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第三話 魔力なきおじいちゃん

 悠真の指先が、鑑定宝珠へ触れた。


 瞬間――。


 宝珠の内側で七色の光が渦を巻き、部屋全体を眩い光が包み込む。


「なっ……!」


 老魔導師が思わず息を呑む。


 光は天井近くまで立ち上り、神秘的な輝きを放ちながら一つの紋章を形作っていく。


「こ、これは……!」


 周囲の側近たちがざわめいた。


 宝珠の表面に、淡く文字が浮かび上がる。


 老魔導師は震える声で読み上げた。


「神崎悠真様


 加護――《勇者》《言語理解》


 属性適性、全属性


 魔力量……測定不能」


「測定不能?」


 悠真は目を丸くした。


「それって、どういう意味なんですか?」


 老魔導師は興奮を抑えきれない様子で答える。


「宝珠では測りきれないほど膨大な魔力を有しているということです」


 部屋中にどよめきが広がる。


「まさしく勇者様だ……」


「文献にある初代勇者と同等か、それ以上かもしれぬ」


 アルフレッドも安堵したように微笑んだ。


「世界樹は、確かに我々を見放してはいなかった」


 しかし当の悠真は、困ったように頭を掻く。


「いや……急にそんなこと言われても」


「俺、本当に普通の高校生なんだけど」


 その言葉に、美咲は思わず小さく笑みを浮かべた。


 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。


「加護……というのは、勇者だけが授かるものなんですか?」


 悠真の素朴な疑問に、老魔導師は穏やかに首を横へ振った。


「いいえ」


「この世界の人々も、生まれながらに加護を授かる者がおります」


「生まれつき……?」


 美咲が驚いたように目を瞬かせる。


「はい」


「例えば、剣の才に恵まれた者は《剣術》、弓に秀でた者は《弓術》、鍛冶に長けた者は《鍛冶》といった加護を 授かっている場合が多いです」


「農業や調合、商いに関する加護を持つ者もおり、加護は人々の暮らしや職業と深く結びついております」


 老魔導師は言葉を続ける。


「しかし、多くの者が授かる加護は一つ、多くても二つほどです」


「希少な加護となれば、一国に数人しか存在しないことも珍しくありません」


 アルフレッドが静かに補足する。


「我が国の騎士団長も《剣術》の加護を持つ優れた騎士です。宮廷魔導師にも、それぞれ魔法に適した加護を持つ 者がおります」


「なるほど……」


 悠真は少し安心したように頷いた。


「じゃあ、加護があること自体は普通なんですね」


「その通りです」


 老魔導師は微笑む。


「ですが、《勇者》や《聖女》のような加護は別格です」


「伝承によれば、世界の危機に際してのみ現れる特別な加護であり、通常の加護とは比較にならないほど強大な力 を秘めております」


 部屋の空気が再び引き締まる。


 この鑑定が、単なる能力測定ではないことを、三人は改めて実感していた。


「次は、朝倉美咲様」


 老魔導師に促され、美咲は緊張した面持ちで前へ進む。


「大丈夫」


 悠真が小さく声を掛ける。


「ありがとう」


 美咲はゆっくりと頷き、宝珠へ手を伸ばした。


 再び、光が溢れる。


 今度は柔らかな金色の光だった。


 部屋を満たす光は温かく、春の日差しのように優しい。


「この光は……!」


 老魔導師が目を見開く。


 宝珠に文字が浮かび上がる。


「朝倉美咲様


 加護――《聖女》《言語理解》


 属性適性、光・水・風


 魔力量……特級」


「聖女……」


 美咲は戸惑ったように呟く。


「私が……?」


 老魔導師は深く頭を下げた。


「間違いございません」


「数百年に一人現れるかどうかと言われる、聖女様です」


 アルフレッドは静かに微笑む。


「勇者と聖女」


「伝承に記された通りです」


 美咲は嬉しそうな表情を見せることはなかった。


 むしろ、不安そうに悠真を見る。


「私、本当にそんな力を使えるのかな……」


「大丈夫だよ」


 悠真は笑って答えた。


「俺だって勇者なんて言われても実感ないし」


「一緒に頑張ろう」


 美咲は少し安心したように微笑む。


「うん」


 その様子を見ていたアルフレッドも、どこかほっとした表情を浮かべた。


 これで世界に希望が生まれた。


 誰もがそう思っていた。


「では最後に」


 老魔導師は剣一郎へ向き直る。


「神崎剣一郎様」


 剣一郎は静かに立ち上がる。


「わしも触れればよいのじゃな」


「はい」


 剣一郎はゆっくりと宝珠の前へ歩み寄る。


 悠真が心配そうに声を掛けた。


「じいちゃんも、きっと《剣聖》の加護とかがあるよ」


 剣一郎は小さく笑う。


「どうじゃろうな」


「七十年生きてきたが、魔法など一度も使ったことはない」


 部屋に小さな笑いが広がる。


 張り詰めた空気が少しだけ和らいだ。


 剣一郎は右手を伸ばし、宝珠へ触れる。


 静寂。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 誰も口を開かない。


「……?」


 悠真が首を傾げる。


 宝珠は光らない。


 七色の輝きも現れない。


 やがて、宝珠の表面に文字が浮かび上がった。


「神崎剣一郎様」


 老魔導師が読み上げようとした声が止まる。


「どうした」


 剣一郎が静かに尋ねる。


 老魔導師は宝珠と剣一郎を何度も見比べた。


「そんな……」


 額から汗が流れる。


「あり得ません……」


「何が書かれている」


 アルフレッドが促す。


 老魔導師は息を整え、ゆっくりと口を開いた。


「神崎剣一郎様


 魔力量……ゼロ」


 部屋の空気が凍りついた。


「魔力……ゼロ?」


 悠真が思わず声を上げる。


「そんなことあるのか?」


「いえ……」


 老魔導師は首を振る。


「この世界の生き物は、何であれ僅かな魔力を宿しております」


「魔力量がゼロという例は、過去にも記録がありません」


 さらに文字が浮かぶ。


「加護―― 《言語理解》」


「属性適性――なし」


 老魔導師は言葉を失った。


 部屋中に重苦しい沈黙が広がる。


 悠真は信じられないという表情で祖父を見る。


「じいちゃん……」


 美咲も不安そうに呟いた。


「そんな……」


 だが、当の剣一郎は宝珠から手を離し、静かに言った。


「そうか」


 その一言だけだった。


 落胆も、怒りもない。


 まるで天気でも聞いたかのような穏やかな口調だった。


「剣一郎殿……」


 アルフレッドは申し訳なさそうに頭を下げる。


「どうやら私は、巻き込まれただけのジジイということらしい」


 剣一郎は苦笑する。


「孫と一緒に来ただけじゃ」


 その姿を見て、悠真は胸が締めつけられた。


 自分は勇者。


 美咲は聖女。


 なのに祖父だけが、何の力も持たない。


 ――本当に、そうなのだろうか。


 誰も気づいていなかった。


 鑑定宝珠の奥深く。


 誰にも見えない場所で、微かな光が灯っていたことを。

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