第五話 おじいちゃんと魔法
異世界で迎える、最初の朝。
窓から差し込む柔らかな陽光に、悠真はゆっくりと目を覚ました。
「……夢じゃ、なかったか」
見慣れない天井を見上げ、小さく息をつく。
昨日起こった出来事が脳裏によみがえった。
勇者召喚。
異世界。
帰る方法は分からないという現実。
「……」
考え始めると胸が重くなる。
悠真は頭を振り、身支度を整えて部屋を出た。
廊下へ出ると、美咲も同じタイミングで部屋から姿を現した。
「おはよう」
「おはよう、悠真君」
二人は自然と苦笑いを浮かべる。
「昨日はいろいろありすぎたね」
「そうだな……」
食堂へ向かうと、剣一郎はすでに席についていた。
湯気の立つ茶を静かに口へ運んでいる。
「じいちゃん、おはよう」
「うむ」
いつもと変わらない落ち着いた様子だった。
「よく眠れましたか?」
美咲が尋ねる。
「眠れる時には眠る」
「それが一番じゃ」
剣一郎は短く答える。
その言葉に、悠真は少し肩の力が抜けた。
◇
朝食を終えると、侍女に案内され三人は応接室へ向かった。
部屋にはアルフレッドと老魔導師、そして昨日顔を合わせた騎士団長が待っていた。
三人が応接室へ入ると、アルフレッドは穏やかな笑みを浮かべて立ち上がった。
「皆様、おはようございます」
「昨夜はゆっくりお休みになれましたか」
三人がそれぞれ頷くと、アルフレッドは隣に控える二人へ視線を向けた。
「改めて、この者たちを紹介いたしましょう」
「こちらは王国騎士団長、ガレスです」
ガレスは一歩前へ出ると、右拳を胸に当てて一礼した。
「アルディア王国騎士団長、ガレスと申します」
「王国の防衛と騎士団の指揮を任されております」
「昨日は慌ただしく、ご挨拶も十分にできませんでした」
「改めて、皆様を歓迎いたします」
続いて、白い髭を蓄えた老魔導師が穏やかに微笑む。
「そして、こちらが宮廷魔導師長のエルドです」
老魔導師はゆっくりと頭を下げた。
「エルド・グランベルと申します」
「宮廷魔導師長として、王国の魔法研究と後進の育成を任されております」
「本日は、魔法やこの世界についてご説明させていただきます」
悠真と美咲も慌てて頭を下げる。
「神崎悠真です。よろしくお願いします」
「朝倉美咲です。よろしくお願いいたします」
剣一郎も静かに一礼した。
「神崎剣一郎じゃ」
ガレスは剣一郎の隙のない立ち姿を見て、昨日抱いた違和感が気のせいではなかったことを改めて感じていた。
一方、エルドは三人を優しい眼差しで見渡し、安心させるように微笑んだ。
「本日は、皆様にこの世界について知っていただく時間を設けました」
「分からないことがあれば、どのようなことでも遠慮なくお尋ねください」
「昨日も申し上げましたが、皆様に戦う義務はありません」
「まずはこの世界のことを理解していただきたいのです」
悠真は少し安心した表情を見せた。
「ありがとうございます」
アルフレッドは老魔導師へ視線を向ける。
「それではエルド、頼んだぞ」
老魔導師――エルドは穏やかに一礼した。
◇
三人は王城の一室へ案内された。
壁一面に本棚が並び、机の上には様々な鉱石や植物、何か動物の角と思われる標本が置かれている。
「ここは王城の学術室です」
エルドが説明を始める。
「まずは魔法についてお話ししましょう」
悠真が身を乗り出す。
「本当に魔法があるんですね」
「はい」
エルドは微笑んだ。
指先を軽く掲げる。
「《灯火》」
小さな火球がふわりと浮かび、部屋を暖かな光で照らした。
「わあ……」
美咲が思わず声を漏らす。
悠真も目を輝かせた。
「本当に魔法だ……」
一方、剣一郎は火球ではなく、エルドの指先を見つめていた。
「何か気になることでも」
「その火は、どこから生まれた」
エルドは興味深そうに頷く。
「良い質問です」
「魔法とは、体内の魔力を練り上げ、世界に満ちるマナへ働きかける技術です」
「マナ……」
「マナとは、この世界に満ちた生命や自然のエネルギーである考えられています」
「体内の魔力によって世界中に存在するマナと共鳴し、火や水、風などの現象を引き起こすのです」
悠真は真剣な表情で聞き入っている。
「じゃあ、魔力量が多い人ほど強いんですか?」
「基本的には、その通りです」
「ですが、魔力量だけでは優れた魔法使いにはなれません」
「魔力の制御、知識、経験、そして加護との相性も重要になります。」
エルドは棚から透明な水晶を取り出した。
「例えば、この水晶」
小さく呪文を唱えると、水晶が淡い青色に輝く。
「魔力を流すことで作動する《魔道具》です」
「照明、暖房、調理、通信など、戦い以外にも我々の暮らしには魔法が深く関わっています」
「すごい……」
美咲は感心したように呟いた。
「生活の中心に魔法があるんですね」
「その通りです」
エルドは満足そうに頷く。
「それ故、この世界の人間にとって魔力は切っても切れない物なのです」
部屋の空気が少しだけ重くなる。
悠真はそっと剣一郎を見た。
しかし、剣一郎は表情一つ変えず、水晶を眺めていた。
「わしには扱えぬということじゃな」
「……はい」
エルドは申し訳なさそうに頭を下げる。
「魔道具の多くは魔力を必要とします」
「そうか」
剣一郎は静かに頷くだけだった。
◇
午前中の講義が終わる頃には、三人の前には大量の本が積まれていた。
「今日はここまでにいたしましょう」
エルドが微笑む。
「明日からは実際に魔力を感じ、魔法を扱う基礎を学んでいただきます」
悠真は苦笑した。
「学校より勉強してる気がするよ」
美咲も思わず笑う。
「でも、知らないことばかりで面白かったね」
三人の様子を見に来た、アルフレッドは安堵したように頷いた。
少しずつでいい。
まずはこの世界を知ってもらうこと。
それが、自分たちにできる最初の務めだと考えていた。




