重要なフラグをへし折ったかもしれない
「流石に狭いな」
「そりゃあこんな人数でここに来る予定これっぽっちもなかったからな」
アリスの歯に衣着せぬ感想に、ウォルスは呆れたように周囲を見回した。
室内にいるのはアリスにウォルス、ミリィ、レン、ルッセ。
本来ならばこれだけのはずだったのだ。だがしかし実際には更に、ユーリ、メル、ルーチェが加わっている。
ウォルスが隠れ家として使っている建物の一室にそもそもこれだけの人数が集まる事は、隠れ家の持ち主である本人ですら想定していなかったに違いない。
隠れ家は何というか、最低限生活ができない事もないけど基本は寝るだけのために戻って来る部屋、といった感じだった。家具も最低限しか置かれていないため余計にそう思えるのだろう。物が少ないというだけならシンプルの一言で済むのかもしれないが、シンプルというよりは殺風景という表現がぴったりだった。
「まぁいいや。それで? これからどうするつもりなんだ? 生憎私は現状をどうにかできるとは到底思えない。何か知らんが政府の連中とやらは私を回収したいのだろう?
……なんでだ? もっかいあの棺桶に突っ込んでオブジェとして飾るのか? 悪趣味すぎないか?」
アリスは言葉にしつつ考えを纏めようと試みたのだろう。しかし完全に失敗している。
「いや、恐らくあの棺桶に突っ込むつもりはないはずだ。政府が必要としてるのは、アリス、君の記憶だろうからな」
顎に手をやりつつウォルスが躊躇いがちに言う。
「私の記憶? 余計にわけがわからん。うら若い乙女の秘密を覗き見たいとかそういう性癖をお持ちの連中なのか? 政府の奴らってのは」
「うら若いかどうかはさておきだ。アリス個人の、というよりはかつてのメソン島の記録が欲しいんだろう。今は既に都市が存在してそのままずっと続いてきた。けど、その都市ができる以前のメソン島の記録とかそういったものがほとんど残っていないんだ」
「私が都市ができる前の人間である、という根拠は? いや確かに都市は当時まだなかったけれども」
「……君が発見された当時、そこには石板も存在していた。それに刻まれていたのさ。原初のメソン島を知る唯一の賢者だと」
その言葉に耐え切れずアリスが吹き出した。原初はまだしも、賢者という部分がツボに入ったのだろう。
「いや悪い悪い、正直記憶は割と曖昧だからな。そのうち思い出す事もあるかもしれんが、そんなもの期待されても困る」
「その理屈が通じればいいけど、まぁほぼ通用しないと思うぞ。政府に連行されればそこで閲覧できる限りのメソン島の歴史を叩き込まれつつ、君の記憶にも執着される。良くて軟禁悪くて監禁生涯飼い殺しだな」
「うわぁ、なにそれぇ……」
心底イヤそうな顔をするアリス。気持ちはわからないでもない。会話の流れに入れそうにないのでおとなしく聞いていたが、同じくその場でおとなしくしていた他の面々も眉間に皺を寄せたりしている。自分の意思で好きに引きこもっているならまだしも、強制されてとなると苦痛でしかない。
(それでなくともこの世界、文明的には前世とそう変わらないんだけど娯楽系統はあんまり発展してないからなぁ。パソコンがあってもネットはできないし。世界のマナ濃度が安定してないからってのが理由だったかな……? 同じようなマナ濃度の場所があったとしても、ずっとその濃度が維持されるってわけじゃないから通信系統はある日いきなり使えなくなるなんて事もあるみたいだし)
こちらの世界で引きこもるとなると、早々に暇を持て余しそうだな。幼い頃にそういう考えに到達してしまったユーリは、再びその結論に至ってしまった事に対してそっと溜息を吐いた。
「それなら私はメソン島にいない方がいいのでは? 流石にまさかその政府の連中とやらも他の大陸とやらにまで追いかけまわしてくるガッツはないんじゃないか?」
「ギルドに依頼出されたら政府以外の人間にも下手したら追い回されるけどな」
「うえぇ……何だそれホント意味わかんない」
「確かにメソン島に留まるよりは、他の大陸に行った方が多少はマシだろうな。メソン島に留まってこそこそするよりはそっちの方が建設的だが」
