↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
43/47

第四十二話 おじいちゃんと踊らない捜査線 

 襲撃から一夜が明けても、街にはまだ焦げた木材と土埃の匂いが残っていた。破壊された正門では衛兵や職人たちが仮の柵を組み、騎士たちは交代で周囲を警戒している。幸いにも魔物の大半はザイルが逃げた後に統率を失い、討ち取られるか森へ散っていた。


 剣一郎たちは街に留まり、復旧を手伝っていた。悠真は崩れた荷車や木材を運び、美咲は負傷者の治療を続けている。セレナも教会へ戻ると、休む間もなく仲間たちと共に怪我人の受け入れを始めていた。


「こちらへ寝かせてください。歩ける方は奥の部屋へ。重傷の方を先に診ます」


 セレナの声が教会の中を飛び交う。床には毛布が敷かれ、負傷した衛兵や住民が横になっていた。光輪教団の者たちは水を運び、包帯を替え、食事を用意している。


「美咲さん、少し休んでください」


「まだ大丈夫です」


「昨日から何度も治癒魔法を使っています。魔力が尽きてからでは遅いですよ」


 セレナに言われ、美咲は少し迷ってから頷いた。


「……分かりました。少しだけ休みます」


「それでいいんです」


 セレナはいつもの穏やかな笑みを浮かべた。その顔には疲れが見えていたが、自分も休もうとはしない。


 美咲は椅子へ腰を下ろしながら、教会の中を見回した。昨日、街を襲ったザイルは魔族を名乗った。そのザイルが狙っていた街で、今こうして光輪教団の者たちが人々を助けている。


