↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/47

第二話 おじいちゃん異世界に立つ!!

 眩い光が視界を埋め尽くした。


 身体が宙へ放り出されたような浮遊感。


 足元の感覚はなく、上下左右すら分からない。


「じいちゃん!」


 悠真の声が白い空間へ響く。


「ここじゃ」


 落ち着いた返事が返ってくる。


「美咲さんは」


「ここです!」


 震えた声だった。


 剣一郎は二人の手が離れていないことを確かめ、小さく頷く。


「そのまま離すな」


「……うん」


「はい」


 次の瞬間、身体が強く引かれる。


 ドンッ――。


 足裏へ硬い感触が戻った。


「うわっ!」


 悠真はよろけながら何とか踏みとどまる。


 美咲も小さく悲鳴を上げた。


 しかし剣一郎だけは膝を柔らかく使い、静かに着地する。


 すぐに周囲へ視線を走らせた。


「じ、じいちゃん……」


 悠真は息を呑む。


「ここ……どこなんだよ」


「さっきまで駅前にいたよな……?」


 美咲も不安そうに剣一郎の袖をつかんだ。


「こんな場所……日本じゃありませんよね?」


「夢……じゃ、ないですよね……」


 剣一郎は二人を見て静かに頷く。


「落ち着け」


「慌てても状況は変わらん」


 二人は深呼吸しながら辺りを見回した。


 そこは、日本ではなかった。


 天井は見上げても果てが見えないほど高く、無数の蒼い水晶が夜空の星のように輝いている。


 純白の柱は三人が手を繋いでも抱えきれないほど太く、その表面には剣を掲げる英雄や巨大な竜、美しい精霊たちが彫刻されていた。


 磨き上げられた白い大理石の床には、黄金色の巨大な魔法陣が刻まれ、三人の足元でゆっくりと光を失っていく。


 壁には天を貫く一本の大樹を描いた巨大な壁画。


 その神々しい姿を見た美咲が小さく呟く。


「……綺麗」


 悠真は呆然と立ち尽くした。


「信じられない……」


「映画撮影とかテーマパークじゃないよな……」


「本当にどこなんだ……」


 剣一郎だけは景色ではなく、人を見ていた。


 魔法陣を囲む百人近い法衣姿の者たち。


 その外側には銀の鎧を纏った騎士。


 さらに神殿入口には重装兵が控え、弓兵まで配置されている。


(なんとも物々しい雰囲気じゃな。)


