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ぐだぐだ異世界転生  作者: 猫宮蒼
一章 チートも何もない転生者の目の前で女神様が土下座で助けを求めてくる

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深淵のその向こう側



 星見の館について説明させられた後は、特に何をするわけでもなかった。グラナダはサフィールを伴ってギルドへと出かけていったし、セシルはネフリティスが見かねて髪を整えてもらっていた。

 魔術で温めたお湯じゃないちゃんとしたお風呂だ! と喜んでいたセシルに何だかとてもしょっぱい気持ちになったが、それはネフリティスもだったらしい。ただでさえ死んでいる目がより一層凄い事になっていたが、踏み込んで良いものかと考えたらしいネフリティスはあまり深く聞いてはこなかった。

 多分聞けばセシルはこたえるだろうと思いつつも、それはユーリが言っていいものでもない。


 二人の様子を見る限り、早々に人間関係に亀裂を入れるような事にはならないだろうと判断する。


「いやー、それにしても疲れたわー。今日はもう一日お休みしちゃっていいかな?」

「まぁ、今から外に出てものぅ……時間が微妙ではあるし、次どこに行くとも決めておらぬし」

「そうか。これからどうするかも考えなきゃね。……あれ? そういやテロスは?」

「館の中を探索したいと言っておったぞ。もしかしたら旧王都の方の館を見ている可能性もあるが、戻ってこない事はないじゃろ」

「……確かにテロスあれでちゃんとしてるから、遅くても明日には戻ってきてるか。というか夕飯前には戻ってきてる気がするわ」


 流石に館の中で迷子になりました、なんて事もテロスならばないだろう。特に気にする事もなくメルと次の目的地を決めるべく部屋に向かう。

 結晶樹の採取という依頼の報奨はグラナダが分配すると言っていたので、依頼主がマトモに払うのであればこちらも交通費の足しにできる。帰りは館経由で戻ってくればいいだけなので、片道分があれば問題ない。


 目的地を話し合うにしても、恐らくそう選択肢はないだろうなと思いはしたが。ある意味さっさと部屋に引きこもる口実でしかなかった。





 ――未だ日は沈まず、目の前に広がる光景は何も事情を知らなければとても穏やかなものだった。

 壊れてしまった家を横目に、テロスは地面へと視線を移動させる。あれから多少なりとも時間が経過したからか、そこには黒ずんだ染みがあるだけだった。


 魔女が倒れていたはずの場所。そこにはやはり何もない。


「……そっちか」


 昨夜、寝床として利用した家。セシルが使っていた家は彼女の荊で壊されてしまったけれど、自分たちが使った家は特に壊れたりはしていない。魔女が倒れていた場所からもほとんど離れていないので、家の中に入るまでに歩く距離も、時間もそうかかりはしなかった。


 室内は外と比べると驚くほど暗かった。日当たりがあまりよろしくない立地だった、という事もあるが、何というか闇が沸いて出てきたような暗さがあった。

(ユーリがこの場にいたならきっと、何このホラー展開! とかわめいたんだろうな)

 この場にいればそれなりに面白い反応が見れたはずだが、流石にこれからする事を考えると連れてくるわけにもいかなかった。


「――やぁ、無様な姿だね。魔女アルマ?」


 部屋の中心に蹲るようにしていた闇が蠢いた。それは徐々に人の姿に変わり、上半身だけを起こすと視線をテロスへと向ける。ただそちらを見ただけだというのに、それの視線は何もかもを呪うかのような鋭く、そして険しいものだ。見る者によっては悲鳴すら上げていたことだろう。


「おまえ、なんで……っ!?」

「なんでって言われても。禍根を残すわけにいかないからね」

 睨みつけられているにも関わらず一切そんな事を気にしていないテロスは、事も無げに告げる。


「あぁ、もしかして何でここにいるのがバレたのか、って事かな? 死体がない、けれど血の跡がどこかに続いているわけでもない。なら空間を転移したんだろうなと思ったけどこれだけダメージを受けているなら長距離を跳ぶのは無理だ。

 それならまずは傷を癒すために、身を隠してやり過ごすよね。邪魔者がいなくなってから時間をかけて治せばいい。でも流石にその傷で森まで行ったら魔物の餌食だ。

 灯台下暗しってやつかなって思ったら案の定だったよね」


 アルマと視線を合わせるようにテロスが跪いた。アルマの下半身は闇に覆われているだけではなく、まるで床と溶け合うようになっているためどうなっているかはわからない。上半身もほぼ闇に覆われていて、セシルの荊で開けられたはずの穴は見えなかった。アルマだと判別できているのは、首から上が闇に覆われていないからにすぎない。