「……どうして、あんなことを」


 思わず漏れた言葉に、セレナが振り返った。


「ザイルのことですか?」


「はい」


 美咲は小さく頷く。


「自分が楽しむためだけに、こんなに大勢を巻き込んで……」


「私にも理解できません」


 セレナは少しだけ表情を曇らせた。


「でも今は、助かった人たちのことを考えましょう」


「……はい」


 ◇


 街の正門では、クラウスたちが騎士と状況を確認していた。


「魔物の死骸は?」


「確認できた分は三十七。森へ逃げたものもかなりいる」


「追跡は?」


「深追いしていない。門の修復と街の警備を優先した」


「それでいいと思う」


 クラウスは頷いた。


 少し離れたところでは、剣一郎が破壊された門を眺めている。二度の魔法攻撃を受けた門は中央部分が大きく砕け、今は太い木材を何本も組んで応急的に塞いであった。


「すごい威力だったな」


 悠真が横に立つ。


「あれを人に直接撃たれたら、洒落にならないよ」


「そうじゃな」


「じいちゃん、よくあんなの相手に戦ったね」


「当たらなければどうということはない」


「簡単に言うなあ」


 悠真は呆れたように笑った。


「それより、肩は?」


「もう問題ない」


「美咲に聞いたら怒られるよ」


「なぜじゃ」


「『傷が塞がったからって治ったわけじゃない』って言ってた」


「……余計なことを覚えておるの」


 悠真が笑う。


 その時、街道の方から馬の蹄の音が聞こえた。


「戻ったぞ!」


 騎士が二人、馬に乗って戻ってくる。


 クラウスがすぐにそちらへ向かった。


「どうだった?」


 二人のうち一人が馬から降りる。


「血痕は見つかった。かなりの量だ」


「ザイルのもの?」


「断定はできない。ただ、逃げた方向と一致しているし、途中には大柄な男が木へ手をついたような血の跡もあった」


 剣一郎も近づく。


「どこまで続いておった?」


「森の奥までです」


「その先は?」


 騎士は少し困ったような顔をした。


「途切れていました」


「途切れた?」


「はい」


 クラウスの眉が僅かに動く。


「死体は?」


「見つかっていません」


 悠真が首を傾げる。


「じゃあ、どこかに逃げたってこと?」


「それが分からない」


 もう一人の騎士が答えた。


「血痕が途切れた辺りを調べたんだが、妙な跡があった」


「妙な跡?」


「人の足跡だ」


 クラウスの表情が変わる。


「ザイルのものではなく?」


「あいつの足跡は大きい。それとは違う。少なくとも二人分はあったと思う」


「いつのものだ?」


「新しい。雨も降っていないから断定は難しいが、ザイルが通った前後だろう」


 フィアも話を聞きつけてやってきた。


「見せてもらえる?」


「場所まで案内する」


「足跡はどっちへ?」


「森のさらに奥。ただ、途中から硬い地面に入って追えなくなった」


 クラウスが腕を組んだ。


「ザイルに仲間がいたのか」


「それとも」


 フィアが続ける。


「誰かが、ザイルを待ってた」


 悠真の顔から笑みが消えた。


「それって……」


 剣一郎が静かに口を開く。


「本人が言っておったの」


「何を?」


「顔も名も知らぬ者から、街を襲えと言われたとな」


 クラウスが頷く。


「もしその依頼主か、その仲間がいたとしたら……」


「逃げたザイルと接触した可能性がある」


 フィアが言った。


 しばらく誰も口を開かなかった。


「生きてると思う?」


 悠真が剣一郎へ尋ねる。


「分からん」


「でも、かなり深く斬ったんでしょ?」


「ああ」


「なら……」


「生死を見ておらん以上、決めつけぬ方がよい」


 剣一郎はそう言うと、森の方角を見た。


「生きておるなら、また現れるかもしれん。死んでおるなら、それまでじゃ」


「おじいちゃん、割り切ってるね」


「分からぬことを考え続けても答えは出ん」


 悠真は少し考え、頷いた。


 ◇


 その日の午後、街の騎士詰所では報告書がまとめられていた。正門の被害、負傷者数、討伐した魔物の種類、ザイルの容姿、使用した魔法、そして本人が語った内容。


 クラウスも目撃者として呼ばれ、剣一郎たちも同席していた。


「確認します」


 書記役の騎士が紙へ視線を落とす。


「襲撃者は自らをザイルと名乗り、魔王領から来た魔族だと発言した」


「間違いない」


 クラウスが答える。


「さらに、正体不明の人物からこの街を襲うよう依頼されたと発言」


「ああ」


「依頼主の顔、名前、所属については知らないと」


「そう言っていた」


 書記は筆を走らせる。


「神崎殿」


「何じゃ」


「ザイルとの戦闘中、他に何か聞いていませんか?」


 剣一郎は少し考えた。


「わしが聞いたのも同じようなものじゃ。依頼を受けたこと、相手の顔も名も知らぬこと。その程度じゃな」


「街を襲う目的については?」


「本人は知らぬようじゃった」


「知らない?」


「知ろうともしておらなんだ、という方が正しいかもしれん」


 剣一郎の表情が僅かに険しくなる。


「好きに暴れられれば、それでよいと言っておった」


 騎士の一人が顔をしかめた。


「救いようがないな」


「あやつが悪人であることは間違いない」


 剣一郎が静かに言う。


 騎士が顔を上げる。


「じゃが、あやつを唆した者がおるなら、より危険な存在かもしれん」


「……確かに」


 クラウスも頷いた。


「むしろ問題はそこです。魔物をまとめて動かす道具を誰が用意したのか」


「回収できなかったのか?」


「ザイルが逃走する際に持っていったらしい」


 フィアが答える。


「戦場も調べたけど、それらしいものは見つからなかった」


「となると、調べられるのは足跡くらいか」


「今のところはね」


 書記役の騎士が筆を置いた。


「この報告は最優先で王都へ送ります」


「そうしてくれ」


「魔族が魔物を率いて人間の街を襲った。しかも背後に別の者がいる可能性がある。こちらだけで判断できる話ではありません」


 部屋の空気が重くなる。


 悠真が小さな声で尋ねた。


「これで、人間と魔族が戦争になったりするのかな」


 誰もすぐには答えなかった。


 やがてクラウスが口を開く。


「ザイル一人が魔族だった。それは事実だ」


「ああ」


「だが、それだけで魔王領全体の意思だとは決められない」


 剣一郎が続ける。


「本人も、誰かに頼まれたと言っておったからの」


「でも……」


 美咲が不安そうに言う。


「街の人たちは、ザイルが魔族だって聞いていますよね」


「そうだね」


 フィアが答える。


「噂は止められないと思う」


 魔族が現れた。


 魔物を率いていた。


 街の門を破壊した。


 人間を殺そうとした。


 どれも嘘ではない。


 だからこそ厄介だった。


「王都がどう判断するかじゃな」


 剣一郎が言った。


 ◇


 夕方。


 王都へ向かう早馬が街を出た。


 封をされた報告書には、今回の襲撃について分かっていることが可能な限り記されている。


 剣一郎は街の防壁近くから、その馬が小さくなっていくのを見送っていた。


「王様、驚くだろうな」


 悠真が隣で言う。


「そうじゃろうな」


「魔族なんて実際に見たことないんだよね?」


「人間と魔族の交流は長く途絶えておると聞いた」


「じゃあ、ザイルが久しぶりに現れた魔族ってこと?」


「少なくとも、この辺りの者にとってはそうなのじゃろう」


 悠真は黙り込む。


「最悪の第一印象だな」


「そうじゃな」


 剣一郎も否定しなかった。


 ザイルは魔族というだけで恐れられるような男ではなかった。人を傷つけ、街を襲い、それを楽しんでいた。だが、人々がその違いを冷静に分けて考えられるかは別の話だった。


「おじいちゃん」


「何じゃ」


「魔族って、みんなザイルみたいなのかな」


 剣一郎はすぐには答えなかった。


「知らん」


「……そっか」


「だからこそ」


 剣一郎は悠真を見る。


「知らぬうちから決めつけるものではない」


 悠真が少しだけ目を見開き、それから頷いた。


「うん」


 街の外では、壊れた正門の修理が続いている。


 その向こうには、ザイルが消えた森が広がっていた。


 生きているのか。


 死んでいるのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。