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犠牲の先にある奇跡  作者: 人生浪人
さいていの男
13/14

我妻 帝

―――――黒楼谷高校屋上


時刻は午後六時をまわり辺りは暗くなり始めていた。

俺達の前に一人の男がいる。端正な顔立ちをした線の細い美青年。

我妻(あづま)帝(みかど)。


生徒会室の名簿に載っていた黒楼谷高校最後の生徒会長。

何でここに…?噂の男はこの人なのか?


「あなたは、我妻帝様ですか?」

マリアが確認を取る。

「……そう、だけど。君達は?」

どうやら本人らしい。

「申し遅れました。私、高津マリアと申します。こちらは私の友人、神無様と道野辺様です。

「…はぁ、わざわざご丁寧にどうも。」

気だるそうに我妻は返す。


この人、本当に写真と同一人物か?

写真だとシャキッとして自信溢れる表情をしていたのに目の前にいるこの人はまるで覇気がない。


我妻は俺達三人をジっと見回す。

「…悪いけど僕は一人になりたいんだ。帰ってくれるかな。」

そういいながら積み重ねられた机に戻っていく。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!話を聞いてくれ!」

「…僕は聞きたくない。諦めて帰ってくれないかな。」


くらっ


その瞬間突如視界がぐるぐる回り、目眩がした。

なんだ?何かされた?

意識に何かが入り混んでくるような感覚がする。


「ぐっ…!げほっゴホッ!」

吐き気を催す気持ちの悪さにえづき、思わず膝をつく。

「だ、大丈夫か…?二人とも…。」

道野辺とマリアは虚ろな目をしてボーっとしている。

俺の呼びかけに気づいたのか二人がハッとする。

「あ、ごめんカンナちゃん!あたしは大丈夫。」

「わ、私も大丈夫です。」

ボーっとはしてたけど二人は何ともなかったのか?


「カンナちゃん、もう諦めて帰ろ?」

え?

「そうしましょう、神無様。諦めて帰りましょう。」

何だ?二人ともいきなり。

「な、何言ってるんだ二人共。まだ何も…。」


「もういいじゃん、もう全部諦めよ?」

「もう良いではありませんか。何もかも、あの方のことも全て諦めましょう。」

二人とも明らかに様子がおかしい。

「ど、どうしたんだ二人とも…!なんかおかしいぞ!?」


「お友達はもう諦めて帰ろうと言っているよ」


「あんた…いったい二人に何をした!」

くそっ!やっぱ能力者だったのか!?

完全に油断していた!


「…ここまで諦めが悪い人は君が初めてだよ。」

「…それは、褒めてくれてるのか?」

俺はふらつき、立つのがやっとだ。

「…君達に危害を加えるつもりは無かった。今まで来た人達も皆、何事もなく帰ってくれた。どうして君だけ…?」

「!! やっぱり、あんたも能力者だったんだな…。どんな力なのかはわからないけど、あんたがその力を使ってここに来る人達を追い返していたんだな。」

「も…?そうか…君も僕と同様に呪われた力の持ち主なのか…。どおりで…。」

「呪われた…力?」

「そうさ。…だから僕は、一人にしてほしいだけなんだ。僕の力がいつ暴走してもいいように…。」

「暴走…?いったい、どういうことだ?」


ふぅ、とため息をつき、机に腰かける我妻。


「…昔、ある議員に一人息子がいた。」

「…?」

「その少年の父親は正義感の塊のような人で、国会でも一目置かれ民衆からの支持も高かった。」

「そんな父親の背中を見て育った息子は父と同じ道へ進みたく思い、勉学に励み、スポーツもこなし高校では生徒や教師からの信頼を得て、生徒会長になった。」

これは…我妻の。


「そんな時だった。少年の父親に汚職の容疑がかけられた。」

「有力議員のスキャンダルは世間を震撼させた。マスコミからバッシングを受け、大衆からは国民に対する裏切りだと罵られた。その後父親は汚職事件の容疑者として逮捕されたが一貫として無実を訴えた。しかし、抵抗虚しく判決はくだされ、収監された。」


「そして父は…看守の目を盗んで、自殺した。」

「自殺…。」

我妻は悔しげに唇を噛み締めている。


「けれど少年は父を信じていた。あの父が悪事に手を染めるはずがないと。少年は議員を目指すことを止め、父の無実を証明するため検察になることを決めた。」


「だが周りは、それを許してはくれなかった。生徒達からは犯罪者の息子と後ろ指をさされ、罵倒や暴行。果てには教師からも見捨てられ、生徒会長の座も失った・・・。」

「ひでぇ…。あんた自身は何もしてねえじゃんか!」

その言葉に我妻は少し驚いた表情を見せたあと、悲しげに笑みを浮かべる。


「…関係無いのさ。犯罪者の息子というレッテルは一度貼られたら簡単には剥がせない。」

「…。」

「そして僕は、全てを諦めた。いじめに抵抗することも、父の無実を証明することも、…生きることも。」

我妻はゆっくりと手すりの方へ歩いてく。


「…五年前、僕はここから飛び降りた。」


黒楼谷高校は屋上を含め四階、無事でいられる高さじゃない。

「…その時さ、この力に目覚めてしまったのは…。」

「…気絶してたんだろうね。目を覚ました時、僕は自分の目を疑ったよ。死ぬどころか僕の体には傷一つ無かったんだ。」

話を聞いてるうちに俺は嫌な汗をかいていた。

不快さと不気味さが入り混じり気分が悪い。


「最初は夢でも見てるかと思った…。でも、そうじゃなかった。それはこの力の片鱗でしか無かった。」

我妻は忌々しそうに握りしめた拳を見つめる。

「…僕はそのまま校舎へ戻った、もう一度飛び降りるために。その時、教室から生徒や教師達が一斉に出てきた。」

「…皆虚ろな目をして口々にこう言った。」




―――もう、何もかも諦める。




「諦める…?」

「…その後、どうなったと思う?」

「…さあ。」


「皆…そのまま溶けて消えてしまった。」

「!?」

「どういうことかわからないだろ…?僕だってわからなかった…。でも、皆消えてしまい僕は理解した。」


「皆…存在することを諦めてしまったんだ。」

「そんな…。はっ!」

俺はとっさに後ろの二人を見る。虚ろな目をしたままぼうっとしている。…消えてはいない。

「…安心していいよ。彼女らはただここにいるのを諦めて帰ってもらおうとしただけだから。何故か君は諦めてくれないみたいだけど…。」

それを聞き思わずほっとする。

「あんたは、一体…。」

「…飛び降りた僕が死ななかったのは…僕の身体が死ぬことを諦めていたから。」



「…僕の力は『ありとあらゆるものを諦めさせる力』。」



「諦めさせる、力・・・?」

我妻は積み重ねられた机の中から椅子を一脚取り出す。

「・・・例えばこの椅子がもし椅子であることを諦めたら?」

我妻がそう言うと、持っていた椅子がばらばらになり崩れてしまった。

信じられない、という顔をしているであろう俺を見て我妻は。


「・・・信じられないよね。じゃあ、次は・・・。」

そう言うと我妻は胸ポケットに入ってた万年筆を取り出し蓋を取る。

「何を…。」

戸惑う俺をよそに、我妻は右手に握った万年筆を思い切り左腕に突き刺した。


ブシュッ!と勢い良く血が噴出す。


「あんた何やって…!!」

思わず身を乗り出す俺に

「・・・見ててごらん。」

と血が流れる左腕を見るよう促す我妻。

どくどくと勢いよく流れ出る血液。

やがて、流れ出していた血が、ぴたりと止まった。


「血が、止まった・・・?」

「・・・これは、『僕の血が溢れ出るのを諦めた』んだよ。」

「血が、諦める・・・?そんな、でたらめな・・・。」

「そう、でたらめな力さ。この力のせいで僕は学校の皆を消してしまい、死ぬこともできない。」

だから、呪われた力・・・。


「ちょっと待て!学校中の生徒や教師なんて規模の人が消えたら噂なんてもんじゃなく大事件になってるはずだろ!?そんな話聞いたことないぞ!?」

「・・・言っただろ、『存在することを諦めた』って。…皆、人の記憶に存在することすら諦めたんだよ。」

「記憶からすら・・・だって・・・?」

「…あの時からずっと考えた。どうしたらこの力を消せるのか、どうしたら僕は死ねるのか。どうすれば…皆を消してしまった罪を…償えるのか…。」

「…。」

「…ふ、いくら考えたところで答えは出なかった…。」

悲しげに笑う我妻。


「だから僕は、あの日からここでこの世界が終わるのを待つことにしたんだ。またいつ力が暴走するかわからないからね…。」


我妻は一息つき、さっきと同様に机に腰かける。

「…どうして会ったばかりの君にこんなにもべらべら話してしまったんだろうね…。初めて力が通じなかった人だからか、それとも…。」


存在どころか記憶すら消してしまう力。そんな力のせいでこの人は…。

俺は何とも言えない気持ちだった。

この人は、欲しくも無い力を与えられたせいで。何も、悪くないのに…!

そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。


「…どうして君がそんな辛そうな顔をするんだい?」

我妻が不思議そうに尋ねる。

「・・・あんたは、優しすぎたんだよ。」

「優しい?僕が?」

我妻は思わぬ言葉にきょとんとする。


「…消しちまった人達の中にはあんたのいじめに関わった奴らだっていたはずだ。なのにあんたはそんな奴らを含めて皆消しちまったことに罪悪感を感じてる。それに。」


「…本当はその気になれば、いつでも『この世界の存在』すら消せたんじゃないか…?」


「・・・。」

その言葉に黙る我妻。

「どうすれば死ねるかなんて考えてたんだ、本当はそんな答えとっくに出てたんだろ?

でも、あんたはやらなかった。ただでさえ学校中の人を消したことを悔やむような人が無関係な人達を巻き込んでまでこの世界を消したいだなんて思うわけがない…!」


「…買いかぶり過ぎだ。僕はそんなできた人間じゃない。」

「だったら何で最初から俺達を消さなかった!?解体業者の人達だって自分の力が暴走しても巻き込まないために追い返したんだろ!?」


――諦めろ


「違う…。」


――幸せになんてなれない


「優しいあんたが待ってるのは世界の終わりなんかじゃない!」


――諦めろ


「やめてくれ…。」


――救われることなどない


「本当は、【自分を助けてくれる誰か】を待ってるんじゃねえのかよ!!」


――諦めろ


「やめろぉぉぉぉぉッ!!!!」



我妻が叫んだその瞬間、周りの空気が変わる。

「ぐぅ…!!」

まただ、さっきと同じ眩暈。


声が聞こえる。ドス黒い声。


諦めろ


無理だ


無意味だ


そんな苦しみの声が俺の意識に入り込もうとしてくる。


「クソっ…!俺は、諦めたりなんかしない・・・!」

「…もう、止めてくれ!僕はもう諦めたんだ!何もかも!」

我妻を黒い影が取り囲んでいく。


「何で、諦めるんだ!探せばきっと・・・!!」

「うるさい!僕に希望を持たせるなぁぁっ!」


黒い影は我妻の右手に集まり形作っていく。

やがて影は禍々しい形をした槍へと変わった。

そして、我妻は槍をこちらに向け呟く。


「僕は…【最諦(さいてい)の男】…。この世の全てを最も諦めし者…。」

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