第三十二話 おじいちゃんと親子の再会
王城の門へ到着した剣一郎たちは、事情を説明してダリオを中へ通してもらうことになった。
もちろん、王城に誰でも自由に入れるわけではない。門を守る騎士は最初こそ警戒したが、剣一郎たちの顔を確認し、さらにダリオがハルト村から保護されているレオとリナの父親だと知ると、確認のため一人の騎士を城内へ走らせた。
「少しお待ちください」
「はい。もちろんです」
ダリオは落ち着かない様子で何度も頷いた。王城の大きな門を見上げては、また視線を戻す。普段なら行商人である自分が立ち入るような場所ではない。それ以上に、門の向こうに子供たちがいると思えば、じっとしている方が難しいのだろう。
やがて戻ってきた騎士が門番へ何かを告げる。
「確認が取れました。どうぞお入りください」
「ありがとうございます!」
ダリオは深く頭を下げた。
城内へ入ってからも、その歩調は自然と速くなっていった。案内役の騎士に付いて廊下を進みながら、普段なら目を奪われるであろう王城の装飾にもほとんど目を向けていない。
「そんなに急がなくても、二人は逃げないよ」
悠真が声を掛ける。
「分かっているんですが……」
ダリオは苦笑した。
「無事だと聞いても、やっぱり自分の目で見るまでは」
「そういうものじゃろう」
剣一郎が言う。
「親ならばな」
ダリオはその言葉に小さく頷いた。
◇
レオとリナが過ごしている部屋へ近づくと、扉の向こうから子供の声が聞こえてきた。
「リナ、そこ違うよ」
「でも、こっちだと思う」
「さっき侍女さんが教えてくれただろ?」
二人で何かをしているらしい。
案内してきた騎士が扉を軽く叩く。
「レオ君、リナちゃん。お客様です」
「お客さん?」
足音が近づき、扉が開いた。
先に顔を出したのはレオだった。
「剣一郎さん?」
剣一郎の姿を見て笑顔を浮かべ、その横に立っていた男へ視線を移す。
レオの動きが止まった。
「……父さん?」
かすかな声だった。
その後ろからリナも顔を出す。
「お父さん?」
次の瞬間。
「父さん!」
「お父さん!」
二人が同時に駆け出した。
「レオ! リナ!」
ダリオはその場に膝をつき、飛び込んできた二人を両腕で抱き締めた。
勢いに押されて少し身体が揺れたが、そんなことを気にする様子はない。右腕でレオを、左腕でリナを抱き寄せ、確かめるように何度も二人の頭を撫でている。
「よかった……本当に無事だったんだな」
「父さん、どこ行ってたんだよ!」
「仕事だよ。仕事に決まってるだろ」
「遅いよ!」
「ごめんな」
レオは父親の胸へ顔を押しつけたまま離れようとしない。リナもダリオの外套を小さな手でしっかり握っていた。
「お父さん、お母さんがね、病気で……」
「ああ。聞いたよ」
「でも、お薬届いたって」
「それも聞いた」
「村に魔物がいっぱい来たの」
「それも……聞いた」
最後だけ、ダリオの声が少し震えた。
剣一郎たちは少し離れたところから、黙って三人を見守っていた。悠真も美咲も何も言わない。
しばらくして、ようやくダリオは二人の身体を離した。
「ちょっと顔を見せてくれ」
頬や腕を確認し、怪我がないことを確かめる。
「本当に大丈夫なんだな?」
「うん」
「リナも?」
「うん!」
ダリオは大きく息を吐いた。
ようやく、心の底から安心できたようだった。
◇
「ところで」
再会の喜びが少し落ち着いた頃、ダリオの表情が変わった。
「二人とも」
「……何?」
レオが嫌な予感を覚えたように父親を見る。
「森へ行ったそうだな」
「……」
レオが黙った。
リナも隣で俯く。
「母さんの薬草を採りに」
「……うん」
「二人だけで?」
「……うん」
ダリオは深く息を吸った。
悠真が小声で美咲へ言う。
「来たね」
「来たね」
「聞こえておるぞ」
剣一郎が二人へ言った。
ダリオは怒鳴らなかった。
ただ、二人の前へしゃがみ、目線を合わせる。
「母さんを助けたかったんだな」
「うん」
「薬草があれば治るかもしれないって思って……」
レオが小さな声で答える。
「その気持ちは嬉しい」
ダリオは静かに言った。
「父さんだって、母さんのためなら何でもしたい」
レオが顔を上げる。
「でもな」
ダリオは二人の肩へ手を置いた。
「もしお前たちが帰ってこなかったら、母さんがどれだけ悲しむと思う?」
「……」
「父さんだってそうだ」
声は穏やかだった。
だが、その分だけ二人にはよく伝わったらしい。
「ごめんなさい……」
リナの目に涙が浮かぶ。
「ごめん、父さん」
レオも俯いた。
「分かったならいい」
ダリオは二人をもう一度抱き寄せた。
