鈍器と新手のジェットコースター
知る人ぞ知る海底洞窟。
何ここ、という問いに返された言葉はこれだった。
なんだ、知る人ぞ知るって。隠れた名所みたいな言い方してるけど、どう見たってこれ知ってる人はかろうじて命辛々逃げだしてきたとかそういう知らなきゃよかったエピソードとかセットになっているだろ、絶対に。
ユーリがそう思うのも無理はない。そもそもここは既に蒼碧のパラミシアとしての行動範囲である内海を囲んだ各大陸からはかなり離れてしまっている。まさかこんな遠くまで来る事になるとか思ってなかった。
これから向かう先がボレアース大陸とは言うものの、辿り着いたとしてもゲーム内でのボレアース大陸とは少し離れた所なんだろうな、というのが容易にわかるだけに何とも言えない。
他のゲームでここら一帯の知識があったならともかく、完全に未知の領域である。
御者は少しばかり休憩したら商業都市へ帰るそうだ。
確かにいつ戻って来るともわからない相手をここで待ち続けるわけにもいくまい。正直一緒に帰りたい。スキー場のリフトに乗って上まできたけどそのままリフトで戻るような、そんな状態になってるとわかっているけど戻りたい。
「まぁまぁ、見た目はちょっとアレだけど、中は案外そうでもないんだよ」
「前にもここ通ったことあんの?」
「いや? 初めてだけど」
アリスの問いにあっさりこたえてみせたクロフォードの胸倉を、レシェが無言で掴み上げた。
「ど、う、し、て自分で通った事もないくせに中は案外そうでもないんだよ、とか言えるんですかぁ!?」
「そりゃ通った事がある人から聞いたからね。え、何、もしかしてビビってんの?」
「この外観見て怖気づかない人いるんですか!?」
ゆっさゆっさと前後に揺さぶるが、クロフォードは動じた様子もない。
「時間が惜しい。さっさと行くよ」
レシェの手を振り払い、よっこいせ、とウォーハンマーを肩に担いで先陣切って進んでいく。
ついていかない、という選択肢は存在していなかった。
「お気をつけて―」
背後で御者ののんびりとした声がした。
見た目のおどろおどろしさとは対照的に、洞窟の中はそこら辺にある洞窟とそう変わらなかった。
その中をクロフォードを先頭に、アリス、テロス、ユーリ、レシェの順に進んでいく。
ちなみにメルは先程声をかけたものの起きる気配がなかったのでユーリが抱きかかえて歩いている。
どのみち魔物と戦う事になったとしても、ユーリは基本障壁を展開して防ぐくらいしかやる事もなさそうなのでメルを抱えて行く事に関しては問題がない。
クロフォードがウォーハンマーを使うと言っていたのは嘘ではなかったようだ。
途中で遭遇した魔物は大きなヤドカリのようで、ほとんどが殻にこもっている。襲ってこないのかと思いきや、近くにくるとさっと出てきてハサミを振り回してくるので穏便に通り抜けるという事もできない。
電撃系の魔術をテロスが放ってみるも、殻にこもられると決定打にもならない。
一匹だけならいいが、通路に点々と殻にこもった状態でいるので通るとなると各個撃破していくしかないらしい。近づかなければ攻撃はされない。だが魔術であっても効果が薄い。
「そこでこのハンマーの出番です」
にこやかにクロフォードが言い切る。そうしてぶぉんと風を切る音とともにハンマーを振り下ろすと、ばきっという音がして殻が割れた。慌てたように中身が出てくる。
「今です」
「砕け散れ」
ばんっ、という破裂音とともに出てきた中身が吹っ飛んだ。
「こいつら殻に傷がつくとすぐ出てきて逃げるっていう習性があるので、コツさえ掴めば倒すのはそう難しくないんですよ」
「ふぅん、魔術だけだと相性が悪いみたいだけど、案外防御がざるなんだ。コツを知らなきゃ手こずるけど、コツさえ知ってたらただの雑魚か」
「私の剣じゃ殻を攻撃しても弾かれちゃいますねぇ。中身は普通に斬れそうなんですけどぉ」
「えーと、殻に傷がつけばいいわけだな?」
言うなりアリスが日傘を構える。
「ちょっとアリス?」
どう考えてもその傘は殻を攻撃しても無意味では?
