メルヘンは不穏の影に
実際の所クロフォードがカリンから聞けた話はそう多くはない。発見された当時の大怪我を治癒術で治そうにも完治までにはまだまだかかりそうであったし、意識を取り戻したとはいえ万全の状態ではない。まだそこかしこが痛む状態で、それでもカリンが訪れたクロフォードに伝える事ができた情報は最低限のものだろう。
しかし地獄とは。
こちらの世界での宗教というのは大体が女神を信仰するものであり、それ以外だとその他の神の信仰になるがそれらは大精霊信仰となる。女神と精霊たちは世界を維持していく上でお互いに協力しあう仲なのだから、そういう意味では同じものと認識できなくもない。
邪教信仰というのがあるかもしれないが、ユーリの知識では少なくともゲーム関係にそういうものは存在しなかった。あったとしてもそこまで大っぴらにはできないはずだ。何せ邪教。異端者がどういう扱いを受けるかなんて、簡単に想像がつく。
というかだ。女神教にしろ精霊信仰にしろ、天国とか地獄という概念はふわっとしたものでしかない。天国、というか天界に天使がいるというのは言われているし、魔界に魔族がいるのは事実だ。
けれど天界を天国とは呼ばないし、魔界を地獄とも呼ばない。そもそも死後の世界という意味での天国と地獄なのだから、生身でも行こうと思えば行ける天界に魔界は違うと言える。
魂は巡るものとされ、死んだ後はそのどちらかへ行きそこから更に新たな生を迎える。
この世界に転生したユーリが教わったのはせいぜいがこの程度だ。
あまり難しく長々と説法されていたとしてもまず覚えていないので、短い話で済んで良かったとしか思っていないが。生まれも育ちも最初からこの世界だけであればもう少し女神や精霊に祈りを捧げるそこそこ善良な信者であったかもしれないが、いかんせん前世の記憶があるせいでユーリ自身は熱心な信者となる事はないだろう。
今現在すぐ隣に女神がいるから流石に「神はいない」とか「神は死んだ!」なんて言うつもりはないが、見た事のない神様までは信じていない。否定するつもりもないが、正直どちらでもいい、というのが本音である。
要するにうちは無宗教ですー、とか仏教ですー、って言いつつクリスマスは全力で楽しむ典型的なタイプだ。この世界からするとそれは異端なのでは……? と思わなくもないが、女神が特に何も言ってこないのでとりあえずセーフなのだろう。
その地獄のような場所、とやらが果たしてどこなのかまではクロフォードにはわからなかったらしい。カリンもどうしてあんな場所へ行ってしまったのか理解はしていないようだった。
けれど、そこから脱出する直前でシュウと出会ったのだと。確かにそう言っていたそうだ。
「そこを考えると先輩によってカリンが助け出された、と受け取っていいとは思うんですが……」
「助けたかどうかはわからないけど。でもシュウが来たからカリンが出る事ができた、という可能性もあるよね。それを助けと呼んでいいのであれば」
テロスの言葉にクロフォードはテーブルに肘をつき、なおかつ頭を抱えだす。多少記憶が曖昧な部分があったとしてもカリンは嘘を言っていないのだろう。けれど彼女の口から出た情報だけでは手がかりが足りな過ぎる。
わかっている事はカリンが迷い込んだであろう場所に今もシュウがいるという事で、最悪無事ではいないということだろうか。
冷めてきたお茶を口にしつつ、ユーリは何ともいえない表情を浮かべていた。考えてもみてほしい。
雄黄のファーブラはバッドエンドもデッドエンドもそれなりにあったけれど、正規ルートはちゃんと全員無事に生還しているし、後日談も平和に終わっていたのだ。
最後の最後、カリンの「今日も一日頑張ろう!」というセリフとともに画面は青空、というありがちなエンディングだったがちゃんと日常が戻ってきたという終わり方だった。
メヴィメリルという新たな友人ができたとか、少しだけ今までとは違う変化もあったけれどいつもの日常、という終わり方だったのだ。
それが現実はこれである。
もうホント、軽率にプレイヤーの心をへし折ろうとする展開やめよ? その後はきっとそれなりに幸せな人生送ってるんだろうなーって思ってたプレイヤーの心をバッキバキに丹念に折っていくその展開は一体誰が得をするというのか。ハッピーエンドだと思ってたけど実はこの後バッドエンドが待ってましたとか、そういう上げて落とす方式は心が死んでしまいます……!
