珍しく和やかな移動
翌朝、早朝。
待ち合わせだと言われていたので早起きして向かえば、そこには立派な馬車が一台。
クロフォードが言うままに乗って、すぐさま馬車は出発した。
内海は冬であっても海が凍るという事はないが、よく荒れる。そのせいで冬の間は各大陸へ行く船が出ない日も多い。ゲームであれば船は季節関わらず出ていたが、冬になる頃にはそもそも館から移動した方が圧倒的に早いため船を使う事は滅多になかった。
「ところでこの馬車、一体どこへ向かっておるのじゃ?」
港町がある方角ではない、どころか逆方向へ進んでいるためメルは思わず問いかけていた。クロフォードの話ではボレアース大陸へ向かうはずだ。馬車でこのまま進んだとして到着できるはずがない。
「海が荒れて船がでない事も多いからね。とりあえず陸路から行こうと思って」
当然のように言っていたため、てっきりそういうルートがあるのかと思ったものの、メルとテロスの反応からするとそういうルートがあるようにも思えない。
メルはなんだかんだ世界のあれやこれやをどうにかしているうちに、のんびり観察する暇もないというオチでもって知らない事も多いがテロスが知らないというのであれば、それは本当にないか、あったとしてもテロスですら選ばない手段なのだろう。
「陸路から行けるの?」
「ずっと馬車では無理だけどね」
つまりはそのルートに入る直前までは馬車で行く、と。ユーリからすればその場所の事を詳しく聞いたとしてもまず間違いなくわからないので、もう一つ気になっている事を聞くことにした。
「ところで、そこに立てかけてあるの、なに?」
それ、と指をさしてはみるものの、直接的に指すのは何となく気が咎めてしまう。
「ん? あぁこれ? 武器だけど」
「いやそれは見たらわかるよ。何でそんな物々しいのを用意しちゃったのかって事を聞きたいんですが」
これが例えば長剣であったり戦斧であったり槍であるならば気にしなかった。いや、クロフォードが使うという点で考えると斧は流石に無理がないかと突っ込んだかもしれないが。
しかしそこにあったのは、魔物だけではなく人ですら挽き肉にしてきました、とばかりのウォーハンマーである。何の気なしに使い終わって手から離そうものなら、いくら丁寧に置いたとしてもずんっと重い音が響きそうな重量感たっぷりの一品だ。筋肉モリモリな歴戦の戦士が振るうのであれば安心して見ていられるが、これを使うのがクロフォードだと考えるとそもそも持ちあげる事ができるのか、という疑問が真っ先に浮かんでくる。
テロスのように見た目に反して意外と力持ち、というのであればまだしも、クロフォードは少なくともゲームに置いてはそういった力仕事に向いているタイプではなかった。
というか、雄黄のファーブラに出てきた面々においては大体皆魔術士なので、大抵の事は魔術でどうにかするというタイプばかりだ。魔術を上手く扱えない者と比べると、必然的に己の肉体を鍛えていかないといけない相手とは最初から勝負にならないくらい非力なもやし揃いである。
シュウにしろクロフォードにしろ、更にもう一人シュヴァルツにしろ、彼らは少年漫画よりは少女漫画にいそうなタイプだ。筋肉もそりゃ全くないわけではないだろうけれど、しっかりあるとも言いにくい。
そんな奴がウォーハンマー持参とか、思わずそれ何と突っ込むのも仕方のない事だろう。これがまだモーニングスターやメイスあたりであれば気にも留めなかったが。
「あぁ、使うからね」
そして当たり前のようにこたえるクロフォード。確かに使いもしない物をわざわざ持ってくる事もないだろうけれど、本当にそれ使えるの?
