第二十一話 おじいちゃんとハルト村
ハルト村へ続く街道を、無数の蹄が駆け抜けていた。
先頭を走るガレスの視線の先に、黒煙が見える。
「団長!」
斥候に出ていた騎士が馬を寄せてきた。
「ハルト村まで、もう間もなくです!」
「状況は?」
「魔物の大半が村へ侵入しています! 村の衛兵が住民を南側へ避難させながら、必死に食い止めています!」
「避難先は?」
「村外れの丘です! ただ、魔物の数が多すぎます。このままでは――」
「分かった」
ガレスは前を向いた。
「全員、速度を上げろ!」
「衛兵たちが稼いだ時間を無駄にするな!」
「はっ!」
騎士たちの馬が一斉に加速した。
悠真も馬上から前方を見つめる。
遠くからでも、炎に包まれた家々が見えた。
「間に合ってくれ……」
隣を走る美咲は杖を強く握り締めている。
剣一郎だけは何も言わず、煙の向こうを鋭く見据えていた。
◇
「急げ! 振り返るな!」
ハルト村では、十数人の衛兵たちが住民を誘導していた。
「老人と子どもを先に!」
「歩けない者には肩を貸せ!」
「南の丘まで走れ!」
家々の間を、村人たちが必死に逃げていく。
泣き叫ぶ子ども。
荷物を捨て、家族の手だけを握って走る者。
負傷者を背負う者。
その最後尾では、衛兵たちが盾を並べていた。
「来るぞ!」
十数体のゴブリンが押し寄せる。
「構えろ!」
盾へ棍棒が叩きつけられた。
鈍い衝撃が腕へ伝わる。
「くっ……!」
「ここを通すな!」
衛兵の一人が槍を突き出し、ゴブリンを倒す。
だが、その後ろからさらに魔物が押し寄せる。
ゴブリン。
ウルフ。
その数は減るどころか増えていく。
「隊長!」
若い衛兵が叫んだ。
「西側からも来ます!」
「三人回れ!」
「ですが、ここが!」
「村人を逃がすんだ!」
衛兵隊長が怒鳴る。
「俺たちが何のためにここにいる!」
「……はい!」
三人の衛兵が西側へ走る。
衛兵隊長は荒い息を吐いた。
すでに腕には傷を負い、鎧も血で汚れている。
それでも退くつもりはなかった。
背後には、まだ逃げ切れていない村人たちがいる。
「あと何人だ!」
「二十……いや、三十人ほどです!」
「全員逃がすまで持ちこたえるぞ!」
「おおっ!」
◇
その時。
「グルルルル……」
低い唸り声が響いた。
ゴブリンたちが左右へ散る。
その間から現れた魔物を見て、衛兵たちの顔から血の気が引いた。
巨大な黒い狼。
「ブラックファング……」
衛兵隊長の声が震える。
本来、この辺りには存在しないはずの魔物。
普通のウルフとは危険度がまるで違う。
「盾を!」
衛兵たちは即座に防御陣形を組む。
ブラックファングが地面を蹴った。
速い。
盾へ激突する。
「ぐあっ!」
一人の衛兵が吹き飛ばされた。
「陣形を崩すな!」
隊長が剣を振るう。
だが、ブラックファングは軽々とかわした。
その背後では、ゴブリンたちが再び動き始めている。
衛兵隊長は歯を食いしばった。
(ここまでか……)
それでも逃げるわけにはいかない。
「負傷者を下げろ!」
剣を構える。
「残った者で時間を――」
その時だった。
ドドドドドドドッ――!
地鳴りのような音が遠くから響いてきた。
「何だ?」
衛兵の一人が振り返る。
街道の向こう。
土煙の中から、いくつもの旗が姿を現した。
王国の紋章。
そして、その先頭を走る騎士を見た瞬間、衛兵隊長の目が大きく見開かれた。
「騎士団だ……」
「騎士団が来たぞ!」
衛兵たちから歓声が上がる。
◇
ガレスは村の状況を一目見て剣を抜いた。
「第一騎士団!」
「衛兵と合流し、村内部の魔物を排除!」
「第二騎士団!」
「避難路を確保! 住民を南の丘まで護衛せよ!」
「弓兵は前方の魔物を狙え!」
「魔導士は負傷者の救護を優先!」
「はっ!」
騎士たちが一斉に散開する。
「放て!」
矢が空を覆った。
村人を追っていたゴブリンたちが次々と倒れる。
続いて騎士たちが突入した。
「うおおおおっ!」
疲労しきっていた衛兵たちの前を騎士が駆け抜ける。
剣が閃き、ゴブリンが倒れた。
槍がウルフを貫く。
盾を持った騎士たちが壁を作り、避難路を確保していく。
「よく持ちこたえた!」
ガレスが衛兵隊長の横へ並ぶ。
「後は我々に任せろ!」
「ガレス騎士団長……!」
衛兵隊長は安堵したように息を吐く。
「まだ村の中に住民が残っています!」
「場所は!」
「東側の家屋です!」
ガレスは即座に振り返った。
「救助隊を向かわせろ!」
「一人も残すな!」
◇
悠真と美咲も馬から降りた。
目の前に広がる光景に、悠真は息を呑む。
燃える家。
傷ついた人々。
地面に倒れた魔物。
昨日の実戦とは規模がまるで違う。
「悠真君……」
美咲の声も震えている。
「ああ……」
怖くないわけではない。
それでも二人は逃げなかった。
「悠真殿、美咲殿!」
ガレスが叫ぶ。
「我々から離れないでください!」
「美咲殿は負傷者の治療を!」
「悠真殿は護衛をお願いします!」
「はい!」
美咲は負傷した衛兵へ駆け寄る。
悠真もその前へ立ち、剣を構えた。
今度の戦いは魔物を倒すためではない。
人を守るための戦いだ。
◇
少し離れた場所で、剣一郎は村全体を見渡していた。
騎士団の到着によって、崩れかけていた防衛線は立て直されつつある。
だが――。
「……妙じゃな」
剣一郎が呟く。
これだけの魔物が集まっているにもかかわらず、互いに争う様子がない。
ゴブリンもウルフも、まるで同じ目的を持っているかのように村を襲っている。
そして何より。
剣一郎は村の北側へ目を向けた。
煙の向こう。
大きな影が動いた。
一つ。
二つ。
オーガ。
その近くには複数のブラックファングまでいる。
だが、それだけではない。
さらに奥から――。
ズシン。
地面が揺れた。
ズシン。
再び。
ゴブリンたちが道を開けるように左右へ散っていく。
「ガレス殿!」
剣一郎の声に、ガレスが振り返った。
煙の中から巨大な影が姿を現す。
オーガよりもさらに大きな巨体。
太い腕。
黒ずんだ灰色の皮膚。
その手には、人間一人ほどもある巨大な棍棒が握られていた。
ガレスの表情が凍りつく。
「まさか……」
衛兵隊長も青ざめた。
「トロール……!」
巨体が咆哮を上げる。
「グオオオオオオオッ!」
空気が震えた。
悠真は剣を握る手に力を込める。
美咲も思わず振り返った。
そして剣一郎は――。
ただ静かに、刀の柄へ手を掛けた。




