第四話 おじいちゃんは戦力外?
鑑定宝珠の光が静かに消えていく。
部屋には重苦しい沈黙が流れていた。
老魔導師は、何度も宝珠へ視線を落とし、信じられないものを見るように目を細める。
「……もう一度、確認いたします」
宝珠へ魔力を流し込む。
淡い光が走るが、結果は変わらなかった。
老魔導師は深く息を吐く。
「間違いございません」
「神崎剣一郎様には、召喚時にすべての来訪者へ授けられる《言語理解》の加護のみが確認されました」
「それ以外の加護、属性適性、確認できません」
「そして……魔力量はゼロです」
部屋中が静まり返る。
「《言語理解》だけ……」
若い騎士が思わず呟く。
「召喚者に与えられる最低限の加護しかないということか……」
「そのようです」
老魔導師も苦い表情で頷いた。
「この世界では、生まれながらに何らかの加護を授かる者も珍しくありません」
「剣士なら《剣術》、弓兵なら《弓術》、鍛冶師なら《鍛冶》というように、職業や才能に応じた加護を持つ者が多くおります」
「しかし剣一郎様には、それらの加護は見当たりません」
「魔力までゼロとは……」
騎士たちは戸惑いを隠せなかった。
そんな中、悠真が立ち上がる。
「でも、じいちゃんは弱くなんてありません!」
「俺が小さい頃から剣を教えてもらってきました」
「今でも、俺なんか全然敵いません!」
若い騎士が首を傾げる。
「失礼ですが、それは加護のない世界でのお話ではありませんか?」
「この世界では、強さの根幹は加護と魔力です」
「それがない方が戦うのは……」
悠真は言葉に詰まる。
異世界の常識を知らない以上、反論できない。
そのとき、美咲が静かに口を開いた。
「剣一郎さんは、何十年もずっと剣を鍛え続けてきた方です」
「毎朝欠かさず素振りを千本」
「体を鍛えることも、一日も休んだことがありません」
「それはすごいですな……」
老魔導師が目を丸くする。
「はい」
「私が小さい頃から、毎日同じでした」
「雨の日も、雪の日も」
部屋の空気が少し変わる。
老魔導師は興味深そうに剣一郎を見る。
「本当ですかな」
「まあ、そうじゃな」
剣一郎は穏やかに答えた。
「わしの世界には加護も魔法もない」
「強くなりたければ、ひたすら鍛えるしかなかった」
「だから六十年ほど鍛えただけじゃ」
「六十年も」
老魔導師が思わず漏らす。
「飽きませんでしたか」
剣一郎は少しだけ笑う。
「単なる日課じゃよ」
「ただ、それだけのことじゃ」
飾らない言葉だった。
しかし、その一言には長い歳月が積み重ねた重みがあった。
アルフレッドは静かに剣一郎を見つめる。
(この者は……)
加護も魔法もない世界で、何十年もの年月を、一つの道に捧げた男。
その眼差しには、勇者や聖女とは異なる風格があった。
「陛下」
騎士団長が一歩前へ出る。
「悠真様と美咲様につきましては、ご自身の身を守るためにも早急に訓練を始めるべきでしょう」
アルフレッドは頷く。
「皆様に、この世界を救う義務はありません。」
「ですが、この世界には魔物がおります。」
「帰還方法が見つかるまで、この世界で生活していただく以上、ご自身の身を守る術は必要でしょう。」
「もし望まれるなら、騎士団が基礎的な護身術や、この世界の知識をお教えいたします。」
「もちろん、強制ではありません。」
悠真と美咲がためらいがちに答える。
「正直、戦うことは怖いです」
「でも、魔物がいるなら……何もできないままじゃ嫌です」
「教えてください」
「私もお願いします」
「悠真君の足を引っ張りたくありませんし、自分の身は自分で守れるようになりたいです」
「では、剣一郎殿は」
部屋に緊張が走る。
アルフレッドは迷うことなく答えた。
「神崎剣一郎殿も、お二人と同様に王城へ滞在していただきます」
「しかし陛下」
「剣一郎殿は勇者のお祖父様であり、共に召喚された我が国の客人です」
「加護の有無で待遇を変えるつもりはありません」
その言葉に、悠真はほっと息をついた。
「ありがとうございます」
アルフレッドは微笑み返す。
「ただし」
王は剣一郎へ向き直る。
「この世界では魔物との戦いは危険です」
「どうか、ご無理だけはなさらないでください」
剣一郎は静かに頷く。
「心得た」
それ以上は何も語らない。
自分の力は、自分が一番よく知っている。
やがて三人は案内役の侍女に連れられ、部屋を後にした。
扉が閉まると、アルフレッドはゆっくりと椅子へ腰を下ろす。
「皆は、どう見る」
老魔導師が慎重に答える。
「魔力ゼロという結果は間違いありません」
「ですが……」
「《言語理解》だけが正常に付与されている以上、召喚自体は成功しています」
「ならば、ただ巻き込まれただけではないと……」
「はい」
「だからこそ不可解なのです」
「召喚の恩恵は受けている」
「しかし、それ以外のすべてが空白」
騎士団長が腕を組む。
「戦力としては期待できぬでしょう」
「現時点では、そう判断するほかありますまい」
アルフレッドは静かに目を閉じた。
だが、剣一郎の落ち着き払った態度が脳裏から離れない。
魔力ゼロと告げられても動じず、六十年の鍛錬を当たり前のように語る姿。
「……しばらく様子を見る」
「勇者と聖女だけでなく、剣一郎殿についてもだ」
誰も異を唱えなかった。