 ギラギラと、それこそ殺意にすら満ちている視線を向けていたアルマは腕を伸ばせば触れられる距離でテロスが跪いた事に意表を突かれたようだった。既に構成を編み上げてあとは発動するだけ、という状況であってもこの距離ならば多少なりとも傷を負わせる事はできる。アルマが周囲の空間に視線を巡らせるが、彼女が視る範囲でマナの流れが変化している様子はない。


 術を発動させる様子もないままに、無防備に間合いにいるテロスにアルマの視線から険しさが若干消えた。


「一体、何を……」


 かろうじて声を出す事はできるが、いかんせん負った傷は大きい。息も絶え絶えに、といった感じでしか出せない声ではあったが、この距離ならば聞こえていないわけではないだろう。

 事実テロスは問われた意味を理解したのか、そっとその手を差し出した。そこには小さな果実が乗せられている。


「それ、は――」

「うん、マナベリー。生憎保存用にドライフルーツだけど、無いよりマシじゃない?」


 テロスが手にしているマナベリーは、名前の通りマナを多量に含んだ果実だった。普通の人間が大量摂取すると体内のマナバランスが崩れて健康に害を及ぼす可能性があるが、魔力を大量消費した後などであれば回復薬として利用される事もある。保存食用に乾燥させたものは乾燥させる前より含まれているマナの量が減るが、それでも魔力回復の効果は充分ある。乾燥させた方が甘さも増し食べやすくなるので、人間の間では基本的に乾燥させた物を摂取するのが主流だった。魔女などはそのまま口にすることの方が多いのだが。


 アルマは信じられない物を見るような目でテロスを凝視した。テロスはただ、じっと手を差し出している。そもそもマナベリーは人間の間でも流通しているとはいえ、その数は少ない。自力で採取しようにも生息地はそのほとんどが険しい場所だ。だからこそ、マナベリーを採取する事ができた者は売買目的でなければほぼ自分用に保存する者が圧倒的に多い事をアルマは知っている。

 目の前の魔術士もそうなのだろう。けれども目の前の彼は事も無げにその、ある種貴重とも言える果実をさしだしているのだ。


「あぁ、もしかして一つじゃ足りないかな? 少し待ってね、えぇと……」

 差し出す手とは反対の手で取りだしたのは、小さな革袋だった。器用に片手でそれを開けると、中の物をマナベリーが乗っている手に出すように逆さにする。

「あー、これしかなかったか。悪いけど、これ以上は出せないかな」

 最終的に手の上にあるマナベリーは三つ。消費した魔力を回復させるには充分とも言える。回復すれば治癒魔術で怪我を治せるし、そうなれば自由に動く事も可能になる。

 中身がなくなってしまった革袋を適当にしまいこむと、テロスはただじっとアルマの様子を見ていた。

 戸惑いつつもアルマはマナベリーと少年魔術士の顔を交互に見る。


「貴方、どうして」

 アルマにとっては当然の疑問だった。助けられる理由がない。

「助けられる理由がない、って顔してるけど、助ける事にも理由って必要ないよね? なら、助けられるのもそんなものじゃないかな。ボクは魔女じゃないから、魔女からするとその考えはおかしく見えるかもしれないけど。でも、人間なんてそんなものだよ」


 人間なんてそんなもの。その言葉に胸の中の何かがすとんと落ち着いた気がした。過去、明確な意思をもって殺した人間も、気まぐれで助けた人間も魔女からすれば理解できない理由で行動していたけれど、魔女のルールとは異なる人のルールであるならば。

 悲しい事に味方よりも敵の方が多かった魔女にとって、向けられる悪意はどれほど上手く隠そうとしても感じ取れてしまうもの。目の前の魔術士からは特に悪意を感じない。本当に、本心からそう言っているのだと理解できてしまった。

 即座に腕を伸ばしてその手にあるマナベリーを掴み取りたかったが、上手く動かせない。ぎこちなくはあったがそれでもその手にあるマナベリーに手が触れて、何とか掴むとアルマはそれを自らの口に運んだ。

 ゆっくり味わう余裕もない。喉に詰まらせない程度に咀嚼して、すぐさま飲み込む。ごくん、と飲み込んだのを確認してか、テロスがそっと立ち上がった。


「魔術士、礼を、言うわ……」

「いらないよ。言われる必要もない」

「そういうわけに……も……? っぐ、ぅあっ!?」


 滑らかに動かせる状態でなかった腕を、それでも喉のあたりに持ってくる。体内をまるで何か、細かな刃物でじわじわと削られるような痛みが広がる。予想し得なかった痛みに身体を丸めて蹲り、勝手に漏れ出る呻きは無様に人前でのたうち回る事を良しとしない魔女故のプライドで耐えようとしたが、痛みは徐々に大きくなってくる。