ユーリの思いが伝わる事は当然なく、裂帛の気合とともにアリスが手近な殻に日傘を突き刺した。
ぴしっ、と小さな音がして殻に穴が開く。
ほんの少しの穴だというのにそれでも中の魔物は慌てふためき殻から出てくる。
「はっ」
それをすかさずレシェが斬り捨てた。
「よし、この調子でじゃんじゃんいくか!」
くるん、とまるでステッキでも回すようにして告げるアリスに、レシェも、
「わっかりましたぁ。頑張りますねぇ」
剣を手にしていない方の拳を胸元で握ってこたえる。
「わー、私だけやる事ないなー」
完全に二人一組が出来上がっている。ユーリはメルと一緒にいるが、そのメルは今もなおすーすーと寝息を立てて眠っているので実質一人のようなものだ。
倒された魔物の死体を回収するにしても、中身の方はテロスが倒したものは原型を留めていないしレシェが斬り捨てた方はそう多くない。
殻もついでに何かに使えるかもしれないし、回収しとくかー、のノリでアイテムボックスの中に入れていく。
最初はレシェが最後尾で後ろからの魔物の襲撃を警戒していたが、今は完全にユーリが殿だ。
警戒は怠らないようにして、せっせと殻を回収しつつ四人の後をついていく。
ヤドカリゾーンはそれなりに続いた。
それなりに続いたものの、倒すのに手間取るわけでもないため誰かが怪我をするという事もなく通り抜ける。
「どうする? ここらで一旦休憩しとく?」
テロスが声をかける。魔術で明かりとしての光球をいくつか浮かべているため視界は良好。周囲に魔物の姿はない。
洞窟の中は太陽の位置で時間をはかるといった事ができないので、どれくらい経過したのかがわからないため、まだ大丈夫だと思っていると本人の予想以上に時間が経過していて疲労も蓄積されていた、なんて事も冒険者あるあるとしてよく言われている。
だからこそ、こういった場所ではまだ大丈夫だと思っていても安全な場所があるのであればこまめに休憩するように、ともギルドでは言われている。勿論、休憩しなくても大丈夫、と確実に判断できているのであればしなくても問題はない。言われているのはあくまでもギルドに登録したばかりの初心者に向けてだ。
「そうしたいんだけど、もうちょっと先まで進もう。聞いた話だとこの先の方が休憩するにも適してるらしいから」
「そういう事なら」
「あのぉ、でもここから先、道分かれてますけどぉ?」
「大丈夫、地図見せてもらってるから覚えてる」
「地図そのものはないのか?」
「うん、ちょっとそこまでは流石に。でもここ、そう覚えるのに難しくないから問題ないよ」
クロフォードの言葉の意味を正しく理解したのは、それから少し後の事だった。
ヤドカリゾーンはまだ平坦な道であったが、そこから少しずつ下り坂のようになり、時々コウモリっぽい魔物が飛んできたもののこれといった被害もなくその場所に辿り着いた。
「……トロッコ?」
それを見たユーリは思わず首を傾げていた。外から入口を見ただけだととてもこんなものがあるような洞窟には見えなかったのだが、どうやらかなり人の手が加えられているらしい。
トロッコ、とユーリは口にしたものの、本来のトロッコに比べるとその大きさは倍はある。これならここにいる全員が乗り込んでもちょっと窮屈かなー、程度で済むだろう。
そのトロッコの前後にドリルのようなものが取り付けられているのがとても気になるが。
「えぇと、いち、にぃ、さん、あぁ、このトロッコだ」
端の方から数を数えて、クロフォードが目的のトロッコに近づいていく。
「他のトロッコは?」
「それぞれ行先が決まってるので、他のに乗っても意味がないです」
下手に分かれて乗って、そのまま完全に分断コースはまずい。
「これに乗ればあとはもうゴールまで一直線、らしいです」
「思った以上にあっさりしてる」
洞窟に入る前はここで下手したら数日は経過するのではないかと思っていたというのに。
全員がトロッコに乗り込むと、内側に埋め込まれていた丸いボタンのような石にクロフォードが手をかざす。
「えぇっと、これに魔力を注ぐと動き出して……あぁ、動きましたね」
「ひょわっ!?」
動きましたね、なんて言っているが、いきなりのトップスピードにユーリの口からは愉快な悲鳴しか出てこなかった。ついでにトロッコについていたドリルが回転したらしく、ギュィィィイイイイン、とこれまた攻撃力の高そうな音を響かせている。
ユーリの脳内で歯科医の先生が「痛くないよー、痛かったら左手上げてねー」と言っていたが、いやお前これ音からして既に痛いわ。聞いてて既に痛いわ。という光景が浮かんでしまい、つい咄嗟に左手を上げそうになった。
ちなみにこっちの世界での虫歯は治癒魔術で治そうと思えば治せる。普通の怪我よりも魔力消費が激しくはあるが。
高らかに響くドリルの音と、風を切って進むトロッコの音。新しいジェットコースターかな? と軽くユーリが現実逃避を始めたあたりで、ごがぁん! という音と同時にくる衝撃。
「おっ、何だ何だ?」
思わずアリスが身を乗り出しているのが見える。ひぇっ、アリスさん怖い物知らずか……と流石はタイトル別とはいえ主人公やでぇ……! と思っていると、再び衝撃。
「アリス、一体何があるの?」
流石に自分も、と身を乗り出そうとは思わなかったので聞くだけにする。
「んー、何か、魔物? 岩っぽいのが」
がこぉん!
「積極的にこっちに向かって」
ばこぉん!
「飛び込んできてる」
ぐわしゃぁ!
かろうじてアリスの声は聞き取れたが、同時に衝撃も連続でくるためどこかで聞き間違えた気がしないでもない。
「とりあえずドリルが粉砕してるから大丈夫だろ。何でか知らないけどあいつら横からこないみたいだし」
「え、自分から死にに来てるの? 自殺の名所かな……」
自殺する魔物とかちょっとどころじゃなく意味がわからないけれど。
どっかんどっかん景気よく進んだ結果、どうやらゴールにたどり着いたらしい。




