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第八話 走るおじいちゃん

 悠真たちは午前の講義後に昼食を終えると、騎士団訓練場へ案内された。


 広い訓練場には、朝早くから騎士たちが汗を流していた。


 掛け声とともに走る者。


 木剣を振る者。


 重い鎧を身に着けたまま腕立て伏せをする者。


 その光景に悠真は目を丸くした。


「魔法がある世界なのに、みんな筋トレしてるんだ」


 ガレスが小さく笑う。


「それは当然です」


「魔法だけで戦える者など、ごく一握りしかおりません」


「ほとんどの者は剣を振るい、盾を構え、己の身体で戦います」


 美咲が首を傾げた。


「でも、魔法で身体を強くできるんですよね?」


「できます」


「ですが、魔力による身体強化は、自身の肉体があってこそ効果を発揮します」


 ガレスは近くに置かれていた一本の木剣を持ち上げた。


「例えば、同じだけ身体強化を施したとしても」


 ガレスは軽く魔力を巡らせる。


 身体の表面が淡く青白く輝いた。


「魔力は身体能力を底上げするものです」


「何もないところから力を生み出すものではありません」


 ガレスは木剣を一振りする。


 風を切る音が響いた。


「身体を鍛えていない者へ強化を施しても、それなりの効果しかありません」


「逆に、鍛え抜いた者へ同じ強化を施せば、その効果は何倍にもなるのです」


 剣一郎は静かに頷いた。


「なるほど」


「土台が大事ということじゃな」


「その通りです」


 ガレスは嬉しそうに頷く。


「まずは皆様にも、その土台を作っていただきます」


 悠真が苦笑する。


「つまり……」


「走るんですね」


「はい」


 ガレスは即答した。


 ◇


 最初の訓練は、訓練場の外周を五周走ることだった。


「無理をする必要はありません」


「一定の呼吸を意識してください」


 悠真と美咲は走り始める。


 一周目。


 まだ余裕がある。


 二周目。


 少し息が上がる。


 三周目。


「はぁ……はぁ……」


 悠真は額の汗を拭った。


「意外ときつい……」


 美咲も呼吸を乱し始めている。


「学校の体育より……大変」


 一方。


 剣一郎は二人の少し後ろを一定の速度で走っていた。


 呼吸は乱れず、表情も変わらない。


 七十歳とは思えぬ軽やかな足取りだった。


 ガレスは思わず目を細める。


(身体の使い方が実に自然だ。)


 四周目。


 悠真はつい速度を上げようとする。


「悠真殿」


 ガレスの声が飛ぶ。


「速さは不要です」


「呼吸を乱さないことを優先してください」


「は、はい!」


 悠真は慌てて速度を落とした。


 ようやく五周を走り終える頃には、二人とも肩で息をしていた。


「つ、疲れた……」


「まだ走っただけなのに……」


 ガレスは頷く。


「強靭な肉体は、地道な訓練を繰り返して得られるものです」


 ◇


 短い休憩を挟み、次は魔力による身体強化の訓練が始まった。


 エルドが説明する。


「魔法とは違い、身体強化は魔力を体内で循環させます」


「筋肉や骨へ魔力を巡らせることで、一時的に身体能力を引き上げる技術です」


「昨日まで学んだ魔力制御が、そのまま基礎になります」


 悠真は腕を見つめる。


「魔法を外へ出すんじゃなくて、体内で使うんですね」


「その通りです」


「まずは脚へ魔力を集めてください」


 二人は目を閉じる。


 胸の奥の魔力を脚へ流す。


 悠真は勢いよく流し過ぎた。


「熱っ!」


 思わず飛び上がる。


「流し過ぎです」


 エルドが苦笑する。


「身体強化は少量で十分です」


 一方、美咲は慎重に魔力を流す。


 しかし今度は弱すぎた。


「……変わった気がしません」


「もう少しだけ増やしてみましょう」


 何度も繰り返す。


 十分ほど経った頃。


「先生!」


 悠真が声を上げた。


「脚が軽い!」


「走ってみてください」


 悠真が軽く駆け出す。


「おおっ!」


 先ほどより明らかに前へ進む。


「すごい!」


「身体が勝手に動く!」


 だが、その勢いで転びそうになった。


「うわっ!」


 何とか踏みとどまる。


 ガレスは笑いながら頷いた。


「急に身体能力だけ上がるため、最初は皆そうなります」


「力だけでなく、それを扱う技術も必要なのです」


 続いて美咲。


 慎重に魔力を巡らせ、一歩踏み出す。


「……」


 小さく目を見開いた。


「身体が軽い」


「でも、ちゃんと止まれます」


「美咲様は制御が上手ですな」


 エルドが感心する。


「悠真様は出力」


「お二人の特徴が、そのまま現れています」


 ◇


 訓練を見守っていた剣一郎は、ガレスへ尋ねた。


「身体強化は、常に使うのか」


「いいえ」


 ガレスは首を横へ振る。


「それでは魔力の消耗が大き過ぎます」


「必要な時だけ使います」


「なるほど」


 剣一郎は騎士たちを見つめた。


 戦いの最中。


 踏み込み。


 回避。


 跳躍。


 その一瞬だけ身体強化を使っている者も少なくない。


(面白い)


(魔力というのは色々と応用ができるのじゃな)


 静かに自分の拳を握る。


「わしには魔力は無いが、身体を鍛えることはこの世界でも変わらんようじゃな」


 ガレスは深く頷いた。


 剣一郎の言葉には、武人としての確かな重みが感じられた。

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