扱いが雑だけど、後輩は先輩の事嫌いじゃないんですよ?
「――彼女の調子はどうだい?」
わかりきっていることではあったが、それ以外の言葉が思い浮かばなかったためそれを口にした。
言われた方は鬱陶しそうな顔をして、更には溜息を一つ。
「わかりきっているでしょ。意識は戻った。でもまだ怪我が酷くてほとんどを寝て過ごしてる」
「うん。それでも、君が看病しているなら悪くはならないだろうね」
「……カリンと比べたら治癒術の腕は相当落ちるって知ってて言ってる? なに、喧嘩売ってる? 買うよ」
拳をばきばきと鳴らしながらアリエルは一歩、クロフォードへ近づく。
「売ってるように見えたなら悪かった。違うよ、気心知れた君に看病してもらうなら、少なくとも精神的な負担は軽いだろうってことさ。精神面での負担が少ないなら、あとは体の怪我を治すのに専念できるだろう?」
確実に威嚇として拳を鳴らしていたであろうアリエルが、ひとまずは拳を下ろす。
「喧嘩売りにきたわけじゃないのはわかった。じゃあ何しに来たの? 場合によってはマーガレットさん呼ぶよ」
「マーガレットさん?」
聞いた覚えのない名に首を捻る。カリンに関してならシュウからいやという程聞いていた。だからこそ出会う前から既にもう親戚レベルで詳しかったが、マーガレットという名は聞いたことがない。お隣の住人とかだろうか?
「この部屋に住んでる地縛霊」
まさかの同居人だった。
「いやちょっと、えっ? 地縛霊? ゴースト? 魔物とかじゃなくて?」
「マーガレットさんは生前ちゃんとしたお屋敷でメイドとして働いていた人だよ。魔物だなんて失礼な事言わないで。そもそも生活力の低いカリンがおんぼろとはいえアパートの一室で、マトモに暮らせてると思ってたの?
マーガレットさんが世話を焼いてたからカリンの一人暮らしは成り立ってたんだよ?」
「いや、世話してもらってる時点で一人暮らしとは……生者としてカウントしないなら確かに一人暮らしなんだけど」
「ちなみに洗面所の鏡のあたりにいるとよく見えるよ」
「へーぇ、そうなんだ」
てっきりアリエルの笑えない冗談だろうと思ったのだ。だからこそ洗面所へと足を向ける。カリンが暮らすこのアパートはとても古い。幽霊が出ると言われればまぁ、信じてしまいそうになる程度には。
そう広くもないのでささっと洗面所へ到着し、洗面台にある鏡を見る。映るのは当然自分の顔と――
「血塗れじゃないか!!」
「あぁ、それがマーガレットさん」
すぐさま取って返しアリエルに向かって叫んでいた。年下の少女相手に大人げないと思いつつも、体面とかプライドとかそういった御大層なものは即座にかなぐり捨てた。
鏡に映る自分の顔のすぐ近くに、血塗れになった老メイドが浮かんでいれば叫びたくもなる。むしろカリンはあれがいると知っていて生活をしているのか。メンタルおかしい。
――と、今度は何やら囁くような声が聞こえてきた。ぼそぼそと、声である事はわかるが何を言っているかはわからない、集中力が途切れそうな声だ。
「今度は何」
「あぁ、お隣の住人だね。クロが叫ぶから。お隣さんノミの心臓すぎて何かあるとすぐああやって聖書朗読しはじめるの。読み終わるまで続くよ」
「聖書ってあれかなり分厚いけど!? あれ全部朗読するの!? 途中で力尽きないかな!?」
「こないだ会った時に聞いたけど、何気に8割暗記してるってさ。すげぇ」
「確かに凄いけど」
けれども今の時刻を考えて欲しい。既に夜だ。まだ深夜とまではいかない時間ではあるが、大抵の家庭では夕飯を終わらせているであろう時間だ。そこから始まる聖書朗読。終わるまでノンストップというのなら、隣の住人は徹夜決定では……?