「な、に……っあ、ぐ、いあ、や、あぁっ、あ、ぎ、何、を」

 かろうじて言葉になったのはこれが限界だった。言葉を出そうとしても少し動かしただけで唇すら激痛が走る。呼吸が上手くできない。体内は激痛が絶えず続き、痛みをなんとかしようとしてもどうにもならず、脂汗がにじみ出る。体の表面は恐ろしく熱を持っているような気さえしたが、反対に体内は酷く冷え切っているような気がした。よくわからない感覚に振り回されつつも、我が身に何が起きたのかを把握したくても下手に動くと更なる痛みがくるため動くに動けない。いや、動きたくない。


 だというのに、あまりの痛みに現実逃避でもしようというのか口からはひたすら声が出た。呻き、悲鳴、ただの音。時々魔術士に向けての疑問を向けたが、それが果たしてマトモな言葉となっていたかは定かではない。

 痛い。熱い。寒い。苦しい。痛い。痛い痛い痛い――

 思考がただそれのみに集約していく。声を出す事ですら激痛が走るのだ。瞬きなどとうにできないくらいの痛みになり、零れた涙が頬を伝うその感触ですらまるで刃物でめった刺しにされたかのようで。

 アルマは少しでも痛みを軽減させようと目を閉じた。閉じたままなら少なくとも瞬きをするごとに来る痛みからは逃れられる。


「ボク最初に言ったと思うんだけどさ。禍根を残さないため、って。ちゃんと聞いて理解してた? キミが惨めに踏みにじろうとしていたあの小娘がこっち側についた以上、下手に回復されて後日改めて敵対するような事になると面倒なんだよね。だからキミがあの小娘に対してやったようにしたんだけど」


 目を開けていないため、テロスがどんな顔をしているかはわからない。けれど聞こえてくる声は、とても落ち着いていた。それこそ先程までと声色は一切変化がない。

 確かに怪我を治した後は魔力を充分に回復させて、今度は失敗しないように策をもっと巡らせて上手くやろうと思ってはいた。あの小娘がまだ使えるならば使うつもりでいたけれど、そうじゃないなら他の方法で、とも。それ以前に禍根を残さない、というのはここで手を貸すから金輪際関わらないようにしよう、という意味での提案だとばかり思っていたのだ。


(待って? あの小娘に対してやったようにした? これは呪いじゃない。何をしようとして――!?)

 気を抜くと痛い以外の言葉は思い浮かばない状況だったが、それでも何とか考える。そうだ、セシルに対してやろうとしたのは、結晶樹の実を――


「ま、さがああっあああぁああ!?」

 言葉にしようとした途端、更なる激痛が走る。

「うん、本当にマナベリーに見えたんならボクの幻惑術も上出来だ」


(ならばあれは、三つとも結晶樹の実だった、ですって!? そんな、それじゃあわたくしの身体、は)

 痛む身体を無理矢理動かそうとして、動かした感覚がない事実に絶望する。閉じていた目を最低限、視界が確保できる程度に開いて。


「あ、ああ、あ……ぁ」


 見てしまった。闇に覆われるようだった身体は今は既に結晶化し、白く硬質な物へ変化してしまっている様を。急速に結晶化が進んでいるため、生身だった部分が変化していく様を。


(そんな、あれは、見た目も味ですらマナベリーだった……見た目を騙すだけならともかく味覚まで、ですって……!? 随分と、えげつない術の使い手ですこと……)

 ここに来た時点で既にその術は発動していたのだろう。そうでなければ気付けたはずだ。そう思った所で既に意味のない事ではあったが。


 結晶化がどういう風に進行するかなんて知らなかったが、そんな事はどうでもよかった。激痛は相変わらず続いているが、喉は既に結晶化してしまい声すら出ない。だというのにそれより先に結晶化しそうな心臓は未だ動いたままだ。


(もしかして、死ぬまでこのまま、とか――?)

 恐ろしい想像をしたが、確かめようとも思わないし思えない。視界が徐々に白く染まる。痛いのに声も出せないし、動く事もできない。


「砕け散れ」

 最後に聞こえてきたのはそんな言葉だった気がする。


「さようなら、魔女アルマ」


 ぱきん、と澄んだ音を立てて結晶化したそれは粉々に砕け散る。

 かくして、この日、一人の魔女の存在がひっそりと消滅した。

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