誰かにとっての大惨事
結局のところ、やるべき事は最初の頃とそうかわらない。
ただ、敵にあたる存在が何がなんだかわからないものから、一応どういったものであるのかが判明した。違いはそれくらいだろうか。
力を流出させた世界神が何を思ってそんな事をしたのかはわからないが、この世界に関してはそれが邪神となっている時点で少なくとも友好的ではない事はわかる。
ゲーム内ではそもそも勇者と魔王が対決する所まで邪神の存在はほとんど空気みたいなものだった。どちらかの身体を乗っ取った事を考えると邪神が力を存分に振るうためには身体が必要なのだろう。
けれど誰彼構わずとっかえひっかえしていかない所から、何らかの条件があるはずだ。弱い存在の身体を乗っ取り、そこから次々に強い個体を乗っ取る。できるならこれが手堅いが最初から勇者か魔王に狙いをつけていたという事は、その方法は使えないと考えてもいいだろう。
この世界にとっては異物である他の世界神の力ではあっても、それそのものだけであるならばマナとそう変わらない。問題はその力がどこを漂っているのか、現状さっぱりわからないという事だけだ。
敵の正体が判明しても居場所がわからないという、ゲームなら次のイベントを起こすか何かのフラグを立てそこなったか……一言でいうなら詰まっている。
他世界神の流出してきた力とは別に邪神も存在している、という状況に比べればマシ。
出せた結論はせいぜいそれくらいである。
二人揃ってお互い土下座に近い体勢のまま寝落ちしてしまったため、朝起きたら身体がバキバキと到底ベッドで眠ったとは思えない音を立てていたし、何なら他のメンバーと比べて睡眠時間が少なかったユーリは朝からそれはそれはテンションが低かった。気を抜くと立ったまま寝そう。
人間の身体はごめん寝に適していない。起きたら膝がヤバかった。そんな何一つ役に立たない知識が増えた瞬間であった。
さて、そんなユーリだけが最悪の状況に自ら陥っていた中で、他のメンバーは各々で情報収集だったり必要な物資の調達だったりに出て個別行動していたので、ユーリも遠慮なくこの町の星見の館にそっと行ってきた。
星見の館、という名前ではあるが、小さな町や村にある館は基本的に普通の一軒家と見た目は変わらない。
それはゲームでもそうだったが、実際はメルの案内がなければ普通の一軒家タイプは気付かず通り過ぎてしまうほどに目立たない代物だった。
外観は一軒家だが、中に入ると他の場所の館と変わらない。その差に足を踏み入れた直後は慣れなかったが、まぁそれも最初のうちだけだろう。
「あっ、ユーリだ!」
とりあえず戻ってきた事を一言告げていこうと思い、テラスの方へ向かう。
そこにいたのはミリィとセシルだった。……珍しい組み合わせに見える。
「メルも、おかえりー」
こちらに気付いたミリィが駆け寄りメルの手をとって引っ張っていく。
「お、おぉ? なんじゃ、どうした?」
見た目はこども同士きゃっきゃしてる微笑ましい光景だが、片方は中身がそうじゃないのでいきなりの歓迎に戸惑いしかないらしい。
楽し気に手をぶんぶん振ってくるくる回るミリィにつき合わされて、メルもくるくると回っている。
「おかえりなさい。デュシス大陸はどうだった?」
一応ベルンシュタインと商業都市オルテンシアには行けるようになっているが、その時は繋ぐだけ繋いでさっさと戻ってしまったので何があったかなどの話はしていない。それにセシルはその時確かダンジョン探索の方に回っていたはずだ。
恐らくユーリたちの話を一番多く聞いているのは館に引きこもっているネフリティスだろう。何せ確実にいるのだから。
「流れで、今ボレアース大陸にいる。メルキュールって町に来たよ」
「えっ? デュシス大陸からボレアース大陸に行くの早すぎない? あれ? ちょっと待ってね? ワタシの勘違いかな。時間の流れはダンジョンが基準で実は世界もゆっくりだった……?」
「馬車から海底洞窟でトロッコに乗ってのハイスピード大陸間移動だったよ」
「何かよくわかんないけど怖い……」
掻い摘んで一連の出来事を話す。流石にメル以外にはゲームの話ができるわけもないのでそこら辺は自動的にカットして、本当に最低限といった感じになってしまった。
「ごめん、難しくてちょっと理解できない。穴? 空間の歪み? そっちの大陸そんなわけわかんない怖いのあるの? ワタシが森を彷徨ってた時にそんなのあったらどうなってたんだろ……」
「テロスの話だとあくまで西の大陸の一部と北の大陸の一部のホント限られた場所でしか滅多におこらない現象らしいから」
「でも、短時間で三回その穴に落ちたかもしれない人いるんでしょ? それで滅多にって言われましても!?」
「……まぁ、普通はその反応だよね」
ユーリとしてもわかるので否定はできない。
こちらの話はこれ以上面白い事もオチもないので、ダンジョン探索について聞いてみる。
「今とりあえず三体目のボスっぽいところまで行けるようになったよ。ポータルストーンで前回行った所にすぐ行けるのはそうなんだけど、それだとあまり探索に参加してない人とかいきなり見知らぬ魔物と戦う事になったりするから、今の所は全員が確実に行ける階層でちょっとした修行みたいになってる」
一応一人でもボスっぽいのが倒せるくらいになれば大丈夫だと思うんだよね、とにこやかに言うセシルにユーリはそっと身を引いた。
おかしい、出会った当初、森の狼さんに襲われて泣きながら荊に守られてたセシルは一体どこへ行ってしまったのか。
「えーと、ちなみにその方針はどういう経緯で?」
「ウォルスが万一どこかで政府の連中と遭遇した時にろくな自衛手段がないと詰むっていうから。すごいよ、ウォルス。適度にスパルタで」
「適度にスパルタ」
スパルタに適度も何もないのでは? そう思ったがどう突っ込んでいいのかわからない。相反する言葉のような気がするのだが。甘いとしょっぱいみたいな。だがしかし適度にあまじょっぱい、という言葉は普通に成り立つなと考えてしまい、ならば適度にスパルタも成立しているのでは……?