「で、結局何の用なわけ? 女性の家に来て物珍しくてはしゃぐ気持ちはわかるけど落ち着こうね? いい年した大人なんだから」
「はしゃいでないし」
これが女性の家に来てテンション上がってはしゃいでるように見えるのであれば今すぐ眼球丸ごと交換しろ。そう言いたかったがクロフォードとて別にカリンの看病をしているアリエルに喧嘩を売りにやって来たわけではない。だからこそ言いたい気持ちをぐっと堪えて本題に入る。
「明日、シュウ先輩を探しに行く。僕が見つけるよりも先に先輩が戻って来る可能性もあるけれど、本当に戻って来るかわからないなら待ってられないから。で、もしこっちが先輩を見つけたらきっとカリンに会えない時間が長すぎて心が死んでる可能性もあるから、せめてカリンの私物を一つ借り受けられないかなと思って」
「はぁ? 何が欲しいの。ブラ? ショーツ? ランジェリー系は流石に本人の承諾も無しに渡すとか無理なんだけど」
「私物って言って何で真っ先に下着が出てくるんだよ。お前先輩の事なんだと思ってるの」
「片思い拗らせてるストーカー」
ぐうの音も出なかった。真実は時としてどんな刃よりも鋭い。
「いや、あのね、先輩あれでそこそこ純情な部分もきっとあるから。もし下着なんて渡されたら鼻血大量出血からの貧血になるかもしれないだろ」
「そのまま失血死すればいい。もっと言えばどうしてクロがカリンの下着を自分より先に手にしているのかとか言いがかりつけられてお互いでつぶし合ってくれれば僥倖」
「なぁ、何でお前そんな攻撃力高いのに白魔術課なの? 真に来るべきは黒魔術課じゃないの?」
正直今からそちらに転向されても困るけれど。いや、カリンの後輩としてならまだしも、自分の後輩というポジションになられたらとてもじゃないけど殺意しか芽生えないので。
「え、じゃあ穴開いてそろそろ捨てようと思ってた靴下にしとく?」
「流石に先輩が可哀想だからやめてさしあげろ」
私物としか言ってないのに何故そういうチョイスになるのか。
「あーもー、いちいち注文の多い男だな。文句を言うくらいなら最初から細かく指定しなよ。自分にとっての最適を相手が必ず実行してくれるとかいう察してもらって当然っていう思考は脳みそごとクラッシュしてしまえ」
言うなりアリエルは手にしていた何かを投げつけてくる。それを咄嗟に受け止めて確認する。
「……石?」
「ちげーし。ボタンだし。職場の制服についてたやつ。取れたから近いうちにつけ直そうとしてたの。下手にカリンが使ってる私物貸し出して戻ってこないなんて事になったらカリンが困るでしょ。ボタンならまぁ、なくなってもそこまで困るものじゃないし」
正直とても微妙ではあったが、何もないよりはマシだった。細かく指定しろ、と言われてもそもそもカリンの私物だと確実にシュウがわかって尚且つカリンがすぐに使うわけでもない物、というのをクロフォードは即座に思いつかなかったのだから。
仮に何か丁度いい物があったとしても、あまり大きく嵩張るようなものは遠慮したい。まぁ、先輩ならもしかしてボタンであってもこれがカリンのものだとわかるかもしれない。そんな風に自分を納得させた。
「それで、先輩探しに行くって一人で?」
「いや、協力してくれる人がいる。あとレシェもかな」
「あぁ、あのゆる騎士」
どこにも安心できる要素がなかったような気がするが、アリエルはそれでも大きく頷いていた。
「って事は協力してくれるのってレシェの知り合いの騎士とかそういう?」
「いや、たまたまレシェと一緒にいた旅人」
「ギルド経由で、って事?」
「違うけど。あぁ、そのうちの一人にプロポーズしたけど即断られたんだよね。二度ほど」
「は? たまたま知り合っただけの旅人に既に二回もプロポーズしてんの? それは断るけど人探しには協力してくれるって何、相手女神か何か?」
この場にユーリがいたならば、残念女神は隣です、と内心で突っ込んでいたであろう。けれどもクロフォードもアリエルもそんな事知るわけがない。
「なんかちょっと面白そうな気配がしてきたけど生憎カリンの看病があるからなぁ……くっ、何故こういう時に自分は二人になれないのか……
カリン、ちょっと今すぐ起きて動けるようになってくれない? 多分そこそこ笑える展開が待ってると思うの」
「いや、何お前通常通り意識保ってられない怪我人起こそうとしてるんだよ。寝かせておけよ。っていうかさり気に要求ハードル高すぎるよ」
駄目だ。これ以上ここにいるとアリエルがカリンを本気で叩き起こしかねない。そう判断するとクロフォードは早急にカリンのアパートを立ち去る事にした。そもそも女性の家を訪れる時間帯ではなかったのだがそこは仕方がない。明日の朝にするとなると、それこそ待ち合わせの時間を早い時間にしてしまったため、下手をすると日の出前に来なければならなくなるところだったのだから。
「とにかく、こっちは仕事長期休暇とったから。お前はついてくるなんて血迷った事言うなよ。看病もあるけど授業だってあるだろ。生憎僕はお前の面倒なんてそこまで見てられないんだからな!」
流石にそこはアリエルだってわかっているはずだ。けれども何となく念を押して、クロフォードは今度こそアパートから立ち去って行った。
「……ねぇ、流石に起きるのはともかく今すぐ動けるようになるのは厳しいんだけど」
「ごめんて。でもほら、何か面白そうな気配はしたでしょ?」
「そりゃまぁ確かに。でもシュウを探しに行くって、あの場所に行ける算段が本当にできたのかっていうのが謎だよね。正直今自分で怪我を治しきったとしても、あの場所にもっかい行けって言われるとなるといやだわー。
だってあれ絶対ここじゃない別の世界だよ。まだ一人でどっかの魔物の巣窟に行けって言われた方がマシだよ」
だからこそ、クロフォードは知らない。実は途中から起きていたカリンとアリエルがそんな会話をしていたことなんて。




