ただいま
ゲームでの星見の館は基本的に王都などの大きい都市なら確実に、それ以外の町や村も大体は存在していた。周辺にダンジョンも何もないような場所に関してはない所もあったが、人が暮らす集落であればほぼ繋がっていると思っていい。
けれどこの旧王都は確かにかつて人が暮らしていただろうけれど、現時点では人が暮らす場所ではなくなってしまっている。星見の館がどのように存在しているのかとか、概念だの事象だのと突き詰めると確実にユーリの頭では理解できないからそこは置いておくにしても、廃墟も同然となったここにかつて星見の館があったとしても、今はもう存在していないのでは? と思っていたのだ。ユーリとしては。
ゲームでとある町が展開次第では崩壊するのだが、そこにあった星見の館は崩壊後には存在が消えて使えなくなってしまっていたし、ならば人が住まなくなって数年どころではないこの旧王都にはそもそも存在していないのだとしても仕方のない事だとは思っている。
けれどメルの様子を見るに、ここには星見の館が存在しているらしい。確固たる意志を持って、というわけではないが、概ね存在しているだろうという感じではある。
ゲームでは存在しなかったアイテムなんかもあるくらいだ。星見の館の有無もゲームとは違う判定があるのかもしれない。どのみち深く考えた所で納得のいく理由が見つかるわけでもなし、仮に見つかったとしてもそれが真実であるかどうかなど、メルに聞かなければわかるはずもない。
城へ続く道の途中。普通の一般住宅よりも少しだけ豪華な家が立ち並ぶその地区を見て、こういう所は王都も旧王都もあまり変わらないのだなと思う。
建物の外観が若干違うくらいだろうか。年数が経過すればデザインやら建物の材質やらで見た目の変化があるのは当たり前ではあったが、変化はそれくらいのものだった。
ここが魔物の多く生息する森の中でなければ、結晶樹が発生しなければきっとまだ王都のままだったのだろうな、と思える程度には違和感がない。
王都の星見の館があるあたりとは少し違った区域ではあるものの、星見の館は存在した。外観は多少違えども、見ればあぁ、そうなのだなと理解できる程度には星見の館だった。
あまりにも見覚えのある館にグラナダが不思議そうに首を傾げる。
「あぁ、まだ残っておったのだな。これは僥倖。帰りは楽じゃの」
「いやまぁ、うん、助かりますけども」
星見の館の館同士が繋がってるからこその転移機能。それを知っているユーリとしては帰りが楽になるし時間も短縮できるしすぐさま王都に戻れるしで言う事はないのだが。
事情を理解していないセシルはまだいい。いや、どのみち後で説明はしないといけないのだけれど。
ふわっとした説明でセシルなら納得してくれるだろう。何せついさっきまで魔女の呪いだの祝福だのに振り回されてきたのだ。何かそういう不思議な事がありますよ、で納得してくれると思っている。害がないなら尚の事。グラナダも、まぁ、難しい話はあまり好かないタイプだ。とりあえず、便利。そこだけで納得してくれる気がする。
けれども。
テロスは無理だろうな、とユーリは思っていた。探られて痛い腹はない、と思っているがそれでも。
「ねぇ、何かこの建物凄く見覚えあるんだけど、まさかここ入ったらガーゴイル戦とかないよね?」
「その可能性!?」
王都の星見の館に繋がって戻ったら何か言われる覚悟はしていた。けれどもまずそっちか、と思わず叫ぶ。
言われてみればその通りだ。王都の星見の館には今現在サフィールとネフリティスがいる。だからこそガーゴイルは出ない。けれどこの館は? 人がいなくなって数十年どころの話ではないこの館にガーゴイルどころか他の魔物が巣食っていたとしてもおかしくはない。
「……ない、とは思うのじゃが、あったらその時はその時じゃな。場合によっては撤退も考えておかねば」
あちらと同じくガーゴイルで済めばいいのだが、あれより強力な魔物だった場合はこの館を使う事は諦めるしかないだろう。念の為警戒しつつも扉を開ける。しんと静まり返った館の中は、特にこれといった生命の気配は感じられない。
永い年月そのままだったであろう館内は、王都にある星見の館同様綺麗なものだった。不自然なまでの綺麗さにグラナダとセシルが落ち着かないようにそわそわと周囲を見回している。
王都では玄関ホールにガーゴイルがいたが、こちらのホールには何の存在もない。視界の隅で何かが動いたような気配もないし、妙な気配も不自然な違和感もない。
「こちらは問題ないようじゃな」
ほぅ、と息を吐きつつメルが安心したかのように言ったのを横目に、反射的にメルの背後から頭上へと視線を向けた。ジャンルがホラーであれば安心した直後の背後もしくは頭上あたりから何かが出てくるのはお約束展開だからこそだったが、安心させて……というわけでもないらしい。念の為足元と自分の背後と頭上も確認したが本当に何もなかった。
他の部屋を確認するつもりは今の所ないので、そのまま目的地でもある玄関ホールの奥にある扉へと突き進む。扉の向こう側は更に廊下が続いていて、そこかしこに扉が存在している。今はほとんどの扉が開かないが、これらは全て他の星見の館と繋がる扉だった。閉鎖されている扉との見分けは難しくはない。扉のすぐ近くに燭台があり、開いている扉はそこに灯りがついているし、扉にはどこに繋がっているか薄っすらとだが文字が刻まれているので迷う事もないだろう。
扉を開けるとそこは小さな個室だった。正面に更に扉がある。その扉を開けると――先程と同じような光景ではあったが人の声が聞こえてきた。
「この声……サフィール……?」
危険がなさそうだったのでそのままメルの後ろをついてきていたグラナダが怪訝そうな顔をして音の聞こえた方を見やる。
「ネフリティスの声も聞こえる気がするんだけど……」
信じがたいとでも言いたげにテロスも同じ方向を見る。どのみちそこにあるのは廊下で、その先にある扉の向こう側から声が聞こえているようだ。
ユーリとメルは戻ってきたなー、くらいに思っていたのだが、二人は何らかの罠を疑ったらしい。足音を消して気配を殺し、そっと声が聞こえる扉の方へと近づいていく。
状況を理解していないセシルだけが、ユーリたちの傍にいたままだった。
「すまない、ほんっとーにすまない」
「別に気にしないで。カップは割れてない。どっちも怪我をしていない。お茶が零れただけじゃない。拭けば済む話よ」
「あぁ、そうだったな。すまない、今すぐモップを持ってくる!」
そうしてばたばたと遠ざかる足音一つ。
テロスが警戒しつつそっと扉を開ける。
「あら? いつ帰ってきたのかしら? というか、何してるの?」
そこには案の定と言うべきか、きょとんとした顔をしているサフィールがいた。
「……どういう事か、説明してくれるよね……?」
状況を理解していないグラナダは目を白黒させていたが、テロスはある程度把握したらしい。凄まじい速度で首をこちらに向けて笑顔を浮かべてきたが、そこには拒否権とかそういったものは存在していなかった。
王都の星見の館については、女神から管理を任された建物――といった説明をしてはいた。けれども、館の中の機能とかそういったものは説明をしていなかった。これはその時に言ったとしても信じてもらえるようなものではなかったから、というのもある。聞いただけならあまりにも嘘くさく、じゃあ試しにやってみろよ! と言われてしまってもどこにも繋がっていない状態では証明しようがないからだ。
「成程ね、つまりは転送装置。それも一見してそうは見えないやつ。女神リュミエールが一体何を思ってこんなものを各地に点在させたかは知らないけど、単なる住居じゃなかったわけか」
星見の館についてふわっとした説明をした結果、一応テロスは納得したらしい。あまり深く追求されても正直メルが詳しく答えるわけにもいかないし、そこら辺はよくわからないで通した。
「他の館と繋がるようになれば、大陸間の移動も一瞬で済む、と。便利ではあるよね。移動時間の短縮、馬車くらいまでならともかく船を使うとなると乗船料も馬鹿にならない。けどそれが初回だけで済むなら移動費で頭を悩ませる事もなくなるわけだ。
悪用しようと思えばいくらでも悪用できるけど、だからこそ女神はここを使わせる人を選んだんだろうね」
拙い説明でも一応ある程度の事は理解してくれたらしい。恐らくテロスはまだ他にも聞きたい事がありそうではあったが、問いかける相手がユーリとメルという時点でそこら辺は諦めたようにも見えた。
思考停止して星見の館って、すげー。で済む相手なら楽だったのだが。
