせいかじっとしている。ただ時間だけが経過しているのを待つだけというのもなと思い、発動させるための術の構成を練り上げた。
「いたいのいたいのとんでけー」
本来ならば癒しの光よ、とかそういう言葉で発動させる治癒術をとても投げやりに発動。キラキラとした細やかな光の粒がシュウの頭上に降り注ぎ、シュウに触れると消えていく。ボロ雑巾だったのが使い古した雑巾くらいにまで回復した。
「あとはこれでも飲んでおけばいいんじゃないでしょうか」
アイテムボックスから以前購入しておいたポーションを投げ渡す。
「あ、あぁ、すまない」
「いいええ、そのポーション代は後で請求しますから。相場の三倍くらいぼったくって」
「ぼったくるって堂々と宣言するのもどうなの。いや、今の治癒術分も含んでるって言われたら妥当な気がしてきたけど」
テロスの呟きには呆れがそこそこ含まれていたが、そこまで冷ややかなものではない。シュウもぼったくると言われた瞬間に一瞬だけ顔を引きつらせたが、言われてみればそこまでぼってないな? という結論が出たのか小さく頷いてポーションを開封した。そのまま躊躇う事なく一気に飲み干す。
見た目のボロボロさ加減はあまり変わっていないようだが、それでもかなり楽になったのだろう。無意識に寄っていたであろう眉間の皺が消える。
「さて、それで、いつまでだんまりを決め込むつもりかな?」
魔王の名乗りを待っていた間に、知らず誰も口を挟めない空気でもでていたのかもしれない。ユーリがそれを崩したからか、テロスは腰に手を当て魔王を睥睨している。
……どっちが魔王かわからないな。
口に出せば明らかにテロスから睨まれるので言わないが。
「……フォンセだ」
観念したのかようやく名を名乗る。流石に家名を言う事はなかったが……
「フォンセ、って、それ魔王の名前じゃないですかぁ!?」
ボレアース大陸で暮らすレシェが驚いたように両手を口元に当てて叫ぶ。恐らくフォンセは魔王であるという事は伏せておくつもりだったのだろう。それを一瞬で台無しにされたけれど。
魔王というのは大きく分けて二つある。
一つ、世界を恐怖のどん底に叩き落そうとする、物語や伝承に伝わるタイプの悪の代名詞。
一つ、魔族の王。
フォンセは後者のタイプである。親が王族だったので後を継いだ結果そうなっただけ、といったところか。
ちなみに魔界にもそれなりに国がいくつかあるらしいので、その数だけそういった意味での魔王はいる。そこら辺は人間の国とそれ程かわらない。
けれども人間からすると魔族というただそれだけでかなりの脅威なのである。そのせいで平和的な主義主張の魔王であっても恐れられる始末。あと大体世界に何かあったら魔族の仕業じゃなかろうか、という軽率な疑いを向けられるのもよくある話だ。
ダークエルフと同じくらい特に何もしてなくても偏見を向けられやすい種族であるとも言える。世の中は……理不尽でできています……
はぁ、と小さな溜息をフォンセが吐いたのも当然だったのかもしれない。この場にいるのはほぼ人間。魔王が身動き取れないうちに殺っちまおーぜという流れになってもおかしくはない……とでも思っているのだろう。
「ところでなんで拘束されてるんです?」
むしろ誰がそんな芸当をやってのけたのか。この魔王基本的に遺跡を調べるのが趣味の平和的な魔王だけど、実力は勇者と渡り合える程度にはあるのだ。怪我をしている様子はないが、痛めつけて弱らせてから拘束したのか、それとも痛めつけるなんて事はせずそのまま拘束したのかで、それを実行した相手の危険度も窺えるというものである。
「こっちが聞きたい」
「あー、それ我が引っ張り上げた時にはその状態でしたわ。もしかしてお楽しみ中でしたかしら? と思うくらい恨みがましく睨みつけられまして、ちょっと怖いから放置しておいたのですけれど」
「あぁ、そう、なんですか、はい」
多分素直に助けを求めようと思ったら相手が魔女で、ちょっと悩んでるうちに放置されたんだろうな。ユーリの出した結論はこうだ。相づちを打とうにも何とも言い難い感じになってしまう。
「ところで依頼主、依頼主は何故こんなことに? 我が依頼を受けてから一体何があったというのです?」
「貴方に出した依頼は既に終了していますよ。カリンはきっと戻っている」
「まぁ、まぁまぁまぁ。そうなんですの? ならばここでこれ以上頑張ってフィーッシュ! なんて真似をしなくてもよいのですね?」
その言葉で大体を察する事はできた。カリンがいなくなった時にギルドやらに出した依頼を、パトリシアも受けていたのだろう。彼女は魔女であり、長い年月を生きているものでもある。穴の存在を知っていても不思議ではない。だからこそ、依頼を受けてすぐにこちらへやってきたのだろう。
どういうルートでここまで来たのかはわからないが、ユーリたちが通ってきた洞窟ではないというのは何となくわかる。
そうしてやってきたここで、何らかの手段でもって穴の向こう側に落ちてしまった人を引っ張り上げようとした。狙いはシュウに依頼されていたカリンだったわけだが、一度目にフォンセ、そして二度目にカリンと入れ替わるようにして落ちてしまったシュウを引っ張り上げた……といったところか。
「あ、そうだ先輩。これを渡しておきます。あとでちゃんと返却しないといけないんですけど」
クロフォードが未だぐったりしているシュウにそっと何かを握らせる。それはカリンの制服についていたボタンだった。手の平に乗せられたそれに、シュウはカッと目を見開いた。
「あ……あぁ……! カリンの、カリンの気配がするっ……!」
とても大事そうにそれをそっと両手で包み込み、はらはらと感涙する。同時にぶわりと周囲のマナが蠢いた。いきなり大量のマナが術の発動でもないのに動いたからか、マナの流れを感じ取る事ができるパトリシアとフォンセが思わず身じろぐ。
「先輩、わかってますね? 先輩がこれからすべきことはまず何があったかを教える事です。戻ればどのみち説明はしないといけないんでしょうけど、まずは僕たちに何があったかを教えて下さい」
「ところでクロよ、これは私の懐に入れて許されると思うか?」
「駄目ですよそれ、返せって言われてるんですから。さもないとアリエルに殺されますよ、先輩が」
少なくとも真顔でキリっとして言うべきセリフではないような気がするが、シュウは大真面目だった。アリエルの名を出された時点ですんっ、としたものに即座に変化していたが。
「いや、でもしかしだな」
「駄目だっつってるでしょうが。没収しますよ」
「わ、わかった。この場で握りしめるだけで我慢する!」
シュウを取り巻くように立ち上っていたマナが、そこでようやく収束した。ぐったりと床に寝そべるようにしていたシュウだったが、治癒魔術とポーション、それからカリンの私物というメンタル面での回復アイテムの効果か怪我なんてなかったかのように立ち上がる。
「何があったか、か。正直私にもよくわかっていないのだが」
そう前置いて、ようやくマトモに話が進もうとしていた。