 緊張と期待。


 その両方が神殿を満たしていた。


「成功だ!」


 突然、歓声が神殿中へ響き渡る。


「勇者召喚は成功した!」


「世界樹よ、感謝いたします!」


 魔導師たちは互いに抱き合い、涙を流す者までいる。


 悠真は思わず美咲を見る。


「勇者って……」


「俺たちのこと……?」


「そんな……」


 美咲は首を横へ振る。


「分からない……」


「私たち、これからどうなるの……」


 二人の胸には、不安ばかりが募っていた。


 その時だった。


 神殿奥へ続く赤い絨毯の先。


 黄金の玉座から一人の男がゆっくりと立ち上がる。


 純白の王衣。


 黄金の王冠。


 四十代半ばほどの威厳ある男だった。


 彼はゆっくり階段を降りると、三人の前で立ち止まる。


「よくぞお越し下さりました」


 穏やかな声が神殿へ響く。


「異世界より来られし勇者よ」


「私はアルフレッド・アルディア」


「アルディア王国、第十八代国王です」


 アルフレッドが名乗り終えると、剣一郎は一歩前へ出た。


「まずはこちらも名乗っておこう」


 軽く一礼する。


「神崎剣一郎。日本で剣術道場を営んでおる。七十歳じゃ」


 続いて悠真が慌てて頭を下げる。


「神崎悠真です。高校二年生です」


 美咲も続けた。


「朝倉美咲です。悠真君とは幼なじみで、同じ高校に通っています」


 三人の名を聞いたアルフレッドは、丁寧に頷いた。


「改めまして、神崎剣一郎殿、神崎悠真殿、朝倉美咲殿」


「このような形で皆様をお招きしてしまったこと、深くお詫び申し上げます」


 そう言うと、一国の王であるにもかかわらず深々と頭を下げた。


 悠真は慌てて両手を振る。


「ま、待ってください!」


「そんな……頭なんて上げてください!」


「俺たち、本当に何も分からないんです!」


「急にこんな場所へ来て……」


「まだ何が起きたのかも理解できてなくて……」


 美咲も必死に言葉を続ける。


「お願いです」


「ここがどこなのか」


「どうして私たちがここへ来たのか」


「教えていただけませんか」


「突然、足元が光って……気づいたら、この場所にいて……」


 その声は震えていた。


 元の世界へ帰れるのか。


 家族はどうなるのか。


 そんな不安が胸を締め付けていた。


 アルフレッドは優しく微笑む。


「突然見知らぬ世界へ来られたのです」


「混乱されるのは無理もありません」


 アルフレッドは静かに顔を上げた。


「当然の疑問です」


 彼は周囲を見渡し、片手を上げる。


「皆の者、勇者様方は混乱しておられる。まずは静粛に」


 命を受け、神殿にいた者たちは一斉に頭を下げた。


 先ほどまでの熱狂が嘘のように収まる。


「ここでは落ち着いて話すことも難しいでしょう」


 アルフレッドは三人へ向き直った。


「隣室に席を用意しております。すべてをご説明いたします」


 剣一郎は、すぐには返事をしなかった。


 王の背後に立つ騎士たちを見る。


 剣に手をかけている者はいない。


 少なくとも、今すぐ危害を加えるつもりはなさそうだった。


「分かった」


「じいちゃん」


「知らぬ場所で立ち尽くしていても、話は進まん」


 剣一郎が歩き出すと、悠真と美咲もその後に続いた。


 ◇


 通された部屋は、神殿の荘厳さに比べれば落ち着いた造りだった。


 中央には長い木製の机があり、柔らかな椅子が並べられている。


 壁には大陸の地図らしきものが掛けられ、窓の外には白い石造りの街並みが広がっていた。


 遠くには城壁。


 そのさらに向こうには、どこまでも続く山々。


 日本には存在しない景色だった。


 悠真は窓辺へ近づきかけ、すぐに足を止めた。


「本当に……異世界なんだ」


 冗談めかす余裕はなかった。


 美咲は胸元で両手を握っている。


「お父さんとお母さん、今頃どうしてるんだろう……」


 その呟きに、悠真も表情を曇らせた。


「俺も……母さんに何も言ってない」


 二人の会話を聞きながら、剣一郎は窓の外を一度だけ見た。


 胸の内に浮かぶものがないわけではない。


 悠真の両親である息子夫婦。


 道場。


 長年暮らしてきた町。


 だが、それを今口にしても、二人の不安を増やすだけだった。


 やがて、アルフレッドが数人の側近とともに入室した。


 先ほどの神殿にもいた老魔導師もいる。


 全員が席につくと、アルフレッドはゆっくりと口を開いた。


「改めて、突然皆様をこの世界へお招きしたことをお詫びいたします」


 王は椅子に座ったまま、深く頭を下げた。


「私どもは、皆様の同意を得ることなく召喚を行いました。許されぬ行いであることは承知しております」


 悠真は困ったように剣一郎を見る。


 剣一郎は黙ったまま、王の言葉を待った。


「まず、この世界についてお話しします」


 アルフレッドは壁に掛けられた地図へ目を向ける。


「この地は、エルディアと呼ばれる世界です。我がアルディア王国は、この大陸の中央部に位置しています」


 側近の一人が立ち、地図の中央を指し示した。


 山脈。