そこでウォルスは言葉を止めた。じっとアリスを見る。
「な、なんだ?」
「いや、仮にこの島から出るにしてもだ。色んな意味で大丈夫か?」
「おいそれどういう……あ、いや、そう、だな」
あまりにも雑な心配の仕方につい反射的に言い返そうとしたようだが、気付いたのだろう。思わずウォルスにつかみかかろうと伸ばした手を力なく下ろす。
藍緑エクエルドの展開に沿うとするならば。
政府の連中に追い回されて地下ダンジョンへと迷い込む。入るたびに形の変わるランダムダンジョンを進み、一定階層ごとにいるボスを倒せば使えるようになる転送装置によってアリスたちはウォルスの隠れ家に戻ってくるのだ。
しかし現在はその肝心な部分をすっ飛ばし隠れ家にいる。ダンジョンへ行く理由は今のところなくなってしまったわけだ。
アリスがダンジョン探索に乗り出したのは、本人に自覚はないが永らく封印されていた事もありいざという時にマトモに動けるようになるため。要はリハビリである。
そうしてダンジョンの奥へ進んでいくと、政府に属する人間とダンジョンで遭遇して戦ったり仲間キャラとのイベントが発動したりする。
最下層へ辿り着きラスボスを倒す頃には政府側の人間との決着もついていたはずだ。
いかんせん割と初期の頃に出たタイトルだったので、伏線投げっぱなしになってる部分があったような気もするし、そもそもラストどうなってたっけ? とユーリの記憶も朧気だ。
クリア後に追加される深層へ向かうダンジョンでアイテム回収したり隠しボス倒す方に時間を費やしていたのでストーリー? オマケ要素かな? くらいの忘却っぷりである。
そのダンジョンへ行っていない状態というのはつまり、アリスには今の所何もないのだ。
自分で身を護るための手段は最低限、メソン島の外に出た事がないので他の大陸に関しての知識、旅に出るなら必ず必要になる先立つ物さえも。頼れる誰かの伝手があるならまだしも、長い年月を封印されていた彼女には家族も友人と呼べる存在も既にいない。
何より、アリスには現代の知識がない。メソン島に都市が七つ建設される以前の人間だ。根本的な部分はどうにかなったとしても、ここ数年の――それこそ知っていなければおかしい情報すらアリスは知らない。田舎から出てきた、という言葉で誤魔化すにも限度がある。
仮に、メソン島を出て――船に乗るのは金銭的に難しいだろうから陸路でアナトレー大陸に行ったとして。一人で生活するにしても住む場所をすぐに確保できるわけがない。ギルドで冒険者登録をしてすぐさま誰かのパーティに入れてもらえば最低限の衣食住はどうにかなるかもしれないが、相手が必ずしも善人であるとは限らない。色々と欠けた知識のアリスを言い包めようと思えば、一見そうは見えないようにしている悪党程容易くできてしまうのではないだろうか。
アリスを一人だけにしなければいい。結論としてはそうなのかもしれない。けれどウォルスは確か目的をもってこうしてメソン島に隠れ住んでいるはずだし、そうなれば他の大陸に出るというわけにもいかない。ミリィたちの所に身を寄せるのも無理だろう。そんな選択をすれば即座に政府に狙われる。
「メル」
小声で名を呼ぶと、既に何を言われるか想像はしていたのだろう。
「まぁ、大丈夫、だとは思うが」
それはそうだろう。タイトルが違うが一応主人公側の存在だ。メルに対して酷い振る舞いをする事はないと言える。蒼碧のパラミシアに関しての知識だけ完全履修しているメルからすれば、そこにいない人物が安全かどうかの判断がつかなくて戸惑っているのだろう。
アリスをこちらで引き取るという案がたった今ユーリとメルの間で可決したが、知り合って間もない相手にそうまでする理由というものがない。厄介事に首を突っ込みにきたところまでは百歩譲ってわからなくもないが、じゃあ彼女の事うちで面倒見ますよというのは流石に理解の範疇を超える。何か企んでいると勘繰られてもおかしくはない。
今すぐそれを言える状態ではないので、その話は後回しにするとして、だ。
「政府の人がアリスを狙ってる、っていうのはともかくとして。それでアリスが島を出て行くって流れもわからないでもないんですが。
