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ぐだぐだ異世界転生  作者: 猫宮蒼
三章 フラグがなくとも事態は進む

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雪、朽ちた神殿にて



 控えめに言って死にかけた。そんな気がする。


 わけがわからないまま箱に引きずり込まれたユーリはどこに向かっていたのかを知らない。けれどテロスには理解できていたのだろう。目的地に近づいたあたりで箱と猪を繋いでいた鎖を魔術で粉砕した。

 箱という戒めから解放された猪は、こちらに意識を向ける事なくただひたすらに駆けていき――あっという間に見えなくなった。


 問題はその直後にすぐさまやってきた。

 猪に牽引されていた箱は徐々にスピードを落として止まるなんて事もなく、猪を失った勢いのままに景気よく転がった。四回転程。そこで止まれば良かったのだが転がった場所がやや下り坂になっていたのが悪かった。更に勢いをつけてバウンドし、不規則に跳ねる。どこかにぶつかるたびにバキッ、メキッと不吉な音がするし箱から速やかに脱出しようにも振り落とされないようにするので精一杯だ。メルが放り出されないように片手で抱きかかえているが、もう片方の手はとにかく箱のどこでもいいからと掴まれそうなところに伸ばして掴んだ。


 造りが荒いとは思っていたが、壊れかけたのも原因なのかユーリが手をかけた場所は木のささくれが酷かった。そんな所を掴んでしまったために、容赦なく突き刺さる。反射的に手を離しかけたが、離せば今度は投げ出される。どちらがマシかを考えて――答えが出る前に何度目かの地面への衝撃。一際大きな音をたてて、箱が壊れる。


 ずしゃっ、と投げ出された音がしたが、それが自分の出した音かまではわからなかった。


「焼け落ちろ」

 すぐ近くでテロスの声がする。魔術を発動させたのと同時に、全身を燃やし尽くされた狼の断末魔が響いた。


 雪原狼の毛皮は白くて綺麗だったから――メルの吐瀉物かかった個体は別として――、素材としてあれば何かに使えたかもしれない。

 漠然とユーリはそんな事を思っていた。

 けれど素材を確保する余裕がなかったのも理解している。全部まとめて焼き払うという方法でなければ、手の痛みで集中が途切れ魔術の構成が上手く作れないユーリと、乗り物酔いの症状でまともに身動きできないメルは即座に動けない。いいマトだ。


 他の面々はというと、アリスとレシェは箱が壊れる少し前に投げ出されてしまっていたのか離れた場所にいる。着地するつもりだったのが滑ったらしく、雪の上には転がった跡がしっかりと残っていた。

 クロフォードに至ってはどういう事か、すぐ近くの木の枝に引っかかっていた。自分から飛び上がろうとして失敗したのか、投げ出されてそこに引っかかったのか……木の枝に刺さる、という展開でなくて良かったと思うべきか。当たり所が悪ければ更なる大惨事が待ち受けていたかもしれない。




 治癒魔術でもって痛む身体を治療して、全員がようやくまともに行動できそうになるまでに多少の時間がかかりはしたが、少なくともユーリとメルは周囲を見回す余裕ができた。

 町から外に出た直後は雪原だったが、今は森に差し掛かっているようだ。見れば最初にボレアース大陸に来た時にレシェが言っていたメルクリオ山脈とやらがかなり近くに見える。


「まずあの白猪はこの時季メルクリオ山脈に向けて移動を開始する。町で近場の魔物狩って生計立ててる冒険者の情報だ。そしてとてもタイミングよく生け捕りにしていたのを譲ってもらった。資金はクロフォードの財布から出たよ」

「事前に何の説明もなく金を要求された僕の気持ちをもう少し考えてほしいところだよね」

「そこは先輩に早く会うための必要経費で諦めなよ」


 悪びれもせずに言い切るテロスに、クロフォードは何を言っても無駄と判断したのかそれとも先輩のためと割り切ったのか、どちらかはわからないが押し黙る。ただその表情は少しだけ苦い。


「ちなみにあの箱も冒険者に手伝ってもらったから、出来の悪さに関しては彼らに直接言ってよね。好意で手伝ってくれた相手に言えるならだけど」

「彼らって言われてもそもそもその人たちを見たのってぇ、テロスさんとクロだけじゃないですかぁ。私たち見てないんだから文句があったとしても言いようがありませんよぉ」

「そんな事よりここ寒い」


 レシェとアリスが冷える指先をこすり合わせながら言う。ユーリはさっきまで怪我をして熱をもっていたせいか、今の所そこまで手が冷えてはいない……がそれも時間の問題だろう。


「そうだね。じゃあ行こうか」

「行くってどこに?」

 言うなり歩き出してしまったテロスの後を追いかけつつ、箱に乗り込む前からの疑問を口にする。テロスの言い方だとこれからシュウに会いに行くような口振りだが、そもそも穴は空間の歪みでどこに出るのかわからないのではないだろうか。最終的にもう一回か二回程穴を通れば最初の位置に戻って来る可能性が高いとはいえ。


「ここまで来れば目的地までそう遠くはないよ。登山に来たわけでもないから安心していい」

「登山、て……もしそこのメルクリオ山脈だった場合明らかに無謀すぎるじゃろ……本当にそこは大丈夫なんじゃな?」

「大丈夫大丈夫、これから向かう先は建物の中だから。暖かいかは別として雪と風は防げるんじゃない?」


 建物。本来ならばその単語に安心するべきなのだろう。向かう先が人の住んでいる場所であるならば尚の事安心できる。しかしレシェが「この近くに村とか人里なんてありましたっけぇ……?」と呟いてしまったのを聞いたため不安しかない。


