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第十八話 おじいちゃんと不穏な影

 王城へ戻った剣一郎たちは、そのまま国王の執務室へ案内された。


 部屋にはアルフレッド国王とエルドが待っている。


 ガレスは片膝をつき、森で起きた出来事を詳しく報告した。


「……以上が、本日の出来事です」


 報告を聞き終えた国王は静かに目を閉じた。


「ブラックファングが王都近郊に現れたか……」


 その声には隠しきれない緊張が滲んでいた。


 エルドも腕を組む。


「過去の記録を調べても、この森で確認された例はありません」


「偶然とは考えにくいでしょう」


 ガレスも頷く。


「剣一郎殿のおかげで子どもたちは無事でしたが、一歩間違えれば大惨事でした」


 国王は剣一郎へ視線を向けた。


「剣一郎殿、改めて礼を申し上げます」


 しかし剣一郎は静かに首を横へ振った。


「礼には及びませぬ」


「助けられる命が目の前にあった。それだけのことです」


 その言葉に国王は小さく微笑む。


「あなたらしい答えですな」


 エルドは地図を机へ広げた。


「しばらく周辺の森を調査しましょう」


「王都近郊の警備も強化すべきです」


「うむ」


 国王は深く頷く。


「ガレス」


「はっ」


「調査隊を編成せよ」


「周辺の村々にも注意を促し、騎士団の巡回を増やすのだ」


「承知いたしました」


 だが、剣一郎だけは地図を見つめたまま口を開いた。


「ひとつ気になることがあります」


 全員の視線が集まる。


「あの獣、逃げておるように見えました」


 ガレスが頷く。


「私もその言葉が気になっています」


 剣一郎は続ける。


「何かに追われ、住み慣れた場所を離れたように思えた」


 部屋に重い沈黙が落ちる。


 エルドが静かに呟いた。


「もし本当にそうなら……」


「ブラックファングを追い立てる何かがいるということになります」


 国王は険しい表情で窓の外を見つめた。


「杞憂であればよいが……」


 ◇


 報告を終えた一行は、それぞれの部屋へ戻っていた。


 悠真は窓を開け、夕暮れに染まる王都を眺めている。


「今日は本当に驚いたな……」


 その横で美咲がお茶を口にする。


「剣一郎さん、本当にすごかったね」


 悠真は急に真面目な顔になり、人差し指を立てた。


「恐ろしく速い斬撃……」


 わざと格好をつけるように腕を組む。


「オレでなきゃ見逃しちゃうね」


 一瞬、部屋の中が静まり返る。


 美咲はじっと悠真の顔を見つめた。


「……悠真君」


「うん?」


「本当に見えてたの?」


 悠真は数秒考えるような素振りを見せると、苦笑した。


「いや、全然見えなかった」


 美咲は思わず吹き出した。


「やっぱり」


「私も全然見えなかった」


 二人は顔を見合わせて笑う。


 笑いが落ち着くと、美咲は窓の外へ視線を向けた。


「でも……」


「あれだけ強いのに、剣一郎さんは全然偉そうにしないよね」


 悠真も頷く。


「助けるために斬っただけ、って感じだった」


「だから余計にすごいんだろうな」


 二人は祖父の背中を思い浮かべる。


 毎朝、誰よりも早く起きて千回の素振りを続ける老人。


 誰かに褒められるためでも、自慢するためでもない。


 ただ、自分にできることを積み重ねてきた人。


 その背中は、勇者と聖女である二人にとっても、目標となり始めていた。


 ◇


 一方その頃。


 王都から離れた北西の山中。


 暗い森の奥で、複数の赤い瞳がゆっくりと開く。


 低い唸り声。


 木々を揺らす足音。


 魔物たちは何かに導かれるように、一つの方向へ歩き始める。


 その先にあるのは――ハルト村。


 まだ誰も知らない。


 静かな王都の夜の裏で、大きな異変が動き始めていることを。

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