勇者、巨人と相対する(数秒だけ)
進めば進むほどここは藍緑エクエルドでのメインステージである地下ダンジョンだという確信だけが強くなる。階層はまだ浅い所なので出てくる魔物は強くはない。けれどもここの魔物たちは倒すと跡形もなく消える。煙のようにパッと消えて、時々アイテムが落ちていたりする。
(こっちは完全にゲームの仕様みたいだなぁ……)
大抵の敵は出現と同時にルーチェが斬り捨てているし、数が多い場合はルリもそこに加わっているので正直ユーリにやるべきことはまず無いといってもいい。事実先程からずっとメルと一緒に眺めているだけだ。
何だか故郷から王都に向かう途中でテロスと出会った時のようだとすら思えてくる。あの時もテロスがほぼ遭遇した魔物を倒してしまって、ユーリはメルと一緒にそれを見ているだけだった。
地下というわりに空気がこもっているような感じもしないし、魔物は倒せばすぐに消えるので血の匂いが充満して咽返るような、という事もない。地下に魔物の死骸が放置されたままであればやがて腐敗し、虫が集るだけならいいが、おかしな病原菌でもばらまかれようものならユーリたちも無事では済まないだろう。そういった危険性が多少減っているのは精神的にも負担が少ないので望むところだ。ユーリであれば倒した魔物はアイテムボックスに突っ込むだけだが、世の中の冒険者の半分はアイテムボックス未所持だったりするのだ。そうなれば必要な部分だけを切り取って後は放置、なんて事だってある。場所によってはそれで問題ない所だってあるが、こういった場所でそれをやれば流石に大問題だ。
だからこそ、綺麗さっぱり消滅してくれるのはいい。解体する手間もないし、時々戦利品とばかりにアイテムが落ちているので魔物を倒しても手元に何も残らない、という事もない。
最初は戸惑っていたルーチェとルリも、何体か倒した時点で早々に慣れたらしい。羨ましい、その順応性……! とばかりに見ていたら、何故かルーチェに倒した魔物の魔石を手渡された。
「いや欲しくて見てたわけじゃないんだけど」
「うん、でもあげるね」
返そうとしても受け取る気配がない。とりあえず仕舞い込む振りをしてアイテムボックスの中に突っ込んだ。
「それにしてもここ、おかしな所だよね。魔物は倒せばすぐ消えちゃうし。片付けるって点では楽なんだけど。
でも、食料を確保しようと思ってたらかなり厳しいよね。広くないなら食料無しでも突っ切る事ができるかもしれないけど、多分ここ、とんでもなく広い気がする」
「確かにな、普通の魔物なら倒した時点でほぼ確実に肉が手に入る。勿論ゴーレムなどの魔物であれば肉は無理だが……しかしここでは魔物を倒せば代わりとばかりにアイテムが出現するが、肉を得られる機会は少ない。ここを調べるにしても、事前準備は確実にしておかねば途中で餓死も有り得るぞ……」
きっ! とルーチェを睨みつけつつルリが頷く。その視線は明らかに、そういう準備をしてから臨まないといけない場所に無計画にホイホイ足を踏み入れやがって、と言わんばかりだ。
目は口程に物を言うとはよく言ったもので、ルリはそれが大変わかりやすかった。
そうして進んで行った先で更に下へ行く階段を見つけ、進んでを繰り返し。
現在目の前には一見すると壁画に見えるがその実扉、といういかにもこの先に何かありますと言わんばかりのものがあった。
地下ダンジョン最初のボス戦か……とユーリが思う間もなくルーチェが扉を開ける。心の準備も何も無しだ。
ここに来るまでの間にルーチェと関わると余計に疲れる、という事を理解してしまったルリは何か言いたげな目をしてはいるものの何も言わなかった。
ルリが言いたいのはまたお前何の警戒もなしに、とかそういうやつだろう。何というかこのメンバーの中だとルリが一番猪突猛進に突っ込んでいきそうなイメージだったが、実際の所ルリは冷静に罠がないかを探り慎重に進むタイプだった。
部下がいたり準備が万全であったなら話は違ったのかもしれないが。
ゴゴゴ、と重々しい音とともに扉が開いていく。そこから徐々に見える向こう側。
部屋の中央には巨大な何かが立っていた。
「へー、ここ他の部屋と何か違うね?」
明らかにやべぇ魔物がいる室内に、ルーチェはするりと入っていく。ルーチェだからユーリは心配していないが、これが他の人物であったなら「ばっかお前」とかそれくらいの事は言っていたかもしれない。
この部屋の番人です! とばかりに仁王立ちしていたのは一つ目の巨人であった。片手にはごっつい棍棒があり、それを今は床に立てている状態だ。一つしかない目は確かにこちらを見据えている。今更なかったことにして部屋から出るわけにもいかないのだろう。
というか――
「ああああああ! やっぱり開かないじゃないか! だから! こういう時は慎重になれと! 何度言ったら!!」
何だかそのうち喉が切れて血でも吐きそうな勢いでルリが叫ぶ。重々しい音を立てて開いた扉は、閉まる時は音もなく気付いた時には既に閉まった後だった。静かに閉まるなら開く時もすっと開けばいいのに、と内心で思うがきっと演出は大事なのだろう。
天井を見ると巨人が腕を伸ばしても手が届かない程度に高かった。この部屋に入る直前までの通路の天井の高さと比べると明らかに違いすぎて、ここ設計どうなってるんだ……? と何度目かの疑問が生じるがそもそもゲームでは入るたびに一部を除いてほぼ全ての部屋は変化するのだ。
「おかしな場所じゃの。ひたすらにマナが渦巻いていて、妾もわけがわからなくなってくる」
空間そのものに何らかの手が加えられている事は確かなのだが、メルですらそれがどういう風になっているのかわからないらしい。
「ただ、何というか……その割にあまり悪意とかそういったものが感じられないのが余計にちぐはぐというか」
終わりがどこにあるかもわからないダンジョン。戻ろうにも引き返そうと思った時には消えている階段や扉。生きて帰す気? あるとお思いで? とダンジョンに意思があれば言ってそうな感じではあるし、そもそも最初のボス戦から既に一つ目の巨人とか初心者に向けた魔物じゃないものがいる時点で悪意と殺意に満ちていそうだが、メルにはそういった悪意は感じ取れないという。
ちなみにここまで来るまでの間に入手したアイテムは、傷薬や毒消し、少量の魔物の肉と瓶に詰められた水。そして複数の魔石だけだ。ダンジョンの序盤としてはまぁ、妥当ではあるかなとユーリは思っているが、藍緑エクエルドを知らない当事者たちからすればしょぼいと思っても仕方のないものでもある。
もっと奥へ行けばそれなりにレアなアイテムも入手できたはずではあるのだが。そんな事知ったこっちゃない、という他の当事者からすればここはあまり旨みのあるダンジョンとは思えないし、ギルドに探索依頼を出すにしても……どっちかというと報酬とか見つけた物を勝手にどうぞ、探索は自己責任で。と放置した方がマシに思えてくるだろう。
ずぅん、と重々しい音をたてて巨人が手にしていた棍棒が一度床に打ち付けられる。その音だけで棍棒が大変重量のある物であり、普通の人間があんなのの攻撃を食らえば一撃でミンチになるというのがハッキリとわかってしまう。多分、障壁で防げなくはないと思うのだが……タイミングを間違えば障壁もろとも押しつぶされてしまうのでは……? 身体中の骨を粉砕されて圧死する未来を垣間見て、流石にそんな死に方はイヤだなぁと思う。圧死という点では前世も似たようなものだろうと思うのだが、寝ている間にぽっくりなのと起きている間にぐしゃり、では大分違うと思っている。
ぶんっ、と風を切る音がして棍棒が軽々と持ち上げられるのを見る。その動きで、思っている以上にもしかしてあいつの攻撃は早くくるのでは……? と警戒して――
ずずぅん……! と更に重々しい音をたてて巨人が後ろへ倒れていった。
「え……?」
その光景はまるで持ちあげた棍棒が重すぎて、持ちあげたはいいもののそのまま後ろへ倒れてしまった……そんな風に見えた。
「まさかの、自滅……?」
起き上がる前にボコボコにすれば倒せないかな、と思って視線を倒れてもがいているであろう巨人へと向けたが、ある一点で止まった。
巨人の片足がなくなっている。どくどくと広がる血だまり。何が起きたかわからないが走る痛みに巨人が叫ぶ。
「あのなユーリ、そなたがあの棍棒見上げてる間にルーチェがあいつの足斬り落としておったぞ」
言われてルーチェの姿を探すと、巨人から少し離れた場所で剣についた血をぴっと振り払うようにしているのが見えた。
ユーリが向けた視線に気づいたのだろう。剣をリングへ戻してルーチェはにこりと微笑みながら片手を振ってきた。
「やっぱり図体がでかいと攻撃当てやすくていいよね」
「攻撃当てやすい以前にルーチェの剣切れ味良すぎじゃない……?」
「うん♪ おかげで愛用してる」
「なっ……は? いつの間に……?」
ルリも困惑しきりだった。巨人の動きに警戒して攻撃をかわすか掻い潜って懐に潜り込んで攻撃するか、どちらにしても対処しなければならないと思っていたはずが、気付いた時にはルーチェが片足ぶった斬っていたのだから無理もない。ルリもユーリと同じように巨人の動きに注目しすぎていて、ルーチェが何をしているかなんて頭の片隅からも消えていた。ただメルだけがその光景を見ていただけだ。
メルに至っては巨人が大きすぎて仰ぎ見ると首が疲れそう、という理由でルーチェの方を見ていただけなのだが。
自分の愛用の武器を褒められて嬉しそうにしているルーチェだが、彼の手にしていた双剣の長さを考えると一撃で巨人の足を切断できる感じじゃないのでは? とも思うのだがそこはあまり追及しないほうがいいだろう。斬りつけるだけなら足の半分くらいまでは剣が刺さるけど長さが足りずに中途半端にくっついた足がバランスを崩して倒れるだけ、という事にしかなりそうにないが、斬られた足の断面を見る限り一撃ですぱっといっているのでユーリはそれ以上考えるのをやめた。考えても最終的に勇者怖い、の結果にしか辿り着かないからだ。
巨人はまだ完全に倒されたというわけではないのか今も尚もがいているが、流石に立ち上がる事はできないしこの状態ではもうどうしようもないだろう。動けない敵に興味はないのかルーチェは早々に部屋の周辺を見て回っている。
ユーリはメルを連れてルーチェのもとへと駆け寄る。ルーチェが見ていたのは目立たないようにひっそりと取り付けられていたドアだった。
ボスを倒せば確かここから次の階層に行くための階段と、その手前に戻るための転送装置がある小部屋に繋がるはずだ。完全に倒したわけじゃないから開かない可能性はあるが、開いたとしてもそもそも転送装置が本当にあるかどうかも疑わしい。
藍緑エクエルドの地下ダンジョンではあるが、ゲームではあたりまえに存在していた物がいざこっちでも存在すると考えるのは少し楽観視しているように思う。
これで戻れなかったらダンジョンを制覇するしかないな、と最悪の展開を予想していたがルーチェがドアを押し開けると問題なく開いた。
ルリは今もまだ倒れてもがく巨人を見ているが、そのうちこっちに来るだろう。転送装置の有無はルリがいないうちに済ませておきたい。ユーリはあえてルリを呼ぶ事をしなかった。
ドアの向こうは小部屋になっていて、中央にはぼんやりと光る杖のような物が床に突き刺さっている。
「杖? じゃないね、オブジェ、とも違う気が」
突き刺さっているように見えるが床には罅割れ一つない。床から生えているかのようなそれを、流石にルーチェも強引に引っこ抜くつもりはないらしく、そっと指先で突くだけに留める。
「これは……」
「メル、知ってるの?」
多分これ転送装置だと思うんだけど、とは言えずにユーリがメルに視線を向けた直後。
カッ!! という音が聞こえてきそうな勢いで室内に光が満ちた。
「うわっ!?」
至近距離でその光に目をやられたであろうルーチェの声。直接見たわけじゃないユーリとメルもあまりの明るさに思わず目を閉じる。
「おい、一体今のは――」
遠くでルリの声が聞こえたが、何故か途中で聞こえなくなった。




