第三十五話 おじいちゃんと村の復興
「その柱、もう少し右じゃ」
「え?」
ハルト村の一角で、家屋の修復をしていた村人が手を止めた。剣一郎は少し離れた場所から柱の傾きを眺めると、自分でも近くまで歩いていき、根元を指さした。
「そのまま固定すると、上が少し外へ開く。雨風を受ければ、また歪むぞ」
「本当ですか?」
「たぶんな」
「たぶん!?」
「わしは大工ではないからの」
村人が困った顔をしたところへ、近くで作業していた年配の男がやってきた。柱を横から眺め、糸を垂らして確認すると、感心したように眉を上げる。
「いや、爺さんの言う通りだ。ほんの少し傾いてる。こっちへ寄せてくれ」
「分かりました!」
数人の村人が柱を支え直す。剣一郎も頼まれるまま肩を貸し、位置が決まるまで柱を押さえていた。
ハルト村へ戻った翌日、剣一郎たちはそのまま復旧作業を手伝うことにした。村ではまだ倒壊した柵や焼けた家屋の修復が続いており、人手はいくらあっても足りない。手伝いを申し出ると、村人たちは恐縮しながらも素直に喜んでくれた。
「おじいちゃん、こっちお願い!」
別の場所から悠真の声が飛ぶ。
「今行く」
剣一郎が柱から手を離して向かうと、そこでは焼け残った木材を運び出す作業が行われていた。悠真も額に汗を浮かべながら、村人と一緒に大きな梁を持ち上げている。
「身体強化を使えば一人で運べるんだけどなあ」
「必要もないのに使うでない」
「分かってるよ」
悠真は苦笑した。
ハルト村での戦いでは、身体強化を使って瓦礫を持ち上げ、人を救った。だが今は急ぐ必要はない。周囲には人手もある。力を使えるからといって、何でも一人でやる必要はないことを、悠真も少しずつ理解し始めていた。
◇
村の中央では、美咲が光輪教団の者たちと一緒に働いていた。
大鍋では昼の炊き出し用のスープが煮込まれ、その隣では軽い怪我をした村人の手当ても行われている。美咲は包帯を巻く手伝いをしながら、向かいに座るセレナへ声を掛けた。
「教団では、こういう活動をよくされるんですか?」
「ええ。魔物の被害や火事、大雨などで困っている地域があれば、近くの教会から人を出すことがあります」
セレナは話しながらも手を止めず、村人の腕に巻いた包帯を丁寧に結んだ。
「ただ、私たちにできることにも限りがあります。食料や衣服を届けたり、簡単な治療をしたりするくらいです」
「それでも助かる人は多いと思います」
「そう言っていただけると嬉しいです」
セレナは穏やかに笑った。
「それに、美咲さんのように回復魔法を使える方が手伝ってくださるのは本当に助かります。私たちにも回復魔法を使える者はいますが、誰もが得意というわけではありませんから」
「私はまだまだです」
「昨日もそう仰っていましたね」
セレナが少し楽しそうに笑う。
「できないことを気にしすぎるより、できることを丁寧にする方が大切だと、私は教わりました」
その言葉に、美咲は少しだけ目を瞬いた。
「なんだか、剣一郎さんと似たようなことを言いますね」
「剣一郎さん?」
「一緒に来た白髪の方です。『できぬことを数えても始まらん』ってよく言うんです」
「素敵な言葉ですね」
セレナは素直に感心したようだった。
その様子に不自然なところはない。村人たちも教団の者へ気軽に声を掛け、セレナたちも慣れた様子で応じている。少なくともこの村では、光輪教団の支援は確かに人々の助けになっていた。
◇
昼前になると、剣一郎は村の外周へ木材を運ぶ途中で、クラウスたちと再び顔を合わせた。
クラウスは柵の外側に残る足跡を確認しており、少し離れたところではフィアがしゃがみ込んで地面を調べている。大柄なボルグは柵の補修に使う太い丸太を肩に担いでいた。
「ずいぶん色々やるのだな」
剣一郎が言うと、クラウスが顔を上げた。
「俺たちのことですか?」
「森を調べたと思えば、今度は柵を直しておる」
「依頼が村の警戒と復旧支援ですからね。魔物を斬るだけが受命士の仕事じゃありません」
「討伐の仕事ばかりしてる受命士の方が、むしろ少ないよ」
フィアも地面を見たまま会話へ加わる。
「護衛、採取、捜索、調査、荷運び。何でもやる。得意不得意はあるけどね」
「わしらもこの前、荷運びをやったぞ」
「へえ」
フィアが顔を上げた。
「その歳で?」
「七十じゃ」
「……聞かなきゃよかった」
「何がじゃ」
ボルグが大きな声で笑った。
「爺さんなら俺の代わりに丸太も運べそうだな!」
「必要なら運ぶが」
「冗談だったんだがな」
剣一郎は特に気にした様子もない。
クラウスはそんな剣一郎の腰に差された剣へ一度だけ視線を落とした。
「剣も使われるんですね」
「昔少しな」
剣一郎が答える。
フィアの眉が僅かに上がった。
「……少し?」
「うむ」
「そう」
それ以上は聞かなかったが、どうやら信じてはいないらしい。
剣一郎も説明するつもりはなかった。
◇
午後になり、復旧作業が再開してしばらく経った頃だった。
「クラウス!」
村の入口から、一人の衛兵が駆け込んでくる。
「どうした?」
「東側の畑の近くで魔物を見たという者がいる!」
周囲の空気が一瞬で変わった。
クラウスはすぐに立ち上がる。
「種類は?」
「遠くから見ただけらしい。小柄だったと」
「フィア、行くぞ。ボルグは村側に残ってくれ」
「分かった」
クラウスとフィアが動き出す。
悠真も少し離れたところから駆け寄ってきた。
「俺たちも行った方がいい?」
「いや」
剣一郎が止める。
「まずは任せればよい」
「でも」
「あやつらは、そのために雇われておるのであろう」
悠真は一瞬迷ったが、やがて頷いた。
「……分かった」
それからしばらくして、クラウスとフィアが戻ってきた。
緊張して待っていた村人たちの前で、クラウスは剣を抜いた形跡もないまま首を横に振る。
「一匹だけだった。ゴブリンだ」
「倒したのか?」
衛兵が尋ねる。
「いや。こちらに気付いた途端、逃げていった」
「ゴブリンが?」
悠真が意外そうな顔をする。
「普通は襲ってくるんじゃないの?」
「数や状況によるよ」
フィアが答えながら、手袋についた土を払った。
「一匹なら、人間を見て逃げることもある。ただ……」
「何かあったのか?」
剣一郎が尋ねる。
「ちょっと気になる」
フィアは村の外を振り返った。
「足跡を見る限り、北の森から来たわけじゃない。東側から流れてきたみたい」
「東?」
「うん。それに、かなり慌ててた。追ったけど、戦おうともしなかった」
クラウスが腕を組む。
「何かに追われていた可能性はある。ただ、一匹見ただけじゃ何とも言えない」
「ならば、決めつける必要はないの」
剣一郎が言う。
「もう少し周囲を見ておきます」
クラウスはそう答えると、フィアとともに再び村の外へ向かった。
剣一郎は二人の背中を見送ったあと、近くに置かれた木材へ手を掛ける。
「さて。わしらは続きをやるぞ」
「切り替え早いなあ」
「今やれることは、これじゃ」
悠真は少しだけ笑った。
「はいはい」
◇
夕方になる頃には、村の入口にあった壊れた柵の一部が新しい木材へ取り替えられていた。まだ直さなければならない場所は多いものの、朝より確実に形になっている。
炊き出しも始まり、働いていた者たちが広場へ集まってきた。セレナたち光輪教団の者が木椀を配り、美咲もその手伝いをしている。
「お疲れさまでした」
セレナから椀を受け取った悠真は、中のスープを見て嬉しそうに笑った。
「今日も美味しそう」
「お前、昼にも三杯食っておらんかったか?」
剣一郎が言う。
「三杯じゃないよ」
「そうか」
「二杯半」
「大して変わらんではないか」
「半分違うって!」
近くで食事をしていたクラウスたちまで笑い出した。
「若いうちは食える時に食っとけ」
ボルグが豪快に笑いながら、自分の椀を持ち上げる。
「ほら、分かってる人がいる」
「ボルグと同じ量を食うつもりか?」
「それは無理」
「なら控えめにしておけ」
悠真が不満そうにスープを飲む横で、美咲とセレナが顔を見合わせて笑っていた。
少し離れたところでは、ダリオとマリエルが並んで座り、レオとリナがその間で今日あったことを楽しそうに話している。
壊れたものは、まだ多い。
戻らないものもある。
それでも、村には少しずつ笑い声が戻り始めていた。
剣一郎は温かなスープを一口飲み、朝に自分が支えた新しい柱へ目を向ける。
「まあ、一日分くらいは働いたかの」
「一日分どころじゃないよ」
悠真がすぐに返す。
「おじいちゃん、途中から村の人に『次はこっちお願いします』ってずっと呼ばれてたじゃん」
「頼まれたからやっただけじゃ」
「それを働いたって言うんだよ」
剣一郎は少し考え、それからもう一口スープを飲んだ。
「なら、今日はよく働いたことにしておこう」
夕暮れのハルト村に、また小さな笑い声が広がった。