正直ユーリもクロフォードと同じポーズで項垂れたかったが、そんな事をすれば同時に心の声がうっかり口から駄々洩れるのではないかと思ったのでなるべく平静を装ってお茶を飲む事に専念する。
「地獄のような、とは言ってたんですが、その前にもう一つ。雪に覆われた場所に出た、とも言ってたんですよね。今は確かに冬だけど、この辺りはあまり雪なんて積もらないし……雪に覆われた、というのならそれこそカリンが発見された洞窟あたりも違う。嘘をついていないのは確かなんだろうけれど、それじゃあ彼女は幻でも見せられていたのだろうか、と考えるとどこまで信用できる発言なのか……」
「あ~ぁ、それで私に連絡を? 確かにボレアース大陸って一年中冬みたいな印象持ってる人多いですもんねぇ。実際はそうでもありませんけどぉ。あっちだって一年中雪に覆われてるのは北も北ですぅ。私がいるところは降って積もっても数日で溶けちゃいますからぁ、覆われたとは違いますねぇ」
考えても真実に到達できそうにない。めんどくさい事に巻き込まれたなーという顔をしていたアリスにいたっては今はもう考える事を放棄したのか大きなあくびを一つした後、近くにあったメニューを眺めている。
「あとは、その、旅人ならそういうわけわかんない出来事とか他の大陸でもあった、みたいな話聞いた事ないかと思って」
「いやないです」
片手を振りながら否定する。そんないきなり行方不明になった人物の話を聞いたり、ましてや発見したら大怪我をしていたなんて話、聞いていたなら覚えているし他の誰かが知っていたなら少なくとも話題になっているはずだ。
まだ大きな事件というにはいかがなものか、という感じではあるがギルドの方でもそういう話があれば情報を集めたりはするだろう。
「自分と関わりの薄い所属からなら別の情報もあるかと思いましたが、そうですか」
言いつつも、クロフォードは思った程落胆はしていなかった。元々期待もしていなかったのだろう。
「多分、だけど。そのうち戻って来るんじゃない? 無事かどうかは運次第だと思うけどね」
「えっ、テロスが気休めみたいな事言い出した!?」
一体どうした!? とばかりに凝視してしまったからか、逆にテロスに睨まれてしまったが驚きが強すぎてそれどころではない。
「どうしちゃったのテロス。普段の貴方ならじゃあもう諦めなよ、とか言いきってるところじゃない」
「その現象に心当たりがないわけじゃないからね」
「まさかの貴重な情報源!? レシェ、捕らえろ決して逃がすな!」
「えぇ~? いやあの、捕らえろもなにもぉ、逃げるつもりもない人を捕まえようとしたらそれこそ逃げられますよぉ」
「あ、うん、一応言っとくけどテロス魔術の発動速度半端なく早いから手荒な真似はやめといたほうがいいと思う」
まず大丈夫だろうとは思ったが、念の為言っておく。クロフォードは確かそれなりに優秀な魔術士ではあったがゲームでは詠唱とかきっちりするタイプだった。こっちでも実際にそうであるならば、まず間違いなく詠唱中にテロスに魔術叩き込まれて終了する。
「ちゃんと話してあげるから落ち着きなよ青二才」
言われてクロフォードが「えぇ? 君の方が年下に見えるのに?」といった表情をしていたが、特に反論もせずに姿勢を正す。世の中には魔女とか精霊とか魔族とか天使とかエルフとか、まぁ見た目通りの年齢ではない種族がいるのでクロフォードもテロスのことをそういう種族のいずれかだと思ったのだろう。
「カリンは多分、穴に三度落ちている。そのせいで反動が強くあったんじゃないかな」
「穴……?」
「そう。一度目はアカデミーのどこか。そこから雪に覆われた場所。そして二度目が地獄のような場所。正直この時点で身体的精神的な負担は大きかったと思うんだけど、そこから戻って来る時に三度目。生きていたのは運がいい。常人なら二度が限度だろうからね」
「はいせんせー! 展開が急すぎてついていけないです」
「そうだそうだ、何だその穴に落ちたら別世界、っていうメルヘンもどきは」
あまりにもナチュラルに穴とか言い出されて思わず話の腰を折ったのはユーリだけではなくアリスもだった。
「キミらが知らないのは仕方ないよ。いかんせん大昔の話だからね。あと、この辺りは滅多に出現しないし。今回の件はその滅多に出現しない穴が立て続けに発生した不幸な事故とかそういうやつだと思うよ」
「待ってください、その穴っていうの、多分僕たちが知ってる穴とは違う何かですよね? 僕たちの知ってる穴は落ちても別の場所になんて行けるわけがないし」
「まぁそうだね。ところでボク何気にお腹空いてきたからちょっとメニュー見てもいいかな?」
「いやあの、えっ、ちゃんと話すって言ったじゃないですか。この青二才めに!! 騙したんですか!? 酷い、僕の事を弄んだんですね!?」
「はぁ? 話すけどそれはボクの空腹を満たしてからだよね。優先順位としては当然そうなるんだけど」
アリスが手にしていたメニューを渡せと催促しつつ言い切るテロスに、アリスは「私餡掛け焼きそば」と言ってから手渡す。
「なぁユーリ、あのクロフォードというやつはその、情緒不安定とかそういうあれなのか……?」
わざわざ席を立ってまでこちらに来て小声で問いかけてくるメルに、
「一応ほら、尊敬している先輩の危機だからねぇ……でも割と通常通りな気がする」
ユーリとしてはそうこたえるのが精いっぱいだった。
有無を言わさない迫力に圧されてか、クロフォードからは特に文句が出なかったのでテロスはそのままメニューを眺めている。
「テロス、私小籠包がいい」
とりあえず、現時点でユーリが言えるのはこれが限界だった。