「失礼だなぁ。これくらいなら僕にだって持てるさ」
露骨に顔に出ていたのだろう。ははは、と軽やかに笑いつつもクロフォードが言ってのける。
ちなみに馬車の外では魔物が時々近づいてきているのか、クロフォードの家で雇われた御者であろう男性が和やかに笑いつつ魔術を連発させていた。おかげで時折やってくる地面からの衝撃が酷い。
「とりあえず目的の場所まではまだかかるから、休めるなら休んでおく事をお勧めするよ」
この程度の揺れならば慣れているのか気にした様子のないクロフォードに言われ、休めと言われましても……と思いはしたが。
やはり早朝に起きた事もありまだ眠気が完全に飛んでいなかったようで、ユーリはメルを抱きかかえたまま眠りに落ちていった。
――目が覚めると、他の皆もほぼ眠りに落ちていたようだ。唯一起きていたテロスがこちらへと視線を向ける。
「どれくらい寝てたかな?」
「そろそろお昼だから……まぁ良く寝てたんじゃない?」
「テロスはずっと起きてたの?」
「一応ね。魔物が近寄って来る回数もかなり減ったけど、あのおじさんの魔力があとどれくらいなのかわからないし。万が一の事を考えて援護に出られるように、って思ってたけどこの分なら大丈夫そう」
「おぉ……」
あっさりと寝落ちしてしまったユーリではあったが、思わず感動したようにテロスを見る。本来ならばそれは自分もやるべきことだったのでは……? と思うどころか思いつきもしないでぐっすりだったので、この事に関しては純粋な尊敬と呼べる感情なのかもしれない。
「あれ? クロフォードは?」
「あぁ、寝てる」
「本来は彼がテロスの立場で起きてないと駄目なやつなのでは?」
「いや、仕方ないよ。窓から見える外の景色とたまに見える魔物にあれは何これは何ってアリスが質問しまくってたし。最初はさらっと答えてたみたいだけど、どんどん質問の内容が掘り下げられていって専門的なものに及んだあたりでクロフォードだけでは手に負えなくなり、レシェが助け舟を出したけどそっちに飛び火してお互いにダウンしたんだ。
だから、寝かせてやろう?」
にこりと微笑んでいるテロスは、珍しくとても慈愛に満ちていた。
「つまり、アリスの世話を押し付けた、と」
「ボクは一切何一つ答えなかったからね。話し相手になってくれない相手より、相手をしてくれる方に構うのは当然だろう?」
ちなみにアリスも今は寝入っている。
七つの都市ができる以前のメソン島に住んでいた彼女からすれば、メソン島の外はそれなりに珍しい物が多いのだろう。魔物に至ってはこの辺りにいるものはメソン島にはいない種類が多い。そこら辺が彼女の好奇心に火をつけたのかもしれない。
「それにしたって、魔物はさておきここらの地形に関する話題やら地層やら、それなりに専門的な知識を学ぶアカデミーにいたからってわかるような内容じゃないと思うんだけどねぇ、ボクは。
そこから見える山に生息してる植物とか、目についたもの片っ端から聞かれてボクなら途中で話題打ち切ってるよ」
「途中で打ち切るも何も最初から答えるつもりゼロじゃないですか」
「そうだね。知識に貪欲なのは褒めるべき美点かもしれないけど、そのせいでボクが煩わされるのはお断りだからね。気が向いた時に気が向いた分しか答えなくていいならたまの話し相手にはなるけど」
あぁそうだった。テロスってこういう奴だったよ。変な所で納得してしまった。
「そういや、私たちがメソン島に居た時テロスはどちらへ?」
「あれ? 三人娘の誰かから聞いてない? 一応ちゃんと伝言は残して行ったんだけど」
「近場としか」
「そうだね。近場でちょっと知り合いと会ってきたよ」
「知り合い」
「なに?」
「あ、いや、なんでも」
首を横に振りつつも、そりゃテロスにだって知り合いくらいいるよなと思いなおす。ゴードンと一緒に各地に出かけた時に遭遇したテロスは常に一人だったし、今もこうして行動していても特にそういう誰かと出会うような事もなかったしで思いつかなかったが、ユーリ以上に長生きしてそれぞれの大陸を渡り歩いているなら知り合いの一人や二人、普通にいて当然だ。というか一人や二人で済まないくらいいるのではないだろうか。
だがしかし。
テロスの知り合いとかどういう人物なのか一切想像がつかなかった。
「まぁ、機会があればユーリにもそのうち紹介するよ。そんな機会はない方がいいと思うけど」
「微妙に不吉な言い方するのやめよ?」
「キミが、その時に生きているといいんだけど」
「いやな予感しかない感じのフラグ立てるのやめて」
出会い頭に人間の頭からばりむしゃあ、と食べるタイプの知り合いでもいるのかと勘繰りたくなるから勘弁してほしい。テロスの知り合いにそういうのがいないと言い切れないのも怖い。
そうして話をしているうちに気付けば太陽は真上を少し通過していた。
もう昼過ぎか、などと思っていると、馬車の速度が徐々に落ちて――やがて目的の場所に着いたのだろう。完全に止まる。
「坊ちゃん、坊ちゃん着きましたよー」
御者の声は穏やかなもので、何だかまるでただ街の中を馬車で移動しただけのようにも思えてくる。
実際は、何だかいかにもな洞窟の手前にいるのだが。
「何ここ」
「ボクが知りたい」
窓の外からちらりと見えた、明らかにやべぇ場所にユーリだけではなくテロスも若干目が死んだように思う。