 もう少し詳しく聞いてみようにも、正直寒さであまり口を開きたくないというのが本音だった。防寒性の高いマントやら少しばかり動きは鈍るが暖かいコートがそれぞれにはあるとはいえ、呼吸をするたび吸い込む空気は肺が凍るのではないかと思える程に冷え冷えとしている。吐く息は当然白い。

 レシェだけが他の皆よりも少しだけマシらしいが、だからといって率先してあれこれ話しかけようという気はないようだ。

 喋るために口を開くと、喉の奥から体内に向かって一気に凍りそうだというのは決して大袈裟ではないとユーリは思っている。

 だからこそ、誰一人口を開かずひたすら黙々とテロスの後に続いて歩き続けた。ザクザクと雪を踏みしめる音だけがする。


 幸いにして魔物は襲ってこなかった。先程の箱大破と雪原狼が焼き払われた件で警戒しているのかもしれない。大きな物音をたてては燃やす、新手の災害にでも思われているような気もしている。

 ユーリが魔物であったならば、何かやべぇ雰囲気感じるし襲うのやめとこ……となりそうだ。よほど切羽詰まって襲わないといけないならともかく。


 雪には魔物が通ったと思われる足跡やら身体を引きずったであろう跡があったが、ただそれだけだ。

「…………誰かいる」

「え、なに?」


 テロスが呟いた言葉の意味が、よくわからなかった。恐らくこちらに聞かせるつもりで口に出したわけではなく、本当にぽろっと口から出ただけのようだ。

 誰か、と言われて思わず視線をあちこち向けてみたが、誰かがいるようには見えない。

「足跡。雪が降ってて少し消えかけてるけど、これは魔物の足跡じゃない」

 すっと指をさした先、そこには言われてみれば……程度に人の足跡らしきものがある。


「目的地は同じようだから、行った先で遭遇する可能性は高い。相手が友好的ならいいんだけど」

「いやちょっとまって、目的地がそもそもどこなんですって話なんだけど!?」

 建物としか聞いてない。レシェの反応から人里ではないようだし、そうなるとその建物って何? ゲームなら時々ぽつんと一軒家とかあってもおかしくないというか、普通に流してきたけどああいう家ってゲームだからこそあっても問題ないけど実際は色々と問題しかなかったりする。


 まず壁で魔物の侵入を防いだりしているわけでもなく、結界を覆うようにしているわけでもない。そうなると当然魔物は家があろうと何だろうとやってくるわけで。そんな所で暮らすとか、無理がありすぎる。数名で生活していて起きて活動しているものが魔物を退治するという役割であったとしても、長期的に過ごすのは難しいだろう。

 ゲームではそういう家に住んでいるのは大抵老人が一人。その老人が実はとんでもなく凄い武術の達人とか、凄腕魔術士だとかでない限り、まずそう遠くないうちに死ぬだろう。魔物使いである、という可能性も捨てきれないがそういう設定で一人暮らししてる老人とかゲームでは見た事がない。現実にいる可能性をだからといって捨ててはいけないが……可能性として考えるならとても低い。


 魔物がそう強くない地域であるならともかく、ここら一帯の魔物は決して弱いわけではなさそうだ。そこでぽつんと一軒家建てて生活してます、なんて奴はまず間違いなく人間以外の種族だ。そうじゃないと生活維持もできそうにない。

 それなりに実力がある魔術士であったゴードンでさえ、人と極力関わらないようにしていたとしてもそれでも村の住人として暮らしていたのだ。

 できていたなら彼だってきっと、人里離れた場所で独りでそっと暮らしていたに違いない。


 テロスの足取りに迷いはなかったし、既に存在している誰かの足跡もそれは同じようだった。


「もしかしてあれが目的地か?」

 つい寒さのせいで顔を下に向けてしまい足跡ばかりを見ていたが、アリスは違ったらしい。そもそもアリスは気休めとばかりに日傘を差して移動していた。顔を上げて歩いているとたまに目に雪が入りそうになる事もあってつい下を向くユーリとは違い、その心配がないならそりゃ普通に前を見て歩くだろう。


 雪が目に入ってこないように目を細めながらユーリも顔を上げる。

 建物、とテロスは言っていた。人里ではなさそう、とレシェは言っていた。どちらも間違ってはいない。



 そこにあったのは、所々朽ちている神殿らしき建物だった。遺跡と言ってもよさそうな代物だ。

 言えるのは、まず間違いなく魔物の巣窟になっているという事だろうか。


「ちょっとテロス」

「ひとまず雪と風は防げるよ」

「そういう問題ですかねぇ……私ぃ、こんな所にこんなのがあるなんて初めて知りましたよぉ……?」

「知る人ぞ知る、ってやつ? というかこの神殿、そもそも何を祀ってた神殿なんだ……?」


 顔を引きつらせているレシェと、怪訝そうに神殿を見上げているクロフォード。アリスに至っては神殿とか見るの初めてだわ、と妙にワクワクして緊張感が旅に出ている。


「……女神ではない、が精霊を祀っているようでもない、な……?」

 メルですらよくわかっていないようだ。

 思わず足を止めてその神殿を見ていたが、一切歩みを止めずに進んでいくテロスの背がどんどん小さくなるのを見て、慌てて追いかける。


 ユーリとしては正直前世のゲーム知識のせいで、安全な神殿以外のダンジョンになってるタイプのやつは、敵が強いか仕掛けを解いて進むのが面倒、と記憶にあるためとても気が進まなかった。

 敵が強いとかそこら辺に関してはどうにかなると思っているが、謎解きタイプの神殿だったらお手上げである。


 いざとなったらテロスがきっと何とかしてくれる。そう思う事で無理矢理自分の心を納得させることにした。

 本当に解決するかは疑わしくもあるけれど。

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