↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
35/47

第三十四話 おじいちゃん再びハルト村へ

「帰れるの!?」


 リナの弾んだ声が、王城の一室に響いた。


 ハルト村周辺の安全がひとまず確認され、街道の通行制限も緩和された。北の森では引き続き警戒が続いているものの、村へ戻ること自体に問題はない――ガレスからそう伝えられた直後だった。


「ああ。ただし、父さんのそばを離れるなよ」


 ダリオが念を押すと、リナは勢いよく頷いた。その隣ではレオも嬉しそうにしているが、妹ほど騒がず、ほっと息を吐いている。


「母さん、元気になってるかな」


「薬は効いていると報告が来ている。きっと大丈夫だ」


 そう答えるダリオ自身が、誰より落ち着かない様子だった。


 剣一郎はそんな親子をしばらく眺めてから、ガレスへ顔を向けた。


「ならば、わしらも一緒に行こう」


「神崎殿たちもですか?」


「ここまで関わったのじゃ。マリエルさんの様子も見ておきたい」


「僕も行くよ」


 悠真がすぐに続く。


「私もです。病気の具合も気になりますから」


 美咲も頷いた。


 ガレスは少し考えたあと、了承した。


「分かりました。ただし、村の周囲では今も警戒が続いています。森へ勝手に入ることだけは避けてください」


「分かっておる」


「神崎殿の場合、その返事だけでは少し不安なのですが」


「信用がないの」


「必要があれば迷わず入られるでしょう」


「必要ならばな」


 やはり、と言いたげにガレスが小さく息を吐き、悠真が横で笑った。


 ◇


 王都を出た一行は、騎士数名の護衛を伴ってハルト村へ向かった。


 以前は救援のため急いだ街道も、今日はずいぶん穏やかに見えた。荷車にはダリオが王都で買い付けた品の一部も積まれており、レオとリナはその隣に並んで座っている。


「母さん、びっくりするかな」


 リナが尋ねる。


「お前たちを見れば喜ぶさ」


「父さんを見ても?」


「……たぶんな」


「たぶんなの?」


 レオが笑う。


 ダリオも困ったように笑い返した。


 道中では大きな問題も起こらなかった。街道沿いでは何度か騎士の巡回隊とすれ違い、ハルト村周辺の警戒がまだ続いていることが分かる。


 やがて見覚えのある村が見えてきた。


 以前訪れた時には、煙と悲鳴に包まれていた場所。


 今は違う。


 壊れた柵は新しい木材で少しずつ補修され、焼けた家の周囲では村人や騎士たちが瓦礫を片付けている。完全に元通りには程遠いものの、村には再び人々の声が戻っていた。


「帰ってきた……」


 レオが小さく呟く。


 その隣でリナが身を乗り出した。


「あっ!」


 村の入口近く。


 一人の女性がこちらへ歩いてくる。


「お母さん!」


 リナが叫んだ。


「リナ!」


 マリエルもすぐに気付いた。


 荷車が止まるより早く飛び降りそうになったリナを、ダリオが慌てて止める。


「待て。止まってからだ」


「でも!」


「転んだら母さんに叱られるぞ」


 荷車が止まった瞬間、今度こそリナとレオが駆け出した。


「母さん!」


「お母さん!」


 マリエルは二人をまとめて抱き締めた。


「二人とも……!」


 その声は震えていた。


「よかった……本当に……」


 何度も髪を撫で、顔を確かめる。二人も母親へしがみつき、しばらく離れようとしなかった。


 やがてマリエルが顔を上げる。


 その視線の先にはダリオがいた。


 二人はしばらく黙って見つめ合う。


「……ただいま」


 ダリオが先に言った。


 マリエルはゆっくり立ち上がり、その前まで歩いていく。


「遅いわよ」


「悪かった」


「本当に……遅いんだから」


 マリエルはそう言いながら、ダリオの胸を軽く叩いた。


 次の瞬間には、そのまま額を押しつける。


 ダリオは何も言わず、妻の背中へ腕を回した。


 レオとリナも再び両親のそばへ寄っていく。


 剣一郎たちは少し離れた場所から、その光景を静かに見守っていた。


「よかったね」


 美咲が小さく呟く。


「ああ」


 悠真も頷いた。


 剣一郎は何も言わなかったが、その表情は少しだけ柔らかかった。


 ◇


 再会が落ち着いた後、マリエルは剣一郎たちへ改めて頭を下げた。


「子供たちを守っていただいて、本当にありがとうございました」


「もうダリオからも十分に礼は聞いた」


「それでも、お礼を言わせてください」


「ふむ、そうか」


 剣一郎が困ったように頭を掻くと、ダリオが苦笑する。


 美咲はマリエルの顔色を確認した。


「体調はどうですか?」


「薬を飲み始めてから、かなり楽になりました。まだ少し身体は重いですけど」


「無理しないでくださいね」


「はい」


 美咲は回復魔法を使おうとはしなかった。病気そのものは治療魔法で簡単に治せるものではないことを、すでに知っているからだ。


 その代わり、休息と薬を続けるよう念を押す。


 マリエルも素直に頷いた。


 ◇


 村を歩いていると、以前とは違う顔ぶれが何人かいることに気付いた。


 村の外周では、騎士とは装備の異なる男女が地面や柵の周囲を確認している。三人組で、その動きには無駄がない。


 一人は三十代半ばほどの男で、剣を腰に差している。派手さはないが、立ち姿には隙が少ない。少し離れたところでは弓を背負った女性が地面にしゃがみ込み、何かの足跡を調べていた。もう一人の大柄な男は村人と一緒に壊れた柵を持ち上げている。


「騎士じゃないよね」


 悠真が言う。


「あれは受命士の方ですね」


 ダリオが答えた。


「かなり腕の立つ人たちだそうですよ」


「知ってるんですか?」


「顔と名前くらいは」


 ちょうどその時、剣を差した男がこちらへ気付き、歩いてきた。


「王都から戻ってきた方々ですか?」


「そうです」


 ダリオが答える。


「私はクラウス。受命ギルドから村周辺の警戒と森の調査を受けています」


 男は簡潔に名乗った。


 続いて弓を持つ女性も近づいてくる。


「フィアです。北側を見てきましたが、今のところ新しい魔物の痕跡はありません」


 最後に大柄な男も手を上げる。


「ボルグだ。柵直しも依頼のうちだ」


「それも仕事なんだ」


 悠真が少し驚く。


 クラウスが僅かに笑った。


「村を守るなら、魔物を倒すだけが仕事じゃない」


 その言葉に、剣一郎は小さく頷いた。


「よい考えじゃ」


 クラウスも剣一郎の腰の剣へ一瞬だけ視線を向けたが、それ以上は何も聞かなかった。


「周辺はひとまず落ち着いています。ただ、北の森はまだ確認中です。村の人にも、しばらく一人では入らないよう伝えています」


「分かった」


 剣一郎は素直に答えた。


 悠真が小声で美咲へ言う。


「ちゃんとした受命士って、やっぱり雰囲気違うね」


「この前の人たちと比べちゃ駄目だよ」


「それもそうか」


 フィアが二人の会話を聞いたのか、少しだけ笑っていた。


 ◇


 さらに村の中央へ進むと、大きな鍋の周囲に人だかりができていた。


 白を基調とした衣服を着た者たちが、村人へ温かいスープやパンを配っている。別の場所では、家を失った者へ毛布を渡し、幼い子供の相手をしている者もいた。


「あの人たちは?」


 悠真が尋ねる。


「光輪教団の方々です」


 マリエルが答えた。


「襲撃の後、食料や薬を持って来てくださったの。家を失った人たちのためにも色々手伝ってくれているわ」


「教団の人たち……」


 美咲が広場を見る。


 白い衣を着た若い女性が、大鍋からスープを木椀へ注いでいた。


「こちら、まだありますよ。遠慮なさらないでください」


 年老いた村人へ笑顔で椀を渡し、今度は泣いている子供へしゃがんで話しかける。


 特別なことをしているようには見えない。


 ただ、困っている人々を助けている。


 女性は剣一郎たちに気付くと、こちらへ歩いてきた。


「王都からいらした方々でしょうか?」


「そうじゃ」


「私は光輪教団のシスターでセレナと申します」


 女性は穏やかに頭を下げた。


「移動でお疲れではありませんか? よろしければ皆さんもどうぞ。まだ十分にありますから」


 悠真が大鍋を見る。


 ちょうどその時。


 ぐう。


 小さく腹が鳴った。


 美咲が悠真を見る。


「……今の聞こえた?」


「聞こえた」


「朝食食べたよね?」


「食べたけど、もう昼だし」


「お前は本当に食うことばかりじゃな」


 剣一郎が呆れる。


 セレナは口元に手を当てて笑った。


「元気な証拠です。どうぞ召し上がってください」


「……いただきます」


 悠真が素直に椀を受け取る。


 その横でレオとリナも嬉しそうに列へ並び、ダリオとマリエルも顔を見合わせて笑った。


 壊れた家も、焼けた柵も、まだ村のあちこちに残っている。


 それでも、人々は少しずつ日常を取り戻そうとしていた。


 剣一郎は湯気の立つ大鍋と、その周りに集まる村人たちを眺めながら、差し出された木椀を受け取った。


「ありがたく頂こう」


 温かなスープの匂いが、復旧途中の村の広場へゆっくりと広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。