第二十五話 おじいちゃんと不自然な痕跡
ハルト村を襲った魔物たちが姿を消してから、しばらくの時が過ぎた。
村のあちこちから、まだ細い煙が立ち上っている。
騎士と衛兵たちは消火や負傷者の救護に追われ、無事だった村人たちも瓦礫を運び、家族や知人の安否を確かめていた。
「せーのっ!」
悠真が身体強化を使い、倒れた太い柱を持ち上げる。
「今です!」
衛兵たちが、その下に埋まっていた荷物を引き出した。
「もう大丈夫です」
悠真はゆっくりと柱を下ろす。
魔物と戦うために覚えた身体強化。
それが今は、人を助ける力になっていた。
一方、美咲は負傷者の治療を続けている。
「ヒール」
淡い光が傷を包み、裂けていた皮膚が徐々に塞がっていく。
だが、美咲の額には大粒の汗が浮かんでいた。
「美咲様、少しお休みください」
治療を手伝っていた騎士が声をかける。
「でも、まだ怪我をしている人が……」
「重傷者の治療はほぼ終わりました。残りはこちらでも処置できます」
美咲は周囲を見回した。
まだ助けを必要としている人はいる。
それでも、魔力には限りがある。
「……分かりました」
美咲はようやく杖を下ろした。
◇
村の北側では、ガレスと数人の騎士が倒された魔物を確認していた。
ゴブリン。
ウルフ。
ブラックファング。
オーガ。
そして、剣一郎が首を斬り落としたトロール。
ガレスはその光景を前に、険しい表情を浮かべる。
「やはり、異常だ」
「何がでしょうか」
若い騎士が尋ねた。
「生息域だ」
ガレスは倒れた魔物を順番に指す。
「ゴブリンやウルフなら、この辺りにも生息している」
「だがブラックファングやオーガは、もっと森の奥を縄張りとしている」
最後にトロールへ視線を向けた。
「そしてトロールに至っては、この周辺で確認された記録そのものがほとんどない」
「それが同時に村を襲った……」
「ああ」
しかも、異なる種類の魔物同士が争うことなく行動していた。
偶然とは考えにくい。
「昨日のブラックファングも含め、一度王都で詳しく調べる必要があるな」
「はっ」
◇
「団長!」
森を調べていた騎士が駆けてきた。
「どうした」
「少し気になる場所を発見しました」
ガレスは騎士について森へ向かう。
その様子に気付いた剣一郎も後を追った。
村から数百メートルほど離れた場所。
そこだけ草木が広範囲に踏み荒らされていた。
「これは……」
ガレスがしゃがみ込む。
地面には大量の足跡が残されている。
小さな人型の足。
獣の足。
さらに、人間のものとは比較にならない巨大な足跡。
騎士が地面を指した。
「ゴブリン、ウルフ、オーガと思われる足跡です」
「こちらにはブラックファングらしきものもあります」
ガレスの表情が険しくなる。
「ここで争った形跡は?」
「ありません」
騎士は首を横へ振る。
「血痕も死骸もありません」
「それどころか――」
少し離れた地面を指す。
「足跡は、それぞれ別方向からここへ集まっています」
そして。
「ここから先は、ハルト村へ向かっています。」
「つまり……」
若い騎士が息を呑む。
「別々の場所にいた魔物が、一度ここへ集まってから村を襲った?」
「そう考えるのが自然でしょう」
ガレスは黙り込んだ。
偶然、複数種の魔物が村を襲ったのではない。
一度集結している。
その事実が意味するものは大きかった。
◇
剣一郎は少し離れた場所で地面を眺めていた。
「ガレス殿」
「はい」
「これを見てくだされ」
ガレスが近づく。
魔物の足跡に混じって、一つだけ異なる形の跡があった。
靴底の跡。
「人間……?」
若い騎士が呟く。
だが、剣一郎は首を横へ振った。
「そうとは限らんじゃろう」
「この世界には、人と似た姿の種族もおると聞いておる」
「そうですな」
ガレスは足跡を確認する。
「それに、村人や猟師が以前ここを通った可能性もあります」
問題は、その足跡がいつ付いたものなのか。
周囲は大量の魔物によって踏み荒らされている。
靴跡も一部しか残っていなかった。
「追えるか?」
ガレスが尋ねる。
追跡に慣れた騎士が周囲を調べる。
しばらくして首を横へ振った。
「難しいです」
「魔物の足跡が多すぎます」
「それに、この先は落ち葉が厚く積もっています」
「そうか」
ガレスは無理に追わせなかった。
この足跡が今回の事件に関係しているという証拠すらない。
「これだけでは何も分からんな」
剣一郎が言う。
「はい」
ガレスも頷いた。
人型の足跡。
それだけなら、何の証拠にもならない。
だが――。
魔物たちがここへ集まっていた事実は別だ。
◇
「どう思われますか」
村へ戻る途中、ガレスが尋ねた。
「今回の襲撃です」
「さての」
剣一郎はしばらく考える。
「少なくとも、ただの偶然とは思えんな」
「私もです」
「本来なら共に行動しない魔物たちが、一度ここへ集結している」
ガレスは振り返り、先ほどの場所を見る。
「誰かが集めたのでしょうか」
「それはまだ分からん」
剣一郎は即答した。
「自然には起こり得ぬ何かがあったのかもしれん」
「魔物を操る術があるのかもしれん」
「あるいは、わしらが知らん習性があるのかもしれん」
「……」
「分からぬうちから答えを決めつけるのは危険じゃ」
「まずは分かったことだけを持ち帰ればよい」
「魔物がここへ集まっていた」
「その事実が重要じゃな」
「……はい」
ガレスは頷いた。
◇
村へ戻ると、悠真が二人へ駆け寄ってきた。
「おじいちゃん!」
「何か見つかった?」
「少しな」
「何?」
「どうやら、あの魔物どもはたまたまこの村を襲ったわけではないらしい」
悠真が首を傾げる。
「どういうこと?」
「村を襲う前に、一度森の中へ集まっておったようじゃ」
「え?」
悠真の表情が変わる。
「じゃあ、誰かが集めたってこと?」
「まだ分からん」
「まあ、妙なことが起きておるのは間違いなさそうじゃがな」
悠真も北の森を見つめた。
◇
夕刻。
村には、ようやく落ち着きが戻り始めていた。
負傷者の治療も一段落し、騎士と衛兵が交代で周辺の警戒に当たっている。
王都からは食料や治療道具などの追加物資が到着していた。
その中には、レオとリナが母親のために求めていた薬もある。
「こちらを」
騎士が薬を手渡す。
レオたちの母親は、それを両手で大切そうに受け取った。
「ありがとうございます……」
女性は薬を胸元へ抱く。
「レオとリナにも……早く会いたいです」
「周辺の安全が確認でき次第、二人も村へ送り届けます」
女性は安心したように頷いた。
◇
夜。
村では騎士たちが篝火を焚き、警戒を続けていた。
ガレスは一人、今日の報告を書きまとめている。
魔物の種類。
推定数。
村の被害。
トロールの出現。
そして――。
複数種の魔物が、襲撃前に一か所へ集まっていた形跡。
最後の一文を書き終え、ガレスは筆を置いた。
「……何が起きている」
答える者はいない。
◇
同じ頃。
ハルト村から遠く離れた森の奥。
一つの影が、暗闇の中を進んでいた。
やがて足を止める。
「……トロールまで倒されたか」
小さな声が夜の森へ消える。
しばらくの沈黙。
「あの年寄りは何者だ……」
それだけを呟き、影は再び歩き始めた。
何者なのか。
何のために村を監視していたのか。
そして、どこへ向かっているのか。
ただ一つ確かなのは――。
ハルト村で起きた異変は、これで終わりではないということだった。




