その力は誰かのために。
今朝の登校中、車に轢かれかけた乳母車に乗った赤ん坊を助けた俺は力を使った代償に左手の薬指が折れた。
正直、この力を使えばこうなるのはわかっていた。
でも、それで一人の命が救えたんだから安いものさ。
まあその結果として俺は遅刻し、放課後職員室に呼び出されるはめになったのだけど。
現在立たされている俺の目の前にいる長い髪を後ろで縛ったパッと見た感じ美人の女性が俺の担任、胡桃美鈴先生だ。
「で、赤ん坊を助けてそのお母さんを送り届けて遅刻したと。」
胡桃先生が呆れた顔で俺が話した今朝の出来事を復唱した。
「はい、その通りです。」
嘘はつきたくなかった。胡桃先生に対しては特に。
「はぁ~・・・」
先生が深い溜め息をつく。
「まったくあなたは。今日も髪はぼさぼさだし、いっつも眠そうな顔してるし。」
…それは今別に関係無いでしょう、と心の中でぼやく。
「で、今度はどこをやったの?」
「・・・。」
「ど こ を や っ た の?って聞いてるの」
表情は普通だが怒っているのが声から伝わってきた。
「み、左手薬指です!」
思わず答えて右手を差し出す。
そう、胡桃先生は俺の力のことを知っているのだ。
折れてるのを確認するとまた胡桃先生は深く溜め息をついた。
「もっと自分の身体を大切にしなさい。あなたは小さい頃から自分の事なんて省みず飛び込んでいくんだから。」
「…すいません。」
「本当、美徒と同じなんだから…。」
美徒とは母さんの名前だ。
胡桃先生は母さんの幼馴染で親友だった。
美鈴さんは病死した父に次いで母さんも亡くなり、頼れる親戚もいない一人になった俺の面倒を女手一つで見てくれていた。
ただ俺もいつまでも甘えてる訳にはいかないと思い、中学を卒業すると同時に美鈴さんの下を離れ
一人暮らしをすることにした(美鈴さんを説得するためにこの学校に通うという条件でOKをもらったんだけどね)
そんな理由もあり、俺はこの人に全く頭が上がらないのだ。
「まさか、あの子にあった不思議な力があなたにまで継がれちゃうなんてね。」
これは美鈴さんから聞いて初めて知ったのだが母さんも俺と同じ力を持っていたらしい。
「きっと、母さんは俺に託したんだと思うんです。この力で困ってる人がいたら助けて欲しい、って。」
折れた指を見ながら呟く。
「本当、不思議な力。でもね、私はできれば祐人にそんな力使ってほしくはないの。」
美鈴さんが真っ直ぐ、少し悲しげな目で俺を見つめる。
美鈴さんが俺を下の名前で呼ぶ時は母親目線の時だ。
「その力を持ってから祐人は昔以上に無茶ばかりしてる。大怪我も何度もしてる。もし取り返しのつかないことになったら…私は、あの子に会わす顔が無いわ…。」
その瞳には涙が少し、滲んでいた。
美鈴さんの言う通り、俺の怪我は今に始まったことではないのだ。
この力を持ってからさらに増えたくらいだ。
今朝のように誰かを助けるために腕を折ったり、血を吐くような犠牲を負ったこともある。
そのせいで母さんの親友だった美鈴さんが心配するのも、分かる。
でも・・・
「…それでも、それでも俺が犠牲になることで誰かが助かるなら俺はそれでいいと思ってます。」
「……!」
美鈴さんが思わず右手を振り上げる。たぶん平手打ちをしようとしたのだろうがぐっ、とこらえていた。
「…ほんと、美徒と同じなんだから…。」
ポツリと、悲しげに呟いた。
俺と胡桃先生しかいない職員室に沈黙が流れた。
「…もういいわ、明日はちゃんと病院で折れた指診てもらってから来なさい。」
「わかりました。」
胡桃先生が応急処置として手際よく副木してテーピングする、さすがは体育教師ということなのか?
「あと最近は物騒だから人通りの多い場所を通って帰ること。」
「はい。」
「じゃあ、気をつけて帰りなさい。」
「さようなら。…失礼しました。」
俺は職員室をあとにする。
胡桃先生が言っていた物騒というのは恐らく
十日程前に起きた猟奇殺人のことだろう。
トワと名乗る少年が動画サイトを通して殺人の生放送を行ったらしい。
俺はニュースを見ただけなので詳しくは知らないが
クラスの友達がたまたまその放送を見たらしく、しばらく肉が食べられなくなったそうだ。
すぐに警察に通報されたらしいが現場に着いた時には案の定もぬけの殻でそこには目をえぐり取られ惨殺された死体だけが残っていたとのこと。
「オレのこと、忘れんじゃぁねぇぞ!まあ、きっと一生忘れられなくなると思うけど。あはっあはははは!」
最後に彼はそう言い残し放送は終わったという。
動画の限りでは未成年と思われるが凶悪犯罪と警察もみなし、すぐにこの少年【トワ】は指名手配された。
ちなみに事件が起きたのは隣の県らしく運が悪ければ既にこの町に潜んでる可能性もある。
「殺人犯か…。もし出会っちまったらどうにか逃げるしかないな。」
正直言って俺は喧嘩とかは腕っぷしはからっきし駄目なのだ。
もし、力を使えたらきっと問題無く逃げられたかもしれない。
でも、それはできない。
――俺の力は『誰かを助けるため』でのみ使える力であって『自分を助けるため』に使うことができないのだ。
「まあ、殺人犯だってこっちに来るとは限らないし、警察も捜してることだし出会うことなんてないだろう。」
・・・・・・正直、言ってはいけないことを言ってしまった気はしていた。
「きゃああああああああっ!!」
冗談はよしてくれ。
俺は悲鳴が聞こえた方を向いた。
濱戸自然公園、あまり広くはないが・・・クソッ!
この公園は外灯が少ないため、もう夜7時を過ぎたこの時間には真っ暗なのだ。
「頼む、殺人犯なんてもんと出会うとかだけは勘弁してくれ!」
俺はそう祈りながら悲鳴の元へ急いだ。
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「いや、来ないでください…」
後ずさりしながら暗がりの中で少女が脅えた瞳で訴えかける。
少女の視線の先にいたのは白髪の少年、その手には大振りのナイフが握られていた。
「いいよ、イイ。その恐怖に満ちた目ぇ、ヤベェいいよ」
少年はニタァといやらしい笑みを浮かべる。
「もっとオレを見ろよ・・・オレを焼き付けろよ・・・!」
「そしてオレを覚えて、死ね。」
少年がナイフを振り上げる
「い、いや・・・だ、誰か…」
下着が濡れてるのが自分でもわかった。
ビュンッ!!
勢いよくナイフが振り下ろされる。
「ヒッ・・・!!」
もう、駄目だ。少女はぐっと目を閉じた。
ザスッ!!
「…?(生きてる?)」
強く閉じてた瞳を少女はおそるおそる開いた。
その視線の先に、ぼさぼさ頭の少年が鞄を盾にして立っていた。