 森林。


 幾つもの国。


 そして大陸北部には、黒く塗られた広大な地域がある。


「この世界には、魔物と呼ばれる存在がいます」


「魔物……」


 悠真が反応する。


「人や獣を襲う危険な生物です。これまでも脅威ではありましたが、近年、その数と凶暴性が急速に増しています」


 アルフレッドの表情が険しくなる。


「街道が襲われ、村が滅び、幾つもの国が存亡の危機に立たされています」


 美咲は息を呑んだ。


「そんなことが……」


「我々は、その原因が北方の魔王領にあると考えています」


「魔王……」


 その単語に、悠真は眉をひそめた。


 まるで物語の中に出てくる言葉だ。


 しかし、アルフレッドたちの表情は真剣そのものだった。


「魔王が魔物を操っている、ということですか」


 美咲が尋ねる。


「その可能性が高いと考えられています」


 アルフレッドは断言を避けた。


「魔王領と人間の国々には長い断絶があり、我々もすべてを把握できているわけではありません。ですが、過去にも魔王の軍勢によって多くの命が失われたと記録されています」


 剣一郎は僅かに目を細める。


 事実ではなく、記録。


 原因ではなく、可能性。


 王は少なくとも、自分が確かめていないことまで事実として語るつもりはないらしい。


「千年前にも、この世界は同じ危機に見舞われました」


 アルフレッドは続けた。


「その際、異界より一人の勇者が現れ、魔王を打ち倒し、世界を救ったと伝えられています」


「それで、また勇者を呼んだんですか」


 悠真の問いに、王は頷いた。


「はい」


「でも、どうして俺たちなんです」


 悠真は自分の胸を指差した。


「俺、剣なんて使ったことないし、別に強くもないです。学校の成績だって普通だし……勇者なんて言われても」


「私もです」


 美咲も続ける。


「特別な力なんてありません」


「召喚される者は、世界に必要とされる資質を持つと伝えられています」


 老魔導師が静かに答えた。


「ですが、誰が選ばれるのかを私どもが決めることはできません」


「なら、俺たち三人全員が勇者なんですか」


「それは、まだ分かりません」


 アルフレッドが答える。


「召喚の中心にいた方、その近くにいた方がたまたま一緒に召喚された可能性もあります」


 悠真の表情が強張った。


 美咲も同じ意味に気づいたらしい。


「巻き込まれた可能性がある、ということですか」


 美咲の問いに、部屋の空気が重くなる。


 アルフレッドは目を逸らさなかった。


「否定はできません」


「そんな……」


 美咲が俯く。


 悠真は唇を噛み、それから王を真っ直ぐに見た。


「俺たち、帰れるんですか」


 誰もが避けていた問いだった。


「元の世界に、帰れるんですよね」


 アルフレッドは、すぐには答えなかった。


 その沈黙が、悠真の不安をさらに膨らませる。


「帰れないんですか」


「現時点では」


 王は苦しげに言った。


「帰還の方法は、確立されていません」


「……は?」


 悠真の顔から血の気が引いた。


「ちょっと待ってください」


 椅子から立ち上がる。


「呼ぶ方法はあるのに、帰す方法はないんですか?」


「悠真君……」


「だって、おかしいだろ!」


 思わず声が大きくなる。


「勝手に呼んでおいて、帰れませんって……そんなの」


「悠真」


 剣一郎の声が飛んだ。


 強くはない。


 だが、悠真は反射的に口を閉じた。


「座れ」


「でも、じいちゃん」


「怒るなとは言わん。じゃが、怒鳴っても答えは増えん」


 悠真は拳を握りしめたまま、ゆっくりと椅子へ座った。


 アルフレッドはその様子を見つめ、再び頭を下げる。


「お怒りは当然です」


「言葉だけで済ませるつもりはありません。我が国のすべてを用い、帰還の方法を探します」


「見つかる見込みはあるんですか」


 美咲の問いは静かだった。


 それだけに切実だった。


「勇者召喚に用いた神器――星渡りの宝珠には、異界を結ぶ力があります」


「では、それをもう一度使えば」


「現在、宝珠は力を失っています」


 老魔導師が沈痛な表情で説明する。


「一度の召喚で、蓄えられた力のほぼすべてを使い果たしました」


「回復には、どれほどかかる」


 初めて、剣一郎が尋ねた。


 老魔導師は答えに窮した。


「文献によれば……自然に力が満ちるまで、およそ千年と」


「千年……?」


 悠真が絶句する。


 美咲は両手で口元を覆った。


「そんなに待てるわけがない……」


「その通りです」


 アルフレッドが言う。


「ですから我々は、別の方法で宝珠を再起動できないか調べています。王家に伝わる記録には、強大なマナを用いることで再び異界への道を開ける可能性が示されています」


「可能性、か」


 剣一郎が静かに呟く。


 アルフレッドは頷いた。


「確約できる段階ではありません。しかし、私は必ず方法を探します」


「一つ、聞きたい」


 剣一郎は王を見据えた。


 その眼差しに、アルフレッドの背後に控えていた騎士が僅かに身を固くする。