質問は大体ユーリに向けて問われていたが、ユーリだってわかっていない事の方が多いくらいだ。そういうのは女神本人に聞け、と言いたい所でもあったが流石にメルが女神本人だと言うわけにもいかない。
困った事があるとユーリはメルを見て知ってる? と聞き、メルはあまり詳しくは聞いておらぬのじゃ、と見た目を最大限に活かして誤魔化した。
あくまでもメルは教会とは別の、女神を信仰していた家の子であり代々この館の管理を任されてきた一族とかそういった設定を忠実に守っている。
「まぁ、話はわかった。最初にヤバい所に来たんじゃないかって思ってたけど、やっぱこことんでもない所だったのね。今更だけど。
でも、一ついいかしら? メルがその、この館の管理を任された一族とかそういうのはいいのよ別に。メルがはぐれた親を探してるってのもわかる。でも、どうしてユーリだったのかしら?」
ネフリティスはたまたま思い浮かんだ疑問を口にしただけなのだろう。目は圧倒的に死んでいるが、こちらに向けられる視線に疑惑がありありと浮かんでいるとかそういう険しさは一切ない。どちらかというとテロスの眼差しの方が厳しいくらいだ。
「ユーリの故郷がなくなって、途中でメルと出会ったんだったかしら? メル一人じゃ確かに不安だと思うの。でも、ユーリと一緒に行動する流れはともかく、こんな簡単にこの館に案内しちゃって大丈夫だったの? 止むを得ない事情で私たちもここにいるけど……メル、貴方ちゃんとここに入れてもいい相手選んでる?」
「サフィール、それさりげにユーリが信用できる相手じゃないって言ってるようなものですよ。ユーリだって別に悪い人じゃないでしょう」
「そうだけど、でもあまりにもメルが無防備じゃないかしら? 今はまだいいわ。少なくともこの場にいる人は悪事を企むにしても向いてる感じしないし、テロス以外」
「あれ、ボクにも飛び火した。別にいいけど」
「メルが自分で決めてここに連れてきているならいいのだけど、そうじゃないでしょう? ある日連れてきた相手がユーリを騙してここを乗っ取ったりするような悪党だったら。後悔するだけじゃ済まない事だってあるかもしれないのよ?」
「そうだね。メルは年の割に利発だけど、それは安心できる材料にはならないもの」
成程、とユーリは一つ頷いた。メルとユーリはお互い知っているが彼女たちは意図的に情報を歪められているのでそういう風に考えても何一つおかしな事ではない。むしろその上でメルの心配をしている時点でとんだお人好しである。
「メルが出会ったばかりの私を信用したのは、別に私にそういうオーラがあるとかメルの人を見る目が確かだとかじゃなくて、もっと単純なものだよ」
言いつつユーリは眼帯を外す。そのうちどこかで明かす事になるだろうなと思っていたのが今になっただけだ。何も問題はない。
「私は過去に女神と接触した。メルが私を信用したのは、女神が私に力を授けたこの証があったから」
授けた本人なのだから信用するのは当然だ。けれど流石に女神様本人ここに居ます、とは言えない。
瞳の中に浮かぶ刻印を正面にいたネフリティスがまじまじと見つめている。
「成程なぁ、それは確かに信用するわけだ」
下手に言葉を重ねるよりも説得力があったようだ。理解を得られたようなので眼帯を付けなおす。何というか今まで眼帯で覆っていたので片方だけ眩しいというのもある。急に部屋が暗くなったりした場合は眼帯を外すとよく見えるのだが、そういう展開は生憎今の所あまり遭遇していない。
「……いつから? 少なくともボクと最初に会った時には既に眼帯してたよね」
「テロスと会うより前の話だよ」
具体的に言うと胎児だった時です、とは流石に言えなかった。それでもテロスは勝手に大体察してくれたらしく、それ以上の追及はこなかった。ゴードンの弟子として行動していたのも恐らく今テロスの脳内である程度上手い具合に捏造されているような気もするが。
「館同士繋がると移動が便利ってのもあるんだけど。場所によっては宿代を気にする事もないっていうのも利点だよね」
「うむ、妾たちがここに来たのはそもそも最初はそれが理由じゃったな」
「あぁ……そういう」
「確かにそこ重要ですけど」
宿代だって馬鹿にならないものね、とその場にいる一同が納得した瞬間だった。




