優先順位がパァンした
我々が辿り着いたそこは謎の神殿であった――
なんて脳内ナレーションをしつつユーリはテロスの後をついて行っていた。案外余裕をかましている気がしないでもないが、そもそも魔物と遭遇しない。緊張感をずっと維持するのは疲れるので安全そうな場所ではそれなりに警戒度合いを引き下げる事にした結果だ。
雪と風は防げるだなどとテロスは言っていたが、正直寒さは防げていなかった。むしろ外よりも寒く感じる。
魔物の気配があまりしないのは神殿だから、という理由ではなさそうだ。恐らく先に来ていた何者かが倒した後なのだろう。そこかしこに飛び散った血の跡を見る限り、ここでも魔物と戦ったようだ。足跡は一人分だったはずだが、彼、もしくは彼女の姿がない事から他の場所にいるのは確実だ。
あの足跡を見る限り、たまたま迷い込んだという線は薄い。目的を持ってここへ訪れたのだろう。魔物の死体がないのは向こうもアイテムボックスを持っているか、それとも死体が残らないような倒し方をしたのか。
テロスにいくつか質問をしたかったが、下手に騒いで他の魔物がやってくるのも避けたい。まずはおとなしくテロスが目的地だという所まで進む事にする。
乾いてすらいない、わりとついさっき飛び散りましたと言わんばかりの血が壁一面にかかっていてもそこは既に魔物の姿はなく、また誰かの姿もない。
テロスの後ろからくっついていくだけの移動をしていたが、気付けば微妙に地下に繋がっていそうというか、重要な何かがあるんだろうなと思わせる扉を通り、あまり大勢を進ませるつもりのない細い通路を行く。こんな所で襲われたらと最悪の展開を想像するも、直前までの血飛沫飛び散る室内とは違いこちらは一切の汚れがついていなかった。それこそ不自然なほどに。
ふと、テロスが足を止める。危うくその背中に衝突しそうになり慌てて止まったが、ユーリの背後には軽い衝撃がきた。どうやらメルは立ち止まれなかったらしい。
「今度は何」
そっと小声で尋ねる。かなり声量を落としたつもりだが、通路が狭いからか周囲が静かすぎるのか、普通に話した時とそう変わらないくらいの音量に聞こえた。
「いや、先客がいるなって」
「先客……? あの、正直もっと早くに聞きたかったんですけど、ここ何なんです?」
クロフォードの問いは、正直誰もが思っていた事だろう。テロスが多くを語らないままに先へ進んで行くため聞きそびれたというか、話しかけていい雰囲気ではなかったというか。どっちにしても聞くタイミングを窺っていたのは事実だ。
「ここは異界の門が壊れた後で造られた実験場。穴に落ちた誰かをこっちに引きずり出そうっていうのが目的だったかな。なんでここかっていうのは、以前はこの辺りによく穴が出現していたし、同時に戻ってきた相手がこの辺りで発見される事が多かったから。
どういう理由かはさておきここにかなりの人がよく出現したからね。ならここで穴に落ちてしまった誰かとコンタクトを取る事ができるのではないか、ここを造った人物はそう考えた。
実際の成功率は……実の所そう多くはないけれどゼロじゃない。いつ出るかわからない穴を探し回るより、こっちに来た方がまだマシかなと思ってね」
「な、るほど……? それにしてもよく知ってますね」
「長く生きてるとそういう情報に無駄に詳しくなるものだよ」
感心していいのかわからず、思わず首を捻ったクロフォードに素っ気なく返す。
「でもぉ、そしたらそこに先客がいるっていうのはぁ、その誰かも私たちっていうかクロの目的に近い感じなんでしょうかぁ?」
「そんなの知らないよ。本人じゃないんだから。行けばわかる、でしょ?」
一応警戒だけはしておいてね、と告げるとテロスは歩みを再開させた。
細く長い通路を進むと、今度は少しずつ通路の幅が広くなっていった。更にその先にある扉は、ここへ入る時と同じく物々しいいかにも重要な場所に続いてますと言わんばかりであったが、大きさは入る時にあった扉と比べると倍はある。
その扉が人一人すり抜けて通れそうな程度に開いている。そこからはどうやら中にいる誰かの声がしている。近づくたびに徐々にハッキリと聞こえてくるがユーリははて? と首を傾げていた。
この声どっかで聞き覚えあるぞー?
という事は即ちこの先にいるのは一方的に自分が知ってるゲームのキャラなんだろうな、とは思ったが誰だったかまでは出てこない。よく聞いてた気がするんだけど……そもそもゲームの舞台外、そんな場所で誰に会うかなど、予想もつかない。女性の声であるという事は確かなのだが……
もっというならゲーム内でのセリフとか言ってくれれば絶対気付けるのだけど。
「あぁもう、一体どういう事なのかしら。慣れない環境に四苦八苦しながらやってはいるけど、な~んかいまいち成功する気がしないのよね」
扉の向こうから聞こえてくる声は、ぼやきながらも何かをしているらしい。
時々何かを叩くような軽い音もしている。
「まぁ、一発で成功するとは思ってませんし? 仕方ないと言えばそうなんですけど……あっ、かかった。よし、今度こそ!」
ほんのり喜色に染まる声。同時に柔らかな光が扉から漏れる。しかし――
「えぇええええ!? やっぱり違うとか、またやり直しですの!? というか最初のに比べると何か凄いぼろ雑巾釣れましたけど……あら? あらあらあら? もしかしてこのぼろ雑巾依頼主じゃなくて? えっ、どういう事かしら。我どうすればいいの? ねぇちょっとポチ、どうしましょうかこれ」
「誰が……ボロ雑巾だ……」
「あら、生きてますわね。依頼主。誰って貴方、ご自分の姿鏡でご覧におなりあそばせ? 誰がどう見たってぼろ雑巾じゃありませんか。何ですの? サイクロプスにでも絞られたりしたんですの?」
「ぅぐ、そっちの方が、マシだったかも、しれませんね……」
先客は一人だとばかり思っていたが、女性以外にも男性がいたようだ。そちらは怪我でもしているのか、所々呻き声になっているし声もここからだと聞き取りにくい。ただ口調は何というか丁寧というよりは慇懃無礼といった印象を受ける。
「まさか……」
クロフォードの声が震える。
後ろの方にいた彼は前の方にいるアリスにレシェ、メル、ユーリ、テロスをすり抜けるように進もうとする。しかしすり抜けられなかった所はそっと押しのけるようにして、途中で邪魔だと判断したのかウォーハンマーは適当な所で捨て置かれた。
ごっ、と地面にぶつかる音は思ったよりも響いた。
「っ!? 何者です!?」
扉の向こうから女の誰何の声。しかしクロフォードは答えるよりも先に僅かに開いていた扉を更に大きく開け放っていた。
「先輩っ! 先輩御無事ですか!? うわ思った以上にぼろ雑巾!」
両手で扉をばーんと開けてくれたので、クロフォード越しに部屋の中が見えた。
いやそれよりも、尊敬してるはずの先輩に対して最後の言葉はいかがなものか。クロフォードって時々そういう事あるよね、ゲームの時から……と思ったものの、それ以上に気にするべきは部屋の中だった。
声からして女性が一人と男性が一人は確実にいるとわかってはいたが、実際は更にもう一人の男性と、成人男性を二人くらいなら軽々乗せる事が出来そうな大きな白い獅子。
白い獅子以外は全員見知った顔だった。消去法で女性が言ったポチというのは白い獅子という事になり、何とも言えない気持ちになる。だってポチっていうから犬とかそっち系想像するじゃないか。ユーリの前世で犬を飼ってる知人にその名前をつけてる人は誰もいなかったけれど。
白い獅子は何かあればすぐに女性を守る事ができるような位置に控えている。ただ伏せているだけに見えるが今は耳が完全にこちらを向いている事から警戒しているのは明らかだし、何なら興味なさそうに顔はそっぽを向いているようにも見えるがその視線はギリギリわかるかどうかという部分で確実にユーリたちへ向けられている。
どこかで聞いた声だなー、と思ったのは当然だった。ゲームではよく聞いていた声なのだから。その割に顔を見るまで思い出さないというのはどうなんだと突っ込まれそうだが、最後に聞いたの転生する前だぞもう何年経過してると思ってるんだ……!
ユーリはアイテムボックスからかつてゴードンに渡された手帳とペンを取り出すと、クロフォードの横に並び立つように進む。新たに動きを見せたユーリに白い獅子が態勢を整える振りをして即座に飛び掛かれるようにしていたが、生憎こちらに敵意はない。流石に部屋の中にまで無遠慮に進めばあの獅子はこちらを押し倒すなりして動きを封じるくらいはするだろう。敵意か殺意を感じ取ればすぐさま喉元を食いちぎる事も簡単に想像できる。だが重ねて言うが敵意はないし殺意もない。
だからこそクロフォードの横で足を止め、真っ直ぐに女性を見た。
「ずっと前からファンでした! サイン下さい!!」
言うなり深々と頭を下げて手帳を持った手を差し出すように伸ばす。
「は、アカデミーの生徒か……? 私も随分と有名になったものだ……」
尊敬しているはずの後輩からボロ雑巾呼ばわりされた先輩が息も絶え絶えといった感じで、だが皮肉感たっぷりに言い捨てる――が。
「いえ、貴方じゃないです。勘違いしないで下さい」
ユーリの声は恐ろしく冷え切っていた。多分ここ数年で一番冷え冷えしていたのではないだろうか。まさかそこまでの声が出るとは思っていなかったのでユーリ自身内心で軽く驚いていたものの、
「ユーリシア……? 君、そんな声出せたの?」
「ユーリ、そなたそやつに親でも殺されたかのような声しておるぞ……?」
割と付き合いの長い相手と知り合った時間こそ短いが己を曝け出せる相手の方が本人以上に驚いていた。
だがしかし女神よ、親を殺したのは多分邪神なので彼は無関係だと心の中で弁解しておこう。伝わらないのはわかりきっているけれど。
改めて手帳を差し出すようにして、女性を見る。
「えっ、勘違いかと思ったけどやっぱり我?」
「まさかこんな所でお会いできるとは思っていませんでした。お会いできて光栄です、魔女パトリシア」
今なら部屋に入っても攻撃される事はないだろうと判断して、ずいっと一歩進み出る。
「そういうわけですのでサイン下さい」
本来ならばもっと重要な事があったはずなのだが。
悲しいかな、蒼碧のパラミシア内での推しキャラとリアルに出会ってしまったユーリの中では彼女に関する事が最重要案件となってしまっていた。
本気か……? とばかりに視線を向けてくるボロ雑巾――もといクロフォードの先輩であるシュウも、警戒を解いていいのか微妙に悩んでいる感じの白い獅子も、今のユーリには些細な出来事である。
何故ならば目の前に、推しが! いるから!!




