封鎖された教会というホラーにありがちな場所
朝というには遅く、昼というには早く。そんな微妙な時間帯に起きたユーリたちは宿の食堂が準備中だったのもあってルーチェ曰くそれなりに美味しいカフェへとやってきていた。てっきり宿の方に政府の人間が探りを入れている可能性を考えていたのだが、特にそういう事もなかったようだ。
昨夜のルリの様子を思い返すとこんなあっさり普通に朝を迎えているのが不思議なくらいだが、それはそれで何だか嵐の前の静けさのようでもある。
どこか落ち着かないままに、それでもユーリはお勧めのパンケーキセットを注文していた。
「メル、朝から結構ガッツリいくね……?」
「うむ、好奇心には勝てなかったのじゃ」
特製クラブサンドとかいう一食どころか二食分賄えそうなボリュームたっぷりのそれを、大きく口をあけて齧り付く。
正直パンケーキもフルーツがこれでもかと乗っているので見ているだけでも満腹になりそうなのだが、横で頬を膨らませているメルを見るとパンケーキはまだ量が少な目なのでは? という気がしてくる。
向かいに座っているルーチェが食べているスープパスタが一番量が少ないように見えるが、冷静に考えるとパスタもかなりの大容量だった。
「この後下手したらしばらく食事も休憩もありつけない可能性あるからね。今のうちにしっかり食べておいた方がいいんじゃない?」
ルーチェの言う事はもっともだ。昨日撤退したルリが上にどういう報告をしたかによっては、ユーリたちの身も危ない。
「情報収集、にしてもなぁ。どこからどんな情報を探るつもりじゃ? 古来より情報が集まるのは酒場と相場が決まっておるが、流石にこの時間じゃやっておらぬし、何より妾たちがそんな場所に行ったとて冷やかしととられてあしらわれるのが目に見えておる。
次に情報を得られそうなのはギルドじゃが……下手をすれば足を踏み入れた途端に妾たちが危険に陥る可能性だってある」
「ちょっとメル、ソースついてる」
「おぉ、すまぬ」
口の端を拭ったものの、再び齧り付くその様子を見るに食べ終わってから拭けば良かったかなとユーリが後悔した瞬間、
「逆に、政府に関係してそうな相手の前に姿を見せるつもりだけど」
あっさり言ってのけるルーチェに、ユーリは思わずルーチェの顔を二度見した。
メルも咀嚼するのを一度止めて、ルーチェを凝視していた。
「そいつらの反応である程度分かる事もあるかなって。たまたま昨日あの場所で出会って、あの後別れた可能性すらあった僕たちの事をどうするつもりかである程度の想定はできるというか」
「それ、繋がりがあると思われて私たちを人質にしようってなった場合は?」
「知らぬ存ぜぬを貫いて、そいつら潰すけど?」
あまりにもあっさり言われて何を言ってるんだろうこの勇者、と思わず口から零れそうになったのを誤魔化すようにフルーツを自らの口に突っ込んだユーリは改めてルーチェの言葉を脳内で反芻したが、最終的に辿り着く結論はやはり何言ってるんだろうこの勇者、でしかなかった。
「潰せそうにないと判断した場合はどうするのじゃ?」
「その時は仕方ないから逃げるよ。相手の数が多すぎるっていうなら逃げて相手が散り散りになったあたりで各個撃破すればいいし、実力的に勝てない相手だというのなら……うーん、どうだろ。そういう相手に出会った事ないからわからないけど、その時は仕方ない。ユーリたちだけは何としてでも逃がしてみせるさ」
「成程つまりはノープラン、と。場合によっては妾たちはそなたを見捨てて逃げる事も有り得るが」
「構わないよ」
昨夜あれだけの数を相手に平然としていた相手が逃げなきゃならない程の数となると、それこそ一部隊とか何かそういう単位になってしまうのではないだろうか。魔王と互角に戦う予定がこの先にあるであろう勇者だからと言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、流石に化物じみている。
その後は特に会話もなく黙々と食事を済ませ、店を出て情報収集しましょうか、となったわけだが。
店を出た直後、何の脈絡もなくばったりとルリと遭遇した。
部下を引き連れているわけでもない、たった一人だ。まさかこんな早くに再会するとは、と思わず足を止める。このまま何事もなくすれ違うには、あまりにも難しい状況だった。
こちらがルリに気付いたのとほぼ同時にルリもこちらに気付いたからだ。
「あっれー、昨日何かわけわかんない状態で僕らの事火だるまにしかけた悪逆非道の限りを尽くしてる政府のお役人さんじゃありませんか」
ルリが何か言うよりも早く、ルーチェが声をかける。
「貴様らは……っ! おい、ウォルスはどうした?」
「あぁ、あの人? 昨日あの後別れましたけど。僕らは普通に宿に戻ったし、あの人は多分家に帰ったんじゃないですか?」
さらりとルーチェが言ってのけるも、やはり信用ならないのだろう。ルリは油断なく周囲を見回し――
「…………本当にいない、だと……!?」
嘘だろお前……! と言いそうな顔だが、ウォルスが気配を消していた場合気付くものなのだろうか、とユーリはうっかり疑問を口に出しそうになる。
ルリのウォルスに対する並々ならぬ執着を見る限り、ちょっとの気配でも気付きそうな気がしたが気付けるのならそもそもとっくに隠れ家を見つけているよな、と冷静に思いなおす。
「いや、だが……本当にあれ以降関わっていないとは限らない。貴様らをしばらく監視する」
「うわ、こっちの意見完全無視して決定するとかどうなのそれ。どうせ役所に駆け込んでもなぁなぁで済ませられそうだし行かないけど、かわりにメソン島以外の場所で精一杯悪評流すね。外からの人材がやってこなくても平気かもしれないけど……今の所は」
妙に含みを持たせた言い方だったが、ルリがそれに対して突っかかる事はなかった。本人も一応強引だとは理解しているのだろう。
けれども、とユーリはルーチェを睨みつけるルリを見て何となく把握する。
ルリの反応からすると、ユーリたちはウォルスたちと繋がりがあるという部分に関しては完全に黒とも言えず、かといって昨夜の件を考えると白とも言えない。グレーで見られているのだな、と。
しかしルリがいつまでこちらを監視するつもりかはわからないが、このままの状況が続くとウォルスたちとの合流はできない。かといって強引に撒いた場合、やはり関係していたと思われる。
自然な流れで別れなければ、関係ない部分まで勘繰られて大変面倒そうな予感がする。
「まぁいいや。ついてくるなら好きにしなよ。僕たちは君の事を一切気にしない。じゃあユーリ、当初の予定通り行くとしようか」
「えっ? どこに?」
昨夜のウォルスとのやりとりから考えて、ここでイヤだと断ってもルリはついてくるだろうし、ごねればごねた分だけいらん勘繰りをされそうだなぁ、と穏便に事を済ませる方法を考えていたがルーチェに声をかけられて一瞬何を言われたのか理解できなかった。
当初の予定? 当初の予定、とは……?
そんな感じで顔に出ていたのだろう。
「あれ? 覚えてない? メルはどうかな?」
「妾も知らぬぞ。それ本当に妾起きてる時に話した事か?」
メルの様子からしてやはり聞いていないのは確かだ。という事はこれは完全にルーチェのアドリブだ。
「ほら、昨日助けたちびっこがいただろう? その子が言ってた教会の地下とか興味あるから見に行くって話」
そんな話は一切聞いていない。言われていないと断言できてしまうのだが、ここでそういう反応をしてルリに追及されるのも厄介だ。話を合わせるべきかと思った直後、
「昨日助けた……? まさか貴様らあの女と共に逃げていたこどもの一人と接触していたのか」
「よくわかんないけどとりあえず宿に連れてって話聞いて、遅い時間だったから家の近くまで送ってったよ。自宅に戻りたくないみたいに言ってたから、多分友人の家の近くとかそっち方面かな? その子の話からわかったのなんて、教会の地下で綺麗な女の人を見つけたっていうのと、送ってった途中によく遊ぶ空家があるって事くらいで。
その空家を見に行ったら昨日のあれだったわけなんだけど」
「教会……? 地下なんてあったか……?」
不思議そうに首を傾げたルリの様子を見る限り、ルーチェの言葉全てを嘘だと言うつもりはないのだろう。だからといって信じているかと問われれば恐らく信じてもいないだろうが。
全部が全部本当ではないけれど、全部が全部嘘ではないルーチェの言葉にユーリは密かにではあるが感心していた。これなら後々ミリィと知り合っていた事を知られても特に問題はない。
「ルーチェ、教会の場所わかってるの?」
思わず小声で問いかける。メルクリウスの教会はそれぞれの区画にあるというのは知っているが、直接足を運んだ事などないユーリにとってはどの区画の教会であれ未知の領域も同然だった。
「あぁ、下層の教会ならここからそう遠くないよ」
「下層、なんだ」
他の区画の教会に行く素振りはないルーチェに、ミリィから聞いた話を思い返すが彼女は教会と言っただけでどこの区画とはやはり言っていなかったように思う。
「中層は人が多くくるから遊ぶとかできないだろうし、上層は足を運ぶ人が限られてるからそこで遊んでたら追い出されるよ。
それに、下層の教会はかなり前に廃棄されたも同然で封鎖されてるからね。怖い物知らずなこども以外は行かないんじゃないかな」
「おいそこ一応立入禁止なんだが」
ルリが眉間に皺を寄せるが、ルーチェは一向に気にした様子がない。
「建物が老朽化してるからだっけ? まぁ、危ないなと思ったらさっさと引き返すさ」
「なぁユーリ、こやつかなり自由すぎやしないか?」
ルリが監視すると言った時は理不尽さすら感じていたが、今の教会の部分に関してはルリがとても正しい。立入禁止になっている場所にホイホイ入り込まれて怪我をするだけならまだしも、そこでうっかり事故って死にましたなんて事になったら教会を取り壊すなり建て直すなりの目処が立った時に余計な手間もかかるのだから、ルリの反応は当然と言える。
「まぁ、ルーチェは最初っから自由だったよね」
そうでなければこんな事になってはいないのだから。そう言われるとメルとしても納得するしかなかったのだろう。そうじゃったな、と小さく呟いて先を行くルーチェの背を見上げる。
その足取りに迷いはない。後ろからついてくるルリも特に何も言ってこないので、道を間違ったりはしていないのだろう。立入禁止の場所らしいので、万一間違ってても口を出すつもりがないだけかもしれないが。
けれど時々振り返って様子を確認してみると、ルリの眉間の皺が深くなりつつあるので道は正しいと思われる。
ここまでの様子から何となく把握できた事と言えば、ウォルスが絡まなければルリは案外マトモなのかもしれない、という事だけだった。