「次から困ったら、大人を頼れ。何でも自分たちだけで何とかしようとするな」
「うん」
「約束だぞ」
「約束する」
そのやり取りを聞きながら、剣一郎は静かに頷いた。
以前、自分がレオへ伝えたことと同じだった。
守るということは、自分一人ですべてを背負うことではない。
◇
「それで」
ダリオは立ち上がると、改めて剣一郎たちへ向き直った。
「子供たちを助けてくださった時のことを、詳しく聞いてもよろしいでしょうか」
「詳しくと言われても、大した話ではない」
剣一郎が答える。
「森で叫び声がしたから行ってみた。それだけじゃ」
「それだけじゃないよ!」
レオが声を上げた。
「ものすごく大きなブラックファングがいたんだ!」
「ブラックファング?」
ダリオの顔が引きつった。
「お前たち、そんなものに襲われたのか!?」
「うん。でも剣一郎さんがズバッて!」
リナが両手を大きく動かす。
「ズバッ?」
「一回だった!」
「一回……?」
ダリオが剣一郎を見る。
剣一郎は特に説明する気もないらしく、黙っている。
悠真が苦笑した。
「本当に一回ですよ」
「ブラックファングを?」
「はい」
美咲も頷く。
ダリオはしばらく言葉を失っていた。
「……やっぱり、とんでもない方だったんですね」
「何がじゃ」
「今日も三人の受命士を、ほとんど動かずに押さえていましたし」
「あれくらいは大したことではない」
「普通は大したことだと思います」
ダリオの言葉に、悠真と美咲が揃って頷いた。
「お前たちまで何じゃ」
「いや、これはダリオさんが正しいと思う」
「私も」
剣一郎は小さくため息をついた。
◇
その後、事情を聞いたアルフレッドから、ダリオもしばらく王城に滞在してよいとの許可が出た。
村周辺の安全確認が終わるまでは、レオとリナを戻すことができない。父親だけをすぐにハルト村へ向かわせる必要もないだろうという判断だった。
「そこまでしていただいて、本当にいいのでしょうか」
ダリオは恐縮していたが、アルフレッドからの伝言を届けた騎士は穏やかに答えた。
「陛下からは、家族が離れたまま不安に過ごす必要はないとのことです」
「……ありがたいです」
ダリオは深々と頭を下げた。
ただし、荷車と商品はそのまま王城へ持ち込むわけにはいかないため、知り合いの商会へ預ける手配をすることになった。ダリオ自身も行商人として王都に何人か知己がいるらしく、その点は問題ないという。
「じゃあ父さん、今日ここにいるの?」
「ああ。しばらくはな」
「やった!」
リナが嬉しそうに飛び跳ねる。
レオも笑っていた。
だが、すぐに少し心配そうな顔になる。
「母さんは一人で大丈夫かな」
「騎士様たちが村に残ってくださってるんだろ?」
「うん」
「なら、今は信じて待とう」
ダリオは息子の頭を撫でた。
「安全になったら、三人で母さんのところへ帰ろう」
「うん」
◇
夕方。
剣一郎、悠真、美咲の三人はようやく王都の食堂に入ることができた。
「結局こんな時間になった……」
席へ座るなり悠真が呟く。
「昼飯というより、もう夕飯だね」
美咲も笑っている。
「食えれば同じじゃろう」
剣一郎は平然としていた。
「おじいちゃん、そういうところ大雑把だよね」
「腹に入ればよい」
「料理人さんに聞かれたら怒られるよ」
注文したのは、大きな鍋で煮込まれた肉と野菜の料理に黒パンを添えたものだった。王城で出される料理ほど豪華ではないが、店内には香辛料と焼いた肉の匂いが漂い、それだけで腹が鳴りそうになる。
やがて料理が運ばれてくる。
「これで大銅貨二枚?」
悠真が尋ねる。
「三人分でな」
剣一郎が答えた。
「おじいちゃんの初給料、ほぼなくなるじゃん」
「また稼げばよい」
剣一郎はそう言って黒パンをちぎった。
悠真は一瞬驚いた後、笑う。
「じゃあ、ご馳走になります」
「私も。ありがとうございます」
「うむ」
三人は料理へ手を伸ばした。
結局、初めて稼いだ金の大半は、一度の食事で消えることになった。
それでも剣一郎は、少しも惜しいとは思わなかった。
自分で働き、自分で稼ぎ、その金で孫たちと飯を食う。
日本にいた頃なら、何でもないことだったかもしれない。
だが、この世界へ来てから初めて得たその感覚は、不思議と懐かしく、そして悪くないものだった。
「おじいちゃん、これ美味しいよ」
「そうか」
「食べてみて」
「自分で食う」
「一口くらいいいじゃん」
「お前の分じゃろう」
隣では、美咲が楽しそうに笑っている。
外では日が沈み始め、王都の通りに一つずつ明かりが灯っていった。
その日、剣一郎が自分で稼いだ大銅貨はほとんど残らなかった。
代わりに、三人の腹は十分に満たされていた。




