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第七話 おじいちゃんと花火

 剣一郎たちが王城で暮らし始めてから、五日が過ぎた。


 その間、悠真と美咲は毎朝、宮廷魔導師長エルドの指導のもとで魔力制御の訓練を続けていた。


 午後には、この世界の地理や歴史、魔物の種類、魔道具の扱い方などを学ぶ。


 覚えることは多かった。


 悠真は何度も頭を抱え、美咲は借りた本を熱心に読み返していた。


 剣一郎も二人と同じ講義を受けている。


 魔法を使うことはできないが、この世界で暮らす以上、知識は必要だった。


 そして五日目の朝。


 学術室の中央には、いつものように二つの感応水晶が置かれていた。


「それでは、始めましょう」


 エルドの言葉に、悠真と美咲がそれぞれ水晶の前へ立つ。


 悠真は目を閉じ、深く息を吐いた。


 胸の奥にある熱を意識する。


 五日前は、その存在を見つけるだけでも苦労した。


 今では、呼吸を整えればすぐに感じ取れる。


 問題は、そこからだった。


 悠真が掌へ魔力を導くと、感応水晶が金色に輝き始める。


 光は徐々に強くなったが、以前のように激しく明滅することはない。


「流れを細く保ってください」


「はい……!」


 悠真は額に汗を浮かべながら、魔力を抑え込む。


 少し気を抜けば、力が一気に溢れ出そうになる。


 大河を細い水路へ無理やり押し込んでいるような感覚だった。


 それでも、金色の光は一定の強さを保っている。


 やがてエルドが手を上げた。


「そこまでです」


 悠真が水晶から手を離す。


 光が消えた途端、大きく息を吐いた。


「はあ……。まだ疲れるな」


「ですが、初日とは見違えるほどです」


 エルドは満足そうに頷いた。


「以前は触れた途端に魔力が溢れていました。今では、一定量を保てています」


「それでも、普通の人より多いんですよね?」


「今の量でも、一般的な魔導師が全力で流す量を上回っています」


「これで抑えてるのに……」


 悠真は自分の掌を見つめた。


 力が強いと言われても、まだ実感はない。


 むしろ、扱いづらさばかりを感じていた。


「次は美咲殿です」


「はい」


 美咲が感応水晶へ両手を添える。


 静かに目を閉じ、呼吸を整える。


 ほどなくして、水晶の中心に銀白色の光が灯った。


 柔らかな光は少しずつ広がり、水晶全体を包み込む。


 揺らぎはほとんどない。


 悠真の力強い光とは異なり、静かな湖面のように穏やかだった。


「素晴らしい」


 エルドが目を細める。


「魔力の量を一定に保つだけでなく、流れそのものが非常に滑らかです」


 美咲は光を維持したまま、慎重に尋ねる。


「もう少し増やしても大丈夫ですか?」


「ほんの僅かに」


 美咲が魔力を強める。


 銀白色の光が少し明るくなった。


 だが、その直後。


 美咲の眉が僅かに動いた。


 光が不規則に揺らぐ。


「焦らずに」


「はい……」


 美咲はすぐに出力を落とし、光を元の状態へ戻した。


 しばらく維持した後、ゆっくりと手を離す。


「まだ増やそうとすると乱れてしまいます」


「それでよいのです」


 エルドは穏やかに答えた。


「限界を知ることも制御の一部です。美咲殿は慎重さに優れています」


 悠真が隣から笑いかける。


「美咲らしいな」


「悠真君は、もう少し慎重になった方がいいと思うけど」


「それは俺もそう思う」


 二人のやり取りに、部屋の空気が少し和らいだ。


 少し離れた場所では、剣一郎とアルフレッドが訓練を見守っていた。


 アルフレッドは腕を組み、感心したように頷く。


「僅か五日で、ここまで扱えるようになるものか」


「普通は難しいでしょう」


 エルドが答える。


「お二人には、やはり並外れた素質があります」


 悠真と美咲が水晶から離れると、エルドは机の上へ小さな燭台を二つ置いた。


 まだ蝋燭には火が灯されていない。


「今日から、次の段階へ進みます」


 悠真が目を輝かせる。


「もしかして、魔法ですか?」


「はい」


 エルドは微笑んだ。


「これまでの訓練は、魔力を感じ、外へ流すためのものです。今日からは、その魔力を使って周囲のマナへ働きかけます」


 美咲がエルドに尋ねる。


「どんな魔法を覚えるのですか?」


「最初に覚えていただくのは、生活魔法の《灯火》です」


 エルドは右手の人差し指を立てた。


「まず、指先へ少量の魔力を集めます。その魔力で周囲のマナへ働きかけ、光へ変化させるのです」


「火ではないんですか?」


「ええ。《灯火》は熱をほとんど持たない光です。室内を照らすために使われます」


 エルドの指先に、淡い光の粒が集まる。


「《灯火》」


 短い詠唱とともに、白い光の球が生まれた。


 大きさは鶏卵ほど。


 光球はエルドの指先を離れ、ふわりと宙へ浮かぶ。


「おお……」


 悠真が声を漏らす。


 何度か魔法を見てはいたが、これから自分で使うのだと思うと、見え方が違った。


「詠唱は、魔法の形を意識しやすくするための補助です」


 エルドは説明を続ける。


「熟練すれば省略もできますが、最初は必ず言葉にしてください」


「分かりました」


「悠真殿から試してみましょう」


「はい!」


 悠真は右手を前へ出した。


 胸の奥にある魔力を、慎重に指先へ導く。


 以前より制御できるようになったとはいえ、普段より狭い場所へ集めるのは難しい。


「多すぎます」


 指先に金色の光が集まり始めた途端、エルドが声を掛ける。


「えっ、もう?」


「今の十分の一ほどで構いません」


「十分の一……」


 悠真は顔をしかめる。


 流すことより、減らすことの方が難しい。


 慎重に魔力を絞り込む。


 光は一度弱まったが、気を抜いた瞬間、再び強くなった。


「安定しない……」


「焦らずに。指先へ集めるのではなく、必要な分だけ通すのです」


 悠真は何度も呼吸を整えた。


 胸から腕へ。


 腕から指先へ。


 細い糸を通すように魔力を流す。


 やがて、指先に小さな金色の光が灯った。


「今です」


 エルドの声に、悠真が口を開く。


「《灯火》!」


 瞬間。


 ボンッ――!


 生まれた光球が、一気に人の頭ほどの大きさへ膨らんだ。


「眩しっ!」


 悠真が目を閉じる。


 部屋中が真昼以上の明るさに照らされ、机や椅子の影がくっきりと床へ伸びた。


 アルフレッドも思わず腕で目元を覆う。


「これは灯火というより、太陽だな」


「魔力を流しすぎです!」


 エルドが杖を振る。


 巨大な光球は徐々に小さくなり、ようやく普通の大きさに収まった。


 悠真は目を瞬かせながら光球を見る。


「でも、成功は成功ですよね?」


「魔法としては成功です」


 エルドは額を押さえる。


「ただし、室内を照らすだけなら、今の百分の一でも十分です」


「百分の一……」


 悠真の肩が落ちる。


「俺、魔法を使うたびに力加減で苦労しそうだな」


「強大な力を持つ者が最初に学ぶべきことは、放つことではなく抑えることです」


 剣一郎が静かに言った。


「剣と同じじゃな」


 悠真は祖父を見る。


「じいちゃん、前にも言ってたね」


「力任せに振れば、剣に振り回される。魔法も似たようなものじゃろう」


 エルドが感心したように頷く。


「まさに、その通りです」


 続いて美咲が前へ出る。


「次は私ですね」


 美咲は指先へ意識を向けた。


 銀白色の光が、小さく灯る。


 しかし、魔法として形を与えようとすると、光はすぐに消えてしまった。


「あ……」


「もう一度です」


 美咲は頷く。


 二度目。


 今度は光を維持できたが、詠唱しようと意識した途端に揺らいだ。


「魔力を流すことと、魔法を思い描くことを同時にするのが難しいです」


「最初は誰もがそうです」


 エルドは急かさない。


「水晶へ流す時とは違い、魔法には明確な形が必要です。光の大きさ、明るさ、留める場所を意識してください」


 美咲は目を閉じる。


 暗い部屋を照らす、小さな灯り。


 眩しすぎず、手元が見える程度の柔らかな光。


 その姿を頭の中に思い描く。


 指先に銀白色の光が集まった。


「《灯火》」


 今度は、静かに光球が生まれた。


 エルドが作ったものとほぼ同じ大きさだった。


 光球は美咲の指先から離れ、ゆっくりと宙へ浮かぶ。


「できた……」


 美咲の顔に笑みが広がる。


「見事です」


 エルドも満足そうに頷いた。


「初めてとは思えないほど安定しています」


「悠真君より小さいけど」


「いや、それが正解だから」


 悠真が苦笑する。


「俺のは明らかにやりすぎだったし」


 美咲の光球はしばらく宙へ浮かんだ後、少しずつ薄くなって消えた。


「維持するのも難しいですね」


「魔法を保つ間は、少量ずつ魔力を送り続ける必要があります」


 エルドは二人へ向き直る。


「今日はもう一つ、簡単な属性魔法を試してみましょう」


「攻撃魔法ですか?」


 悠真が再び目を輝かせる。


「攻撃にも使えますが、火を起こすための初級魔法です」


 学術室では危険なため、一行は王城裏手の小さな演習場へ移動した。


 石壁に囲まれた広場の中央には、砂を詰めた標的が二つ並んでいる。


 周囲にはエルドが結界を張り、剣一郎とアルフレッドも念のため少し離れる。


「魔法は便利です」


 エルドが二人へ言い聞かせる。


「ですが、火は人を温める一方で、家や森を焼き、命も奪います」


「魔法を使えるからといって、軽々しく放ってはなりません」


 悠真と美咲の表情が引き締まる。


「はい」


「分かりました」


「使用するのは初級火属性魔法《火球》です」


 エルドが掌を標的へ向けた。


「生み出した火を球状に保ち、狙った場所へ放ちます」


 掌の前に、小さな炎の球が現れる。


「《火球》」


 火球は一直線に飛び、標的へ当たった。


 乾いた音とともに炎が弾け、標的の表面を黒く焦がす。


「悠真殿は火属性への適性も持っています。まずは小さく作ることだけを考えてください」


「分かりました」


 悠真は標的へ掌を向ける。


 先ほどの失敗を繰り返さぬよう、魔力をできる限り絞る。


 掌の前に、小さな火種が灯った。


「そのままです」


 火種が膨らむ。


 拳ほどの大きさになったところで止めようとしたが、悠真の緊張に反応するように炎が揺らいだ。


「止まれ……!」


 力を抑えようとした瞬間、かえって魔力が強く流れ込む。


 火球は一気に膨張した。


「悠真殿、手を上へ!」


「えっ?」


「標的へ向けてはなりません!」


 悠真は慌てて掌を空へ向ける。


「《火球》!」


 放たれた火球は、人の胴ほどの大きさになって空へ飛び上がった。


 数十メートル先で爆ぜ、熱風が演習場へ吹きつける。


 結界の表面が赤く揺らいだ。


「……」


 その場に沈黙が落ちた。


 悠真は冷や汗を流しながら、空を見上げる。


「今の、初級魔法ですよね?」


「術式は初級です」


 エルドは疲れたように答えた。


「威力は、決して初級ではありません」


 アルフレッドが低く笑う。


「戦場であれば、敵も味方も驚くでしょうな」


「味方まで驚かせたら駄目ですよね……」


「その通りです」


「ずいぶんと物騒な花火じゃな」

 

 悠真はしょんぼりと肩を落とした。


 次は美咲の番だった。


「美咲様は火属性への適性が悠真様ほど高くありません」


 エルドが説明する。


「無理に大きな火を作る必要はありません。まずは形を保つことを意識してください」


「はい」


 美咲は掌を標的へ向ける。


 しばらくすると、指先の前に小さな炎が灯った。


 炎は風に揺れる蝋燭の火ほどの大きさしかない。


 それを球状にまとめようとすると、形が崩れる。


 一度目は消えた。


 二度目は火が横へ流れた。


 三度目。


 美咲は余計な力を加えず、炎を優しく包み込むように魔力を流した。


 小さな火球が完成する。


「《火球》」


 放たれた火球はゆっくりと標的へ飛び、表面で小さく弾けた。


 焦げ跡は僅かだった。


 だが、狙った場所へ正確に当たっている。


「できました」


「ええ。十分な成功です」


 エルドは頷いた。


「威力は訓練によって高められます。まずは正しく生み出し、正確に操作することが大切です」


 悠真は標的に残った小さな焦げ跡を見る。


「俺よりずっと上手いな」


「でも、悠真君ほどの威力はないよ」


「今の俺に必要なのは威力じゃなくて、美咲みたいな制御だと思う」


 素直な言葉だった。


 美咲は少し驚いた後、柔らかく微笑んだ。


「じゃあ、一緒に練習しよう」


「うん」


 二人の様子を見ていた剣一郎は、静かに頷いた。


 圧倒的な力を持ちながら、それを扱えぬ悠真。


 繊細に扱える一方で、まだ力の弱い美咲。


 互いに欠けているものが違う。


 だからこそ、学び合える。


「剣一郎様は、魔法をご覧になってどう思われますか」


 エルドが尋ねた。


「便利なものじゃ」


 剣一郎は空に残る僅かな煙を見上げる。


「火を起こすにも、暗闇を照らすにも使える」


「しかし、使い方を誤れば危険です」


「剣も同じじゃな」


 剣一郎は自らの掌へ視線を落とした。


「道具が人を傷つけるのではない。使う者の心と技が、人を生かしも殺しもする」


 エルドはしばらく黙った後、深く頷いた。


「剣一郎殿のお言葉は、魔法にも通じますな」


 訓練を終えたところで、アルフレッドが一歩前へ出た。


「明日からは、午後の時間を使って護身術も学んでいただきます」


「剣を使うんですか?」


 悠真が尋ねる。


「すぐに剣を振るわせるつもりはありません」


「まずは危険から身を守る方法からです」


「魔法が使えても、常に距離を保てるとは限りません」


「敵に接近された時、何もできず立ち尽くしていては命を落とします」


 悠真と美咲は真剣に頷いた。


「剣一郎殿にも、見学いただければと思います」


「分かった」


 剣一郎は短く答える。


 その表情に変化はない。


 だが、アルフレッドは僅かな期待を抱いていた。


 魔力を持たず、魔法を使えない老人。


 ただ、長年国王として人を見てきた経験が、静かに告げていた。


 あの老人は、決してただの巻き添えではない――と。

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