「我らが帰れるかどうかも分からぬまま、召喚を行ったのじゃな」


「……はい」


「我らが拒む可能性については、どう考えた」


 悠真と美咲が剣一郎を見る。


 アルフレッドは膝の上で両手を組んだ。


「拒まれることも、当然あると考えていました」


「それでも呼んだ」


「はい」


「それは、貴国の都合か。この世界全体の都合か」


 部屋が静まり返った。


 剣一郎の声は穏やかだった。


 しかし、その問いには逃げ道がない。


 アルフレッドは長く息を吐く。


「どちらでもあります」


 王は正面から答えた。


「我が国の民を救いたい。隣国の人々も救いたい。そして、この世界そのものを守りたい」


「そのために、見知らぬ者を犠牲にした」


「その通りです」


 アルフレッドは言い訳をしなかった。


「私は、皆様に恨まれても仕方のない決断を下しました」


「陛下!」


 側近の一人が声を上げる。


 だが、王は手で制した。


「責任は私にあります」


 疲れの滲んだ目が、三人を見つめる。


「皆様に戦う義務はありません」


「……え?」


 悠真が顔を上げた。


「勇者として召喚したのに?」


「はい」


 アルフレッドは頷く。


「我々は助けを求めました。しかし、命を捨てることまで強いる権利はありません」


「では、断ってもいいんですか」


「もちろんです」


「その場合、俺たちはどうなるんです」


「帰還の方法が見つかるまで、我が国が衣食住と安全を保証します」


 悠真は拍子抜けしたように黙り込んだ。


 もっと強引に、戦えと命じられると思っていたのだろう。


 美咲も少しだけ表情を緩めた。


 剣一郎は王を見つめたまま、やがて小さく頷いた。


「話は分かった」


 信用したわけではない。


 だが、この男が少なくとも自らの責任から逃げる人物ではないことは理解できた。


「ありがとうございます」


 アルフレッドは安堵したように息を吐いた。


「皆様には、まずこの世界について知っていただきたいと思います。そのうえで、今後のことを決めていただければと考えています」


「その前に、確認したいことがございます」


 老魔導師が慎重に口を挟んだ。


 彼の隣には、先ほど神殿で見た透明な水晶球が置かれていた。


 内部では、七色の光がゆっくりと渦を巻いている。


「これは?」


 悠真が警戒するように見る。


「鑑定の宝珠でございます」


 老魔導師は答えた。


「皆様の身体に異常がないか。そして召喚によって、どのような力や加護が宿ったのかを調べるためのものです」


「加護?」


「召喚された者は、この世界へ渡る際に加護を得ることがあると伝えられています」


「例えば、異世界より招かれた方々には、召喚の際に《言語理解》の加護が与えられます。」


 美咲もはっとしたように口を開く。


「そういえば……。」


「皆さんの言葉が、ちゃんと日本語みたいに聞こえています。」


 老魔導師が穏やかに微笑んだ。


「話す言葉も、聞く言葉も、それぞれの母語として認識されるのです。」


「そのため、会話に不自由することはありません。」


「へぇ……。」


 悠真は感心したように頷く。


 美咲も胸をなで下ろした。


「それなら、少し安心しました。」


 剣一郎は静かに老魔導師を見る。


「文字も同じか。」


「はい。」


「こちらの文字も、皆様には自然に読めるようになっています。」


 剣一郎は窓際に掲げられた案内板へ目を向ける。


 先ほどまでは奇妙な紋様にしか見えなかった文字が、今は不思議と意味のある文章として頭に入ってきた。


(召喚の術とは、そこまでの力を持つか。)


 剣一郎は内心で驚きながらも、その感情を表には出さなかった。


 アルフレッドが言葉を続ける。


「戦うかどうかとは関係なく、皆様自身の安全のためにも、確認しておいた方がよいでしょう」


 美咲が剣一郎を見る。


「危険はないんですか」


「触れていただくだけです」


 老魔導師が答えた。


「痛みも、身体への負担もございません」


「じいちゃん、どうする?」


「調べさせればよい」


 剣一郎は水晶球へ目を向けた。


「こちらも、自分の身に何が起きたかは知っておくべきじゃ」


 悠真はまだ不安そうだったが、やがて腹を括ったように立ち上がった。


「分かった」


 老魔導師が、水晶球の前へ手を差し出す。


「それでは、まずは神崎悠真様」


「こちらへお願いいたします」


 部屋にいる全員の視線が、悠真へ集まった。


「俺からかよ……」


 悠真は乾いた声で呟きながら、ゆっくりと水晶球の前へ進む。


 透明な球の中で、七色の光が僅かに揺れた。


「宝珠へ、手をお触れください」


 悠真は一度振り返った。


 美咲は心配そうに見つめている。


 剣一郎は、ただ静かに頷いた。


「大丈夫じゃ」


「……うん」


 悠真は息を吸う。


 そして、恐る恐る右手を伸ばした。


 指先が、冷たい水晶へ触れる。


 瞬間。


 眩い光が、部屋中に弾けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。