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第二十二話 おじいちゃんとムーミン

「グオオオオオオオッ!」


 トロールの咆哮が村中に響き渡った。


 四メートルを超える巨体。


 灰色の皮膚には無数の鱗があり、丸太を削ったような巨大な棍棒を握っている。


 その周囲では二体のオーガと、複数のブラックファングが唸り声を上げていた。


 悠真は思わず息を呑む。


「オーガより……でかい」


「大きさだけではありません」


 ガレスが剣を構えた。


「トロールはオーガとは別格です。」


 次の瞬間。


 トロールが棍棒を振り上げた。


「散開!」


 騎士たちが左右へ飛ぶ。


 直後――。


 ドゴォン!


 棍棒が地面へ叩きつけられた。


 土砂が爆発したように舞い上がり、地面が大きく陥没する。


「うわっ!」


 離れていた悠真まで身体を揺さぶられた。


 もし直撃すれば、鎧など何の意味もない。


「弓兵!」


 ガレスの命令が飛ぶ。


「放て!」


 十数本の矢が一斉にトロールへ向かった。


 肩。


 胸。


 腹。


 次々と矢が突き刺さる。


「グオッ!」


 トロールがわずかによろめいた。


 続いて魔導士たちが杖を掲げる。


「撃て!」


 炎と風の魔法が巨体へ直撃した。


 爆発音が響く。


 トロールの胸や腕が裂け、黒い血が流れ落ちる。


「効いてる!」


 悠真が声を上げる。


 ところが――。


「いや」


 剣一郎だけが静かに呟いた。


「まだじゃ」


 トロールは自らの身体へ刺さった矢を乱暴に引き抜いた。


 そして。


「え……?」


 悠真の目が見開かれる。


 裂けていた傷が、ゆっくりと塞がっていく。


 流れていた血も止まった。


「傷が……治ってる?」


「それがトロールです」


 ガレスの表情が険しくなる。


「異常な生命力と再生能力を持つ。浅い傷をいくら与えても倒せません」


 ゴブリンや他の魔物とは比較にならない。


 強い。


 そんな言葉だけでは足りない。


 戦い方そのものを変えなければならない相手なのだ。


 ◇


「ギャアアッ!」


 別方向から叫び声が響く。


 二体のオーガが動き始めていた。


「第二騎士団!」


「オーガを抑えろ!」


「はっ!」


 六人の騎士が一体のオーガを取り囲む。


 巨大な斧が振り下ろされる。


 一人が盾で軌道を逸らし、二人が左右から脚を斬る。


 残る騎士が槍を突き出した。


 オーガは怒り狂いながら反撃するものの、騎士たちは互いを補いながら戦っている。


 悠真はその光景を見て気付く。


「オーガも強いけど……戦えてる」


 ガレスが頷く。


「オーガなら、熟練した騎士が連携すれば討伐できます」


 その視線がトロールへ移る。


「ですが、あれは違う」


 力も。


 耐久力も。


 そして生命力も。


 まともに正面から戦えば、多くの犠牲が出る。


 ◇


「美咲様!」


 負傷した衛兵が運び込まれてきた。


 美咲はすぐに駆け寄る。


「ここに寝かせてください!」


 衛兵の肩には深い傷がある。


 美咲は杖を握り、魔力を集中させた。


 淡い光が傷口を包む。


「ヒール!」


 傷がゆっくりと塞がっていく。


「ありがとうございます……」


「まだ動かないでください」


 美咲は額の汗を拭った。


 周囲には他にも負傷者がいる。


 一人治せば終わりではない。


(私にも、できることがある)


 美咲は次の負傷者へ向かった。


 ◇


 一方、悠真は救護所の前で剣を構えていた。


「来る!」


 三体のゴブリンと一頭のウルフが迫る。


 身体強化。


 魔力を全身へ巡らせる。


 一体目の棍棒をかわす。


 踏み込む。


「はっ!」


 剣がゴブリンを斬り伏せる。


 横からウルフが飛びかかった。


「悠真!」


 美咲の声。


 悠真は咄嗟に身体を捻る。


 牙が肩をかすめた。


「くっ!」


 だが、倒れない。


 剣を返し、ウルフを斬る。


 以前なら目の前の敵だけで精一杯だった。


 今は違う。


 周囲を見る。


 美咲。


 負傷者。


 近くで戦う騎士。


 そして残る二体のゴブリン。


(守るんだ)


 悠真は剣を握り直した。


 ◇


 その頃。


 トロールは騎士たちの包囲を力任せに突破しようとしていた。


「止めろ!」


 三人の騎士が大盾を構える。


 トロールが棍棒を横薙ぎに振るった。


 ガァン!


「ぐあっ!」


 三人まとめて吹き飛ばされる。


「まずい!」


 ガレスが駆け出した。


 その先には――避難する村人たち。


 トロールが彼らへ向かって歩き始める。


 ズシン。


 ズシン。


 老人を背負った男が振り返り、顔を青ざめさせた。


「逃げろ!」


 衛兵隊長が叫ぶ。


 しかし、間に合わない。


 トロールが棍棒を振り上げた。


 その瞬間。


 剣一郎が動いた。


 姿が掻き消える。


 次の瞬間には、トロールと村人の間に立っていた。


「剣一郎殿!」


 ガレスが叫ぶ。


 巨大な棍棒が振り下ろされる。


 剣一郎は避けない。


 刀を抜く。


 一閃。


 ガキィン!


 巨大な棍棒が途中から切断され、地面へ落ちた。


「……は?」


 近くにいた騎士が呆然とする。


 剣一郎は刀を下げたまま、トロールを見上げた。


「なるほど」


 浅い傷はすぐに治る。


 ならば――。


「治る暇もないほど斬ればよいのかの」


 トロールが怒りの咆哮を上げた。


 剣一郎は静かに刀を構える。


 その口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


 老剣士と再生する巨人。


 二人の戦いが、始まろうとしていた。

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