ミリィ達は? アリスが島を出たというのが確定したならともかく少しの間とはいえ一緒にいるのを目撃されたわけでしょう? 島にまだいると思われてるうちはミリィ達も危ないのでは?」
「うん、可能性としては高いね。でもだからといって、この子たちにも島から出ろとは言えないわけだ。一先ず連れてきたって事はタグのセキュリティが解除できたって事だし、そうなれば居場所を常に特定されたりはしないだろうけど、だからといってのこのこと自宅に帰るのも今はまだ危ない。
ほとぼりが冷めるまで匿うにしたって、ここにいつまでも押し込めるのはどうかと思うんだけど、ウォルスはどうするつもりだったのかな?」
ユーリの疑問に付け足すようにルーチェも続いた。
ダンジョンからここへ戻ってくると、ここからダンジョンへ戻る事もできたのでずっとこもりっぱなしというわけにはいかなかったし、何なら他の都市の隠れ家に行く事もできるようになっていたはずだ。
ダンジョンという部分をすっ飛ばした弊害がこんなところで、とそもそも弊害になっているのかという疑問とがユーリの中で拮抗する。
「そうだな、現状手を打てる感じがしないのは確かだ。俺ができる限りの事はするつもりであっても、この件が解決するかどうかも疑わしい」
「成程、つまり打つ手ゼロか。うん、わかった」
壁に背を預けていたルーチェが反動をつけて壁から離れる。
「それじゃ僕たちは一度宿に戻るとするよ」
「どういうつもりだ?」
「どう、も何も。こんだけギュウギュウになってる所で一夜明かせって? 現時点で僕たちはまだ巻き込まれただけの余所者程度の認識だろうし、君たち程狙われたりはしないだろうから、一旦戻ってそれなりに情報収集してくるだけの話だよ。
それに、そこのちびちゃんたちはもう寝落ちする直前みたいだからね。今話を続けてたってお互いロクに頭働かないんじゃ、無駄でしょ?」
言われてベッドに固まって座っていた三人を見ると、確かにミリィとルッセは相当疲れ果てて眠いのだろう。頭がゆらゆらと揺れている。
「だーいじょうぶだって。ここから出て政府につくなんて真似はしないからさ」
ひらひらと手を振りながら、もう片方の手で「行こうか」とユーリの手を掴む。
ルーチェの言う通りここで全員夜を明かすというのは少しばかり無理がある。男女同じ部屋で、というのも微妙な所ではあるが、仮に椅子やら床やらでどうにか寝床を作ってアリスが寝るとして、そこにユーリとメルが加わればウォルスは玄関からこの部屋に繋がる廊下で寝るしかなくなる。
見た目はともかく実際の性別を考えるとルーチェも部屋を出る事になるが……寝る場所がない。トイレやら風呂場は流石に寝るには適さないのが目に見えている。
「それじゃ、また明日……あれ、もしかして既に日付変わってるのかな? まぁいいか。おやすみ」
一方的に告げて、ルーチェはさっさと玄関から外へと出てしまう。手を引かれているユーリも同じくだ。その後をついてきたメルが音を立てないようにドアをそっと閉める。
「現状僕らはただ巻き込まれた旅人、でまだ誤魔化しがききそうだからね。何かあってもどうにかなるし、まずはちゃんと休んでから色々調べてみようか」
ウォルスの隠れ家から離れて、迷いのない足取りで進むルーチェの言葉に否定する部分はない。
「てっきりこれ以上は手を引いた方がいいって言うのかと思った」
「それで君が納得するのなら」
流石にあのまま放置するとなると、気まずいなんてものではない。ユーリたちが関わらなければもしかしたら地下ダンジョンへ行って藍緑エクエルドのストーリー通りに進んでいた可能性もあるのだから。
「こういうどうにもできそうにない時っていうのはね、まずはちゃんと休んでしっかりご飯食べて、それから一つずつできる所からやればいいんだよ」
確かにユーリも今となっては色々と疲れていたり眠かったりでちゃんと頭が働いていない実感がある。ルーチェの言う事ももっともだなと頷いて認めてしまうと余計に眠気が増した気がした。
それからすぐに宿が見えてくる。
(……思った以上に隠れ家近所だったわ)
眠い頭で思った事は、それだけだった。