やや寝不足気味のユーリの思考は今なら怪しげな詐欺にも引っかかりそうな程低下していた。
ダンジョン探索に回っているメンバーは、何だか知らないが短期間でそれなりに強くなっているらしい。頼もしい限りである。
(……というか、そうすると私が一番戦闘能力的に足手まといになっているのでは?)
直視したくない現実だった。原作開始になる15の春までにそれなりに戦えるようになっておかなきゃ! とゴードンに師事してそれなりに強くなったと思っていたのだが、それはほんのりとした淡い幻想のようなものと化す。
ミリィに振り回されて踊っているのかただただ回転しているだけなのかわからなくなりそうだったメルが目を回した事により、こちらの会話も打ち切られる事となった。お酒を飲んでないのに千鳥足状態のメルを抱きかかえ、館を出る。
「こどもってパワフルじゃのぅ……」
「それ今のメルが言うとちょっとどうかと思うからそっと心の棚にでもしまっておいて」
多分だがメルはミリィのような元気一杯お外を駆け回るタイプより、ルッセのような部屋でおとなしく読書をするタイプの方が性に合うのではなかろうか。お互いに知識を共有できるかどうかはさておき。
館で防寒具を調達して行こうかと一瞬考えたが、流石にどこで調達したんですかそれ、というような物を持っていくのもクロフォードやレシェがいるなかではまずいなと思ったので、本当にただ館に戻っただけだった。
「遅かったね。さぁ乗って」
「はい?」
そうして戻って来るなり言われたセリフがこれである。
乗る、とは何に?
言われるままにテロスが親指でくいっと示した先を見ると、馬車らしき乗り物が一つ。ただしなんというか造りが荒いし、馬の代わりに繋がれているのは白く巨大な猪だった。現在白猪は鎖で繋がれているらしく、足元でじゃらじゃらとそれはもううるさいビートを奏でている。
今すぐ全力で駆けだしたい。そんな本能からの叫びが聞こえてきそうだった。
「そろそろ限界だろうから。戻ってこなかったらどうしようかと思ったよ」
「え、いや、え……? あの、ちょっと?」
背中をぐいぐいと押され、明らかに急ごしらえだろうと思われる箱の中に誘導される。クロフォードが用意した馬車には窓もついていたが、こちらは板をとにかく急いで打ち付けて作りました感が凄く当然窓なんてものはない。馬車、というよりはトロッコに近い。
どういうことかを問おうとしたまさにその時、
ふごぉぉぉぉおおおおお!!
鼻息なのか雄たけびなのかわからない音が白猪から迸った。
「話はあとでいいからとにかく乗って」
「ふぎゃっ!?」
ちっ、と小さく舌打ちし、テロスは片手でメルを抱きかかえたユーリを強引に箱の中に引きずり込んだ。中には既にクロフォードとレシェ、そしてアリスもいた。屋根がないので雪が降ってきたら積もる一方のため、ややボロボロになっている毛布を頭からかぶっている。悪あがきでしかないが、無いよりはマシというところか。
「砕けろ」
バキンッ。
テロスの魔術により白猪が繋がれていた足の鎖が粉砕される。
と、同時に――
やはり開幕からトップスピードでのスタートであった。
「ちょっとこれどういう事ぉぉぉおおお!?」
せめて事前の説明とか心の準備が欲しかった。白猪の爆走っぷりからそんな時間がなかったのは薄々理解しているが。
「あとこの白猪どうしたの、ホントマジ、でっ!?」
叫んだついでに疑問も口にしたが、トロッコの時以上の激しい揺れによって舌を噛んだユーリは、猪の歩みが止まるまで沈黙する事となった。治癒魔術を使おうにも、ガタガタ揺れるこの箱の中では治した直後にまたダメージを負いかねない。
更に恐ろしい事に最悪の事態は重なる。
先程ミリィにくるくる回されていたメルがこの揺れに酔い、危うく吐きそうになったのをクロフォードが持ちあげたため箱の中でリバースするという惨事は免れた……が、箱の外にぶち撒かれた吐瀉物が近くまで来ていた魔物にかかり、攻撃されたと思った魔物が箱めがけて襲い掛かってきた。幸い猪の速度の方が少し上で箱に攻撃される事はなかったが、諦める事なく追いかけてくる。
雪原狼と呼ばれているらしいその魔物は群れで行動するらしく。吐瀉物がかかってしまった可哀想な個体は群れのボスだったらしい。
狼とかグリシナ大森林以来だな、などと懐かしむ間もなく他の仲間を呼びながら追いかけてくる狼と、どこに向かっているのかわからない猪の暴走。
箱の中にいるから全体を見るのは難しいが、外から見ていてもきっと同じ事を思っただろう。
控えめにいって、とてもカオスです